137話 予言者
◇◇◇
――うずめさんと杜居君は水族館に行けただろうか?
楽しかっただろうか?
少しは素直になれただろうか?
自分の事なんだけど自分の事ではない不思議な感じ。
どうか今日2人が楽しく過ごせますように。
ひとの頭ってすごい。燃え盛る街で、戦いの真っ最中の一瞬で、私は呑気にもそんな事を思っていた。
ジラークが私の腕や血から蘇生させた自我の無い『私』達を、ハルは一瞬で焼き払った。
さっきまでのハルは、まだジラークに対する同情の余地があったんだと思う。
だが、今のハルにはきっとない。
自分が殺されても、『話し合おう』と笑顔で言っていたハルは私の蘇生体を殺させた事で完全に怒っているんだ。
こんな時にこんな事を思うのも変なんだけど、何だか少しだけ嬉しかった。
ジラークを暫くジッとにらんだ後でハルは急にクルリと背を向けて私に言う。
「うーちゃん、あいつもうダメだ。ほっといて帰ろう」
「えぇ!?」
「いや?」
確かに、それが一番いいんだと思うけど……。
「ううん」
ハルの顔を見る。
ハルは怒っている。
「ははは、馬鹿言うなよ。ただで逃がすかよ」
ジラークがそう言うと同時に、魔法と言っていいかどうか疑わしい様な強大な魔力で出来た焔の龍が彼を襲う。
「お」
ハルが放ったその龍は大きく顎を開いてジラークを飲み込む。
「はぁ?誰が逃げるって言った?あんたをぶちのめして帰るって言ったの」
焔の龍が消えると、ジラークの服は所々が焼け焦げていた。
頬のあたりに火傷があり、即座に治癒されていた。
「あはは、やるね」
私も少し呆気に取られた。
「……ハルってそんな強かったっけ」
ハルは八つ当たりの様に私をキッと睨む。
「はぁ?強いとかじゃなくて怒ってんだよ」
「えぇ……」
ハルの周囲に新たな龍状の魔力が現れ、私とハルの周りを囲む。
「……うーちゃんに召喚者だったってバレないように、力が強すぎないように、街を焼かないように、人を殺さないように。きっと知らず知らずにたくさんブレーキを掛けてたんだよ」
そうだ、ハルは優しい。
ハルは強い。
話をしている間にハルは続々と龍を生み出す。
3匹の焔の龍がハルと私を守るように覆う。
ジラークは首をゴキゴキっと鳴らすと薄笑いを浮かべる。
「馬鹿だなぁ、……手加減されていれば死ななかったのに」
「うーちゃん。フレンドリーファイアは気にしなくて良いから、ガンガン行こう」
「えっ、……ふれ……何!?わからないけどわかったわ」
私は力強く頷くと、ハルの言葉通りジラークに突撃する。
「バァカ、いい的だよ!」
ジラークが私に手を向けると私の背後から私ごと炎の龍がジラークを襲う。
ジラークは舌打ちをして龍を抑え込む。
――私を通り過ぎた?
一瞬きょとんとしたがそのままジラークに全力で拳を叩き込む。
ガギンと聞いたことのない様な鈍い音を立てて拳は彼の障壁に弾かれ、手は砕ける。
痛みに顔が歪むがそんな時じゃない。
歯を食いしばりながらもう一度右拳を振り上げると焔の鳥が私の手を包む。
一瞬で怪我は治癒され、鳥はそのまま私の身体を包む。
「私の魔法がうーちゃんを焼くわけないじゃん」
焔の鳥はまるで羽衣か何かのように私を包む。
ハルの力が体中を駆け巡るように力が湧いて来る。
「うーちゃん!長くは持たないから!」
「うん!」
私は湧き出る力のままに再び拳をジラークへと向ける。
焔に包まれた拳はまた障壁に阻まれ、右手の骨は再び砕ける。
でも、関係無い。
「あぁああああぁああ!」
拳が、腕が、身体が軋むがお構いなしに力を込める。
焔も勢いを増す。
その瞬間、私の拳は障壁を突き破り、ついにジラークの左頬を捉える。
爆発のような轟音を上げてジラークは吹き飛び、教会を破壊する。
「……あは……ははは、やった」
ハルの焔は消え、身体中から力が抜ける。
肩で息をしながらハルは教会だった瓦礫を見つめている。
当然、ジラークは何事も無く起き上がってくる。
