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136話 お手紙まだかな

◇◇◇


「おはよ」


 目を覚ますと天戸の声。


 俺の前に立っていると言うことは室内のパターンか。


 改めてそう言う目線で見ると明らかに俺の前に立ちはだかっている。


 いつもの制服で、戦乙女の襟巻き(ヴァルキリーマフラー)を巻き、ポケットに手を入れ、まるで子猫を守る母猫が周囲を威嚇しているようだ。


「おう、おはよう」


 天戸は横目で俺を見てクスリと笑う。


「よく眠れた?」


 何だか妙に照れくさい。


「まぁね。まぁまぁ」



 天井を見上げると、かなり高い。


 天井に張られたガラスから日の光が差し込んでいる。


「私を()んだのは誰?」


 おなじみの言葉が、少しざわつく聖堂内に響く。



 今日も俺達は、恐らく誰かの命と引き換えに、脅威に晒された異なる世界を救う。


 ハルが作り上げた異世界召喚術式によって。



 天戸うずめの390回目の異世界転移。


 この世界の脅威は魔王メルリアと言うそうだ。


 強大な魔力を持ち、数多の魔物を支配下に置く魔物たちの長らしい。


 南西の大陸奥地にある大穴からある日現れて、徐々に世界を侵食しているそうだ。


 既に南西大陸はほとんど彼らに占領され、いくつもの国が滅ぼされた。



 人間には人間の、魔物には魔物の言い分がきっとあるんだろうなぁと思ってしまった。


 例えば、人間が宇宙に進出した際にそこで未知のタコ型生物に襲われるとする。


 人間から見るとタコ型生物による『襲撃』だけど、タコ型生物から見ると人間による『侵略』なんだろう。


 今回の件で見ると魔物たちは南西大陸奥地の穴から外の世界へ『進出』した訳だ。それは人間達からすると『侵略』なんだろう。



「ううむ」

 

 と、腕を組んで頭を捻る。


 難しい顔をしていたようで、心配そうに天戸が俺の顔を覗き込んでくる。



 一瞬ドキリとした。



「どうかした?」


「いや、わざわざ難しく考えてただけ」


 そう言うと天戸はクスリと笑う。


「あ、そう。変なの」



 ◇◇◇


 異界の勇者に関する伝承を集めてもらうように教会の方々にお願いして、その間街に滞在する事にする。


「昨日は何をしに家に来てたの?」


 街をぶらぶらしていると天戸は唐突にそんな事を言った。


「……中々聞きづらい事聞いてくるじゃねぇか」


「何で?」


「眠れなかったから散歩してただけだよ」


「ふーん、そう。じゃあ何で眠れなかったの?」


「俺だって眠れないことくらいある」


「そう?爆速の何とか王の称号、返上したら?」


 別にそんな名前返上しようがなんだろうが構わない。



「もしかして、私の事考えてたの?」


 天戸らしからぬストレートな質問に少し驚く。


『考えてねぇ』と言うのもどうにもツンデレくさいので、俺もストレートに答えてみる。


「そうだよ」


 すると、天戸の顔は瞬時に赤くなりマフラーで口元を隠す。


「あ、そう」



「あ、そうじゃねーよ。考えてたらなんだって言うんだよ。考えるだろ、そりゃ。あんな事言われたら」


 そう言うと天戸は納得したように頷く。


「私もの事を考えてたよ」


「そりゃ光栄っすわ。あの学園のアイドル天戸うずめさんにそんな風に思われるなんて」


 天戸は口元をマフラーで隠したまま、キッと俺を睨む。


「思ってもいない癖に」


「あ、ばれた?」



 それからまた街をぶらぶらする。


 小腹が空いたので天戸が良い匂いのする方向へと歩くと、クレープによく似た食べ物を見つけたのでそれを食べる事にする。


 生クリームは入っていないけど、ハチミツやフルーツを薄く伸ばした生地でくるんである。


 うまい。



「おいしいね」


 天戸さんもご満悦である。



 天戸は楽しそうにクレープを食べる。



「そう言えばこないだハルに聞かれたな」


「何を?」


 口を手で隠してモグモグしながらも相槌を打つ天戸さん。


「うーちゃんの事好き?って」


 モグモグ音が止まる。



 数秒後またモグモグし始めたので話を続ける。


「もし天戸の言っている事が本当だとして、ハルも知ってたって事か?」


 急いで口の中のクレープを飲み物で流し込んだ後で、口を拭きながら天戸は白い目で俺を見る。


「……なんて答えたの?」


「え?言うの?」


「い・う・の」


「いやいや、別に大した事言ってないんだからいいじゃないっすか」



 天戸は何も言わずにジッと俺を見る。


 睨むと見るの真ん中位か?言うまで動かないと言う子供の様な固い決意も感じさせる。


 俺は大きくため息を吐いて目を逸らし、超小声且つ超早口でぼそりと呟く。


「……嫌いではない、かな」



 それを聞いた天戸はニッと挑戦的な笑みを浮かべる。

「あ、そう。敵はなかなか手ごわそうね」




◇◇◇



 教会に戻ってみたが、特にハルに関係しそうな言い伝えは残っていなかった。


「どういう形で残すのかな?」


 天戸さんは眉を寄せて首を傾げたので俺は鼻で笑ってやる。


「どんな形でもいいんじゃないっすかね」


「馬鹿にしてる?」


「いや、まさか。ただ、どんな形でも残ってたら生存確定だろ」



 天戸とハルは3回しか一緒に転移をしていない。


 なので、どんな話だって言い伝えだっていい。


 ハルとうーちゃんがどんな伝説を残すのかを楽しみにしながら世界を救って回ればいい。


 天戸はコクリと頷く。


「そっか。……そうね」



 少し心配そうな顔をしやがったので頭にチョップをしようとして案の定マフラーで止められる。


「心配すんな。あの2人がジラークに負けるか」



 天戸は少しムッとした顔で俺の手を捩じ上げる。


「2人じゃないわ」


「あー、はいはい。わかった、3人だろ。いてて、やめろ」


「あ、そうだ。展望台、見たい?」


 思い出したように天戸は言う。


 マフラーで俺を持ち上げながら。


「このタイミングで言うの止めろ」



 そして、まぁ今更天戸の前に魔王だか何だかが何も出来るはずは無く、移動時間+αの3日後位に世界は救われた。


『穴に近づくな。全ての災厄をそこに封じた』


 そう言い伝えさせる事にした。


 人間だからって魔物の住む場所を奪っていいわけじゃないから。



 息も絶え絶えに倒れる魔王メルリアを見下ろす。


「叫べ。穴の中全てに響くように。穴から出るな。外には化け物がいる、ってな。そして、子の代孫の代まで語り告いでくれ」



 魔王が最期に何か呟いたが、魔物の言葉であった為俺達には通じなかった。


 大きく一呼吸の後、魔王の断末魔が広大な穴の内外に響き渡り空気を揺らした。


 

 魔王が事切れると、俺と天戸を光の粒が包む。


「お疲れ様、ゆっくり眠るといいよ」


「やだよ。お前1人だと帰ってこれないって脅すじゃん」



 天戸は目を丸くした後で、嬉しそうに笑った。



「そんなの覚えてくれてたんだ」


「だって脅すじゃん」


「ふふ、もう大丈夫。1人でも……死んでも帰ってくるわ」


「だからそういうのが重……」



 で、126秒。


 目が覚めても眠い。


 ピロンと言う音と欠伸がユニゾンする。




 







 


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