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140話 夏の終わりの青い春

◇◇◇


 何日か経って、夏休みが終わり学校が始まった。



 セミの声も気持ち少なくなったんじゃないかと思う。


「おはよ」


 今日も天戸はうちに朝食を食べに来た。



「お前さ、もしかして俺の事好きだから毎日飯食べに来てるの?」



 天戸は何も言わずに大きく溜息を吐いて顔を逸らす。


 そして、無言のまま靴を脱ぎ揃えると食卓に向かう。


「……何か言えよ、バカみたいだろ」



 通り過ぎてからチラッと振り返ると、照れ臭そうに小声で言った。


「……ばか」


 いや、確かにバカみたいとは言ったけどさ。 



 天戸から告白のようなものを受け、夏休みも終わり、学校も始まった。


 授業を聞きながら並行してモヤモヤと考え事をする。




 転移後にいつも俺の前に立ちはだかる天戸を思い出す。


 死霊王に俺が殺されたと思い泣きながら懇願する天戸。


 俺がいなくなったら地獄の底まででも探し出すと言った。


 

 いろいろ思い返すと、確かに腑に落ちる。


 あいつは俺の事が好きなのかもしれない。



『おモテになるだろうに、俺なんかのどこがいいんすかね?』



 授業中にも関わらず念話で語りかけてみると、赤い顔で恨みがましく俺を見てきた。


 全方位視界を使い机の下でスマホを操作しているようでメッセージが来る。


『授業中よ』


『知ってる』


『わかんないわ』


『何がわかんないんだよ』


 念話とメッセージのやり取り。


 ふはは、中々便利だな。覚えてよかった。



 メッセージが来る。


『どこが好きなのか』


『なんだそりゃ』



『でも好きなの』



『……随分直球だな』


 流石の俺も少し照れるぞ。


 いや、少しじゃないな。かなり。



『決めたもの。戦うって』



 そうだな、こういう所だと思う。



 俺が天戸をどう思っているか。



 改めて考えると、一番しっくり来るのは『尊敬』だと思う。


 ハルが死んだ後もたった1人でずっと世界を救い続けてきた。


 ハルの代わりになろうと決めたからとは言え、元々不得意な勉強も人間関係も全力で努力し続けて今の天戸がある。


 俺が1人で塞ぎ込んで悲壮ぶっていじけている間も、天戸は1人で世界を救い続けていた。


 だから、ハルの生きている世界を作れた。


 手紙はまだ届いていないけれど、作れたに決まっている。


 するとメッセージが届いた。



『そんな事ないわ』



 うっかり念話で送ってしまっていたようだ。


 誤送信である。


『悪い、誤爆った。どれに対してのそんな事無いわ?』


 俺の念話の途中で天戸のメッセージが届く。


『1人で頑張れるはずないじゃない』



『やってたじゃん』


 怒り顔のスタンプが来る。


 そして、その後に続けてメッセージ。


 

『視界の端にずっとあなたがいたから頑張れたに決まってるでしょ』


 俺なんて天戸に比べると全く何もしていないに等しいが、その言葉は正直ぐっと来た。


 何か軽口を叩いてやろうと思ったけれど、うまい言葉が出てこずに、気を弛めると涙腺も弛みそうだった。


 

 返信が無いからかチラッと俺を見た天戸は、涙目な俺を見て勝ち誇ったように少し笑った。



◇◇◇


 休み時間に入ると、別のクラスの男子が何かを決意した顔で天戸の下へとやってくる。


 チラッと横目でそれを見ると、横から楽しそうな声が聞こえる。


「あれは絶対告白だよね」


 同じ小学校で現クラスメイトの淡島(あわしま)瑞奈(みずな)だ。


 キラキラした目で俺の反応を伺う。


「伊織君、いいの?止めないの?」


「おう、淡島。久しぶり」


 クラスで唯一話す存在だが、夏休み中に会う理由は無い。


 件の男子が教室を出た後で淡島は天戸に駆け寄り小声で何かヒソヒソと話し、そのまま俺の下へと駆けてくる。


「……放課後呼び出されたって!」


 淡島は嬉々として小声で俺に報告する。


「あ、そうっすか。でもそんなに珍しい光景でも無いんじゃない?」


 そう言って手枕で机に伏せる。



◇◇◇


 下校時刻になり、まるでそう言う競技でもあるかのように誰よりも先に扉を出ようとするとピロンとメッセージが鳴る。


 だが、扉を出てからでないと見る訳にはいかないので無視をするとまた鳴る。


 まぁ、間違いなく天戸だ。


 後続とある程度距離が空いた後でスマホを見るとやはり天戸だ。


 天戸かうちのかーちゃん以外からは99パーセント来ないから、当たったからなんだと言う話だけど。


『ジュースくらい奢るから神社で待っててよ』


『ごゆっくりなさって構いませんのに』


『後でね』


『キャッチボールをしろ』


 そして返信は途切れた。



 学校を離れ、神社に向かう。


 木々が生い茂る石階段を上るとセミの死骸をよく見るようになった。


 これを見ると夏の終わりを感じざるを得ない。


 境内には誰もいなかったので、ベンチにごろりと寝転がる。


 少し遅れた蝉の婚活を聞きながら目を閉じる。


 