「すごいね、君。何者だよ一体」
「うーちゃん、杖」
ハルが私に手を伸ばす。
「えっ、今?!」
「今しかないでしょ、何言ってんの」
「もう」
そう言いながらも異次元ポケットを開けてハルのお気に入りの杖を取り出して手渡す。
ハルは杖を受け取るとクルクルと回してビシっとポーズを取る。
「ミステリアス天才美少女魔法少女……始まりの勇者、高天原ハルよ!」
ジラークはキョトンとした後でクククっと笑う。
「なんだか君ルカに少し似てるな」
それを聞いてハルも優しく微笑む。
もう怒っていないのだろう。
「ジラ君、話をしよう。きっと私達は力になれるから」
ジラークは頬を触りながらニコニコと笑う。
「思いっきりぶったたかれたのに?」
ハルはニコリと頷く。
「思いっきりぶったたいたからこそ、だよ」
「そういうもの?」
ジラークは私を見るが私は首を横に振る。
「さぁ?」
ジラークはその場にあぐらをかいて座ると満足げに微笑む。
「話聞こうか。予言どおりだといいんだけれど」
周囲は燃え盛る火の海だけど、ハルとジラークにはきっと関係無い。
戦闘が終わったと言う安堵感よりも『予言どおり』と言う言葉に私達は首を傾げた。
「予言?」
ジラークはコクリと頷くと異次元ポケットから錆び付き古びた缶を取り出す。
私達は目を丸くする。
錆び付いてはいるが、錆びの下に見えるそれは明らかに私達の世界の……有名テーマパークのお菓子の缶だった。
「え、まさか」
私は目を丸くして、ハルは嬉しそうに笑った。
「かもね」
ジラークは缶を開けると中から紙を取り出して丁重に広げる。
「ゴホン。えーっと……、『聞け、魔王ジラークよ。貴様はこの地で2人の少女に出会うだろう。彼の者等を屠れば汝の求める答えは永久に失われるだろう』暁から出でて闇へと消える偉大なる栄光の予言者……」
私とハルはゴクリと固唾を呑む。
「イオリ」
「ぶはっ」
笑いを堪えきれなかった。
「やっぱ伊織か」
「……もう、恥ずかしいわ」
2人の反応を見て困惑するジラーク。
「え?知ってる人?滝のイオリと同じだろ?」
「あはは、あんたも知ってると思うんだけど。杜居伊織」
「杜居さん!?」
2人の話だと、この世界に来たのはジラークに会うより前だったはずだ。
ジラークがどんな相手かもわからないはずなので、誰でも何らか思い当たる節がありそうな思わせぶりな事を書いて見逃してもらおうと言う魂胆だったのだろうとハルは解説してくれた。
そう思うと、うずめさんの名前でなく杜居君の名前が滝に残っているのも彼の伏線に思えてきた。
遠く100年後に来る私達の為に、杜居君が残してくれた救いの糸だ。
「ふふ、本当バカみたいな文章ね」
嬉しくて涙がポロポロ零れてきた。
その瞬間、私たち3人の周囲を光の粒が包む。
「え?」
ジラークは察していたようであちゃーと言う顔。
「あー、ほら。僕が喚ばれた脅威。眠って操るおじさん。焼け死んだんじゃない?あはは」
「笑い事じゃないでしょ!?まだ話は終わってない!」
私はジラークの手を取り、目を見る。
「ジラーク。あなただって1人じゃないわ。私達も、うずめさん達もみんな仲間よ」
ジラークは申し訳無さそうに首を傾げる。
「……ハルちゃんを殺したのに?」
「あなたは殺してない!」
後何秒だろう?
「ジラ君」
ハルもジラークににこりと微笑む。
「きっと会えるよ。また」
「ありが――」
◇◇◇
目を覚ますと眠そうな眼をした杜居君と目があった。
「おう、おはよ」
ハルの部屋だ。
「ハル!」
「んあ、うーちゃんうるさい……」
ハルはそう言ってむにゃむにゃと欠伸をする。
帰ってきた。
私と、ハルは8回目の世界を超えたのだ。
「……杜居君、寝てないの?」
何食わぬ顔でマンガを読んでいる。
「まぁね。マンガが止まんなくてさ」
そう言いながら大欠伸をする。
きっと起きていてくれたんだ。
「……ただいま」
「おう」
私達は、帰ってきた。