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139話 手紙

◇◇◇


 ――目が覚めると薄暗い洞窟の中にいた。


 ここは現実か、それとも転移先か?


 何秒かの間彼には見分けがつかなかった。


 どちらがどちらの世界でも、彼には本当にもうどうでもいい事だったから。



 眠る時はどこで眠ったかな?


 首を捻って考えてみるが記憶には無い。


 どちらにせよ、洞窟を出ればわかるだろう。


 軽く背伸びをした後で空腹を感じたので、大きく深呼吸をする。



 天戸と、ハルの8回目の世界から戻ってから彼は食事を摂る事を止めた。


 周囲の魔力を取り込むことで食事の代わりになる事に気が付いた事もそうだが、何より異界で得た術式『暴食』を発動させない為でもあった。



『食べた対象の技能を得る』



 修業も適正も関係無く、瞬時に。


 望むと、望まざると。



 技能を得ると言うことは、知識を得ると同義であり、記憶を得る事と同義である。そして、記憶とは感情が大きく関わっている物だ。


 つまり、食べた対象の記憶や感情が流れ込むのだ。


『食べた対象』とは勿論動植物も含む。



 オン・オフの切り替えが出来ない自動展開術式のそれは、言うなれば呪いの様な物だろう。


 だから、ジラークは食べ物を食べる事を止めた。


「……ハルちゃんなら解呪方法わかったかもなぁ」


 1人で苦笑いをして、頭を掻く。


 次の手紙の内容はそれにしよう。



 ――親愛なるハルちゃんへ。


 ルカの手がかりは見つかりましたか?


 僕は暑いから髪を切ったら自動治癒で戻ってしまい少しがっかりです。


 あ、そうそう。


 杜居さんからの手紙の入っていた箱、きれいだね。


 磨いたらかわいい絵が描いてあったからお菓子入れにしたよ。


 いつかルカに見せてあげたいと思う。


 それから――。






 遠く離れた友人に宛てたその手紙を、異世界に預ける。

 

 異世界に行くのが、少しだけ楽しみになった。


 

 洞窟を出ると、焼けた城跡があった。


 ここは、ジラークの生まれた世界。



 ルカと暮らした街以外は殆ど荒廃している。


 もし、妹がこの世界を見たら何て思うだろうか?


 そんな簡単なことにさえも、彼は気が付くことは出来なかった。


  

 この世界でも、どの世界でも、沢山の人を殺して沢山の人を蘇らせた。


 自身がルカと楽しく暮らす未来がもう訪れることは無い事は分かっている。


 手も、心も、魂も汚れてしまっているのだから。


 大きく一度息を吐くと城全体に蘇生魔法をかける。


 罪滅ぼしとかそう言うものではない。



 この世界ではもう異界の勇者を喚ぶ人はいなくなった。


 喚んでも無駄だと諦めたのだろう。


 

 少しだけ申し訳ないと思ったけど、思って何か変わるわけでもないので木陰に座り腕を組むと、彼はまた眠りに落ちた――。





◇◇◇


 賢樹帝を倒す旅は2週間程で終わった。


 私達3人の初めての世界を救う旅。


 この旅から私とハルはこっそり2人でルールを作った。


 現実世界では当たり前なんだけれど……、『殺さないこと」。


 私達はもう救われたから。


 後は彼を救うための旅だから。


 もう誰も何も殺さない。


 当たり前のことなんだけど、……杜居君には言えない。


 金色の光の粒子が現れると、やはり杜居君は興奮した声を上げた。


「この光は?」


「これが出ると126秒後に戻るんだよ」


「半端だな」


「えへへ、ちょうどだと如何にも人が決めた感じがするじゃん」


 それを聞いて首を傾げる。


「どういう意味だ?」


「あれ?言わなかったっけ。私が作ったんだけど、この術。色々事情があってさ」



「まじかよ!?」



 ――と、杜居君が大声を出した後、電車の中で目が覚める。


 横を見ると2人はまだ眠っている。


 ハルの肩によだれを垂らしていなくて少しほっとする。


 ハルより先に杜居君の瞼が開き、私と目が合う。

 

 なんだか少し照れくさい。


「お……おはよ。もうすぐ着くよ」


「ん」


 一言そう言うと、ぼーっとしたまま前を見ている。


 まだ夢の中なのかな?とクスリとした。



「……お前、すげーわ」


「え?」


「1人でずっとやってたんだろ?すげぇって。頑張ったな」


 予想外の言葉にうろたえてしまう。


「そんなこと無いわ。ずっとって言ったって、1人だったのは5回だけだし。うずめさんなんて340回も1人で頑張ったんだから」


 そう言うと杜居君は眉を寄せ、首をひねる。


「それもお前だろ?とにかくさ、俺にわかることはお前のおかげで、俺達3人がここにいるって事だけだ」



『伊織もすごいんだけどね』



 不意に念話が来た。


 ハルは寝息を立てているので、寝たふりなのだろう。


『言わないけど』


 私もそう思う。


 私なんて、1人で泣いていただけなんだから。



「ハル、もう着くよ。水族館」



 ハルはきわめて自然に欠伸をしながら目を覚ます振りをする。


 念話が無ければ私も気が付かなかったはずだ。


「んあ、おあよ。ふぁあ」


「おはよ」


「ねぼすけめ」


 私達3人の初めての異世界転移。


 いくつかの伝承を託して、いくつもの手紙を残した。


 どれか一つでも、届きますように。


 

 今日はこれから水族館。


 

 夜はきっとまた、3人で異世界へ。



 手紙を沢山出すよ。






◇◇◇



 ――とある世界。


 血の臭いの立ち込めるとある教会。


 男は教会を、神を憎む。


 世界を、己を憎む。


 全てを憎む。


 まだ新鮮な血が滴る腕をひとかじりすると、ガムを噛むように数度咀嚼してぷっと吐き出す。


 司祭は、殺される前に震える手で一通の手紙を渡してきた。


 その手紙はどうやら自分宛らしい。


 そして、手紙を広げて目を丸くする。


「……どう言うことだ?」


 手紙をビリビリに引き裂くと、手紙は黒い炎に焼かれ灰になる。


 手紙は、ハルからジラークに宛てた手紙。



「……ルカを探す方法が、ある?」



 彼には沢山の記憶がある。


 それだけ沢山のものを食べた。


 記憶の底を辿ると、繋がる。


 かつて食べた少女の記憶。


 血にまみれた教会で1人笑う。



 手紙は届いたのだ。




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