 この世界ではないけど、ハルの明日は繋がった。


 俺と天戸が水族館に行った日の次の日が、こっちの世界で言うハルの命日にあたるのか。


 ん?となると。



 指折り数えてみる。


 となると、もうじきハルの誕生日か。


 あの時渡せなかったキーホルダーを5年前の俺は渡せるのか。


 そう考えると悔しい様な嬉しい様なムズかゆい様な。


『あは、かわいい。ありがとう』


 ハルはきっとそう言うだろう。



◇◇◇


「遅いじゃない、どこ行ってたの」


 肩で息をしながら何食わぬ顔で答える。


「いや、別にどこにも。暇だから走ってた」


 天戸は腕を組んで呆れ顔でため息を吐く。


「嘘。暇だからってあなたがそんな事するはずないじゃない」


 そう言いながら缶ジュースを俺に差し出してくる。


「ん、ちょうどよかった。喉渇いてるんじゃない?」


「ヨンキュー」


「なにそれ」


「サンキューの1歩先」


 白い目で同じ事を言う天戸さん。


「何それ?」


 ベンチに座り天戸様の奢りのジュースを飲む。


 例の如く俺はメロンソーダで、天戸はミルクティー。


「今日また告白されたよ」


「知ってる。淡島が即スピーカーしてたから」


「うん、見てた。って言うか、聞こえてた」


 天戸は目も耳も超絶良い。


 身体能力強化の恩恵だ。



「だろうな。知ってる。おめでとう、彼氏が出来ましたか」


 パチパチと拍手をする俺を、本当に嫌そうな顔で見る天戸。


 そんな目で見られたのは割と久しぶりな気がする。



「取り消すなら今よ」


「はい、ごめんなさい。ではどうなさったのですか?」


「勿論断ったに決まってるじゃない」


 メロンソーダを一口飲む。


「勿論なんて知らねーよ。ご参考までになんて言って断る訳なの?」



 天戸は俺をジッと見て言う。


「好きな人がいるの」


 一呼吸置いて微笑む。


「って」


「……あー、そう。コメントに困りますな」


 それを聞いて満足そうに頷く天戸。


「ふふ、よかった。一歩前進ね」



「あのさ、その件とは切り離して考えて欲しいんだけど」


「何、その不穏な予防線」


 天戸は眉を寄せる。


「ハルとうーちゃんの世界だとさ、もうすぐハルの誕生日なんだよな」


 一瞬右上を見て考えた後で、感慨深げに頷く。



「そうね」


 そして、ゴソゴソとポケットから古びた紙包みを取り出す。


「……ハルにあげようと思って買ってあったんだ」


 天戸は優しく微笑む。


「そう」


「欲しいゲームがあったんだけどさ、一応小遣い取っといて買ったんだよ。はは、なんてことない只のキーホルダーなんだけど。……もうすぐあの時のハルの誕生日だって思ったら」


 何でそう思ったのか、何でわざわざ家に取りに戻ったのかはよくわからない。


 けど、そう思った。


 正確に伝えられる自信は無いし、もしかするととても失礼な事をしようとしているのかもしれない。


「……ハルはどんな顔をして喜んでくれただろう?とか色々考えたら何でかさ」


 俺は紙包みを天戸に差し出す。


「天戸にあげたいって思ったから」


 天戸は目を大きく開いたまま顔を赤くする。



「え……え、っと……あ」


 俺も何て言ったらいいのかわからない。


 その行動が正しいのか間違っているのかもわからない。


「悪い。嫌だよな。……ガキの頃に、しかも別の人に買ったものだし」


「嫌なはずないじゃない」


 天戸は小さな紙包みをぎゅっと優しく抱き、ジッと俺を見る。


「……あなたがハルをどれだけ大事に思ってるのか知ってるもの」



 照れ臭い事を平気で言うな、こいつは。


 何も言えずに鼻のあたりをかくと、少しにやけながら俺の顔を覗き込む。


「これは告白と捉えていいの?」


「いや、そう言うのじゃないんで」


「ふふ。あっそ」


 素っ気なく答えながらも顔は笑っている天戸さん。












 


 

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