表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

139/142

138話 ニューゲーム

◇◇◇


「ふあ~ぁあ、眠ぃ」


 電車に乗りながら杜居君は大あくびをする。


「あはは、着くまで眠ってていいよ。起こすから」


 杜居君的には寝耳に水だけど、今日は3人で水族館に行くと私とハルは決めていた。


 杜居君とうずめさんだけじゃずるいもの。


 私達だって水族館に行きたい。


 8回目の世界を越えたお祝いだ。


 

 一駅過ぎたかと思うと杜居君の寝息が聞こえてくる。


「はやっ」


「だってずっと起きてたんだもの、しょうがないわ」


 ハルはスースーと寝息を立てる杜居君の頭をヨシヨシと撫でる。


「お疲れ様だね、本当。助かっちゃったよ。ご褒美にいいこいいこしてあげよう」


 杜居君の顔が迷惑そうな表情に変わる。


 因みに座り順は杜居君、ハル、私だ。



 杜居君は真ん中に座るのを嫌うから。


 端が空いていると絶対に端しか座らないから。



 そして、ハルは何食わぬ顔で隣に座る。


 私がジーっと恨みがましい目でハルを見ていると、その視線に気がついたハルは悪戯そうに笑う。


「もう行っちゃおうか?」


「どこに?水族館向かってるんでしょ」


「うん、杜居伊織の大冒険」


「えぇっ!?」


 電車の中なのに大きな声を出してしまって思わず口を手で覆う。


 ハルはポーチからかわいらしいメモ紙を取り出すとサラサラと何かを書く。


 ……何かと言うか、ハルに渡した術符と同じ図柄な気がする。



「……ねぇ、それってもしかして」


 ハルはペロリと舌を出す。


「あ、バレちゃった?あはは、ご存知召喚術についていく術だよ」


「何で書けるのよ」


 と、後から考えると当たり前の質問をしてしまうと、ハルは得意げに笑う。


「ふふん、それはだって作ったの私だからさ」


「もう」


「あはは、ごめんて」


 そう言うとハルは私の肩にコテンともたれかかる。


「隠し事が無いっていいね」



「当たり前よ。友達でしょ」


「そっか、当たり前か」


 ハルはバツが悪そうに笑った。



 横で杜居君はスピースピー寝息を立てていて、ハルは私の肩を枕にしている。


「……杜居君に寄り掛かったらいいじゃない」


「やだよ、うーちゃんの方がかわいいもん」


「ばか」



 うずめさん達の世界では夏だって言っていたけど、私達の世界はもうすぐ春。


 停車して扉が開くとまだ冷たい風が入って来るけれど、ガラス越しの太陽は暖かい。


 もうすぐ春だと感じる。




「ハル、もうすぐ誕生日ね」


「そうだねぇ。今年は何ケーキかなぁ。今年もうーちゃんママ作ってくれるかな?」


 ハルは私の肩に頭を乗せたまま楽しそうに足をパタパタと動かす。



 自分で言って気が付いた。


 今日と言う日をうずめさんはどう過ごしたんだろうか、と。


 5年前の今日、ハルを失ったうずめさんは――。


 

 想像しただけで鼻の間からギュッと絞られた様に涙がにじみ出てきた。


「うーちゃん?……泣かないよ?」


 ハルは優しい声でそう言うと私の手を撫でた。



「手、ごめんね?昨日。痛かったでしょ」


「手?」


 何かあったか?と動かしてみるけれど、別に何も無い。


「何かあったっけ?」


 ハルは大きくため息を吐く。



「あったよ。手バキバキに折れてるのに、治してまた戦わせたんだよ。私」


「別にハルの為にやったんじゃないもの」


 それを聞いて口を膨らませる。


「あっ、それはそれでなんか嫌だ」


 ハルが頭をあげて私をジッと睨むので、今度は私が肩に頭をのせる。


「少し眠るね」


 一瞬驚いた顔をした後でニコーっとハルは笑う。


「いいの?」


「うん」


 ハルの肩に頭を乗せて目を瞑る。


「私達はあの2人に助けて貰ったんだもの。今度は私達が……」


 

 頬から感じるハルの体温と、その少し先から聞こえる杜居君の寝息。そして、ガタンゴトンと揺れる電車の揺りかご。


 窓ガラスから差し込む春を感じさせる暖かで柔らかい日差し。


 そして、睡眠不足の私達――。




◇◇◇




 目が覚めると複雑なステンドグラスに彩られた天井の高い大聖堂だった。


 日の光が差し込んで様々な色のパレットの様に見える。


 これから杜居君がこれを見て驚く顔を想像すると自然と口元が弛んでしまう。


 

 周りには沢山の大人達がいて、私を見て口々に何かを言っている。


 見たところ敵意は無いと感じる。


 そしてハルと杜居君が現れる。


 ハルは大きなあくびをする。


「んあ、おはよ。うーちゃん」


 いつも通りの可愛いパジャマ。


「おはよ」



 そして、私とハルは杜居君を見る。


 杜居君は口を開けてポカンと天井を見上げている。


 服はTシャツにハーフパンツ。


 ふふ、冬なのに。


「……マジか」


 一度ブルっと身震いをした後で拳を握り締めて大きな声をあげる。



「すげぇ!」


 私はハルと目を合わせてクスリと笑うと、周囲の大人たちを見渡し声を掛ける。



「私は異界の勇者天戸うずめよ。私を喚んだのは誰?」




◇◇◇


「私を喚んだのは誰?ははは!かっけーな、すげーかっこいい!マジで!」


 書庫に案内されても杜居君はずっと笑っていた。


「馬鹿にしてる?」


「いや、マジで。すげーよ、本当に他に言葉が無いくらいすげー」


 そう言いながら本を取りパラパラとめくる。


「読める……読めるぞ!ははは!何で読めるんだよ」


 大はしゃぎの伊織をニコニコと微笑ましく見守るハル。


「この適応力本当うらやましいよね」


「ね」


 確かに、ハルの言う通りだ。


 多分、私達がいなくても彼はこんな感じだったんじゃないかと思う。


「なぁ、この本持って行っていいの?」


「好きなだけ持って行っていいってさ」


「次は宝物庫だよ」


「宝!?あ、アレだろ。どうせあっちには持って帰れないとかそう言うオチだろ」


 私が無言で異次元ポケットを開くとハルは中から現実世界の物を取り出す。


「持っていけんのかよ!?何でもありだな」



 そんな感じで杜居君は終始テンションが高かった。


 私と、ハルと、杜居君の初めての冒険。


 

 この世界の脅威は樹木の声を聞き、植物の為の世界を作る為に人類を滅ぼさんとする賢樹帝(けんじゅてい)だとか。


『エコの行きつく先か』と、杜居君は訳知り顔で頷いた。



 手紙を書こう。



 うずめさんに、杜居君に、ジラークに届くように。



 私達は8回目の世界を越えたよ。


 2人のお陰で、ここまでこれたんだよ。


 もうすぐハルの誕生日なんだよ。


 ありがとう。


 本当に。


 だから、私達も――。








 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