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133話 旅の終わりの足音

◇◇◇


「ねぇ、このチケット展望台も付いてるみたいよ。ふふ、先に行こうよ」


「お前高いところ好きだよな」



 屋根の上とか樹の上によくいるイメージがある。


 そして、食べ物を見せると降りてくる。


 やはり野良猫みたいなやつだ。



 特に皮肉というわけでも無かったが、幸い天戸さんは気にされなかったようでご満悦の様子。


「ん、確かに。嫌いじゃないわ」


 天戸は楽しそうだ。


 まぁ、俺も楽しい。


 でも、いつもより沈黙も多い。


 そりゃそうだよな。ハル達は今日、8回目の世界へと行くはずなのだから。


 もう気にしたって出来る事なんて無いんだけどさ。



 なので、出来るだけ楽しもうと思っている。たぶんお互いに。


 家でじっとしているよりは幾分気も紛れる。



 展望台とやらに上る。


 金を取るだけあってなかなかの光景だ。


「おぉ、すげー高いな。何メートルだろうな」


「226メートルよ」


「すげー」


「私もっと高く上れるわ」


「……何に対抗してんだよお前は」


 幸いにして天気も良く、割と遠くの方まで見晴らしがよい。


 遠くには富士山が見える。


「天戸、富士山て行ったことある?」


「無いわ」


 まぁ、俺もない。


「行きたいなら30分くらいで行けると思うけど?」


 何となく指で距離を測ってか天戸様はそう言う。


「……絨毯使うんじゃねぇ」


「ふふ、冗談よ」


 そう言って天戸は展望台の外を眺め続けた。


「あ、うちだ」


「え、マジで!?化け物かと思ってはいたがそこまでとは……」


 天戸は振り返りニコリと微笑む。


「冗談よ」


「その何が面白いのかわからない冗談シリーズ止めてもらっていいっすか?」


 俺の苦言を物ともせず天戸は楽しそうに展望台を歩いた。



◇◇◇


 第二弾、プラネタリウム。


「知ってるか?プラネタリウムってこの機械の事なんだぜ」


 場内中央に設置されているプラネタリウムを指し、ややどや顔で豆知識を披露する。


「あ、そう。じゃあこの施設の名前は何て言うの?」


「え、プラネタリウム」


「ほら」


 終了。


「いや、『ほら』とかじゃ無くってさ。『へぇ』とか、『すごいね』とかそう言う言葉をさぁ」


「へぇ、すごいね」


「……コンボかよ」


 しばししてプラネタリウムの上映が始まる。


 暗い中で、心地よい音楽と座り心地のいいシート。


 当然欠伸が出る。


 その様子を見て天戸はクスリと笑う。


『しょうがねぇだろ』


 上映が始まっているので、念話で伝えると反論できない天戸は横目で俺を見て眉を寄せ、口パクで何かを言ったが幸いにして俺に読唇術の嗜みは無いので、何を言っているのかはわからない。


 プラネタリウムなんて来たのは何年振りだろう?


 本当にずーっと昔に一度くらい来ただけだと思う。


 星は確かにたくさん見えたのだけど、異世界ではどこでもこの位は見えたよな、なんて不粋な事を思ってしまった。


 そう考えると、プラネタリウムって都会向けのアトラクションな気がした。


 チラッと横目で天戸を見ると、天戸は楽しそうに疑似星空を眺めていたので恐らく言う事は無いけれど。



◇◇◇


「まぁまぁすごかったな」


 上映が終わり感想を述べると、天戸は不服そうに俺を見る。


「異界の方が空が暗いし星が近い事が多いけど」


「さっきから何と戦ってんだよ、お前は。楽しそうにしてたじゃねーか」


「誰も楽しくないなんて言ってないじゃない」


「まぁ確かにそうだけどよ」


 そう言って少し考える。


 と言う事は、楽しいって事か。


「よし、じゃあチケットのお礼に缶ジュースでも奢ってやるよ」


「ふふ、ありがと。何本?」


「1本に決まってんだろ」



 取り合えず小休止。


 次はいよいよメインイベントの水族館だからだ。



「水族館を全力で楽しむ前に言うけどさ」


 少し勿体ぶった俺の言い回しに天戸は少し警戒をしながらも頷く。


「……うん」


「ハルとうーちゃんが8回目を越えられたか確かめる(すべ)はない。なので、もう俺達に出来る事は無い」


 天戸は間髪入れず否定した。


「あるわ」


 予想外の言葉に一瞬言葉に詰まるが、意見を聞く。


「ほほう。言ってみ」


 わざと上からの口調で言ってみたが、天戸は全く気にせず真っすぐ俺を見て言った。



「信じる事」



 あまりの青臭い言葉に思わず口元が緩みそうになったので手で隠す。


「ふはは、言うじゃねーか。そう言う青臭いの嫌いじゃないぞ」


 俺の反応は天戸の予想と違ったようで、少し間を置いてニコリと笑った。


「ふふ、ありがと」



「確かにそうだ。その位はできるな。つーか、してるし」


「そうね、平気よ。ハルと、杜居くんと、私なら」


 あの圧倒的な強さを誇るジラークと話し合うとハルは言った。


 実際にどう言う結末になるのか、俺達に知る由もない。


 ハルからの手紙を待つにしても、そもそも時間違いの同一世界に跳ぶ保証が無い。


 よって、俺達に確認する方法は無い。



 どうなんだろう。


 俺は、天戸を救えたのだろうか?



 直接聞いてみるのか?『救えた?』って。はは、何だかとっても馬鹿みたいだ。



 ――ハルの生きている世界を作る。


 それが俺と天戸の目的だった。


 そして、実際にハルと天戸のいる世界に行く事が出来て、2人に会えて、沢山の話が出来て、教えて、教えられた。


 その上であの2人がただ死ぬとは考えづらい。


 そして、くどいようだが確認する方法は無い。


 ならば、ハルの生きている世界を作ったと言えるのでは無いだろうか。


 俺は手のひらをグーパーする。


 俺なんて天戸と一緒に転移して高々40数回位なのに。


 天戸は389回だ。


 

 たった40回程度。


 でも、感慨深いと言うか、寂しい感じか。


「……旅も終わりだなぁ」


 吸った息を吐くように、自然に口から出た。


 もう行く理由は無い。


「嫌よ」


 これまた予想外の言葉が天戸さんから出てきて、俺は独りよがりな感傷から引き戻される。


「えっ」



◇◇◇


「……旅も終わりだなぁ」


 杜居くんはそう言った。


 ハルの生きている世界を作るという目的で、私達は何度も転移をして、恐らくそれを成し遂げた。


 さすがに、確認が出来る迄転移を繰り返すなんて言う程子供ではない。


 まるで、終わらない地獄に思えた繰り返す異世界転移。



 ハルが作った、遠い誰かを救う仕組み。


 そっか、私の旅はもう終わるのか。


 そう思うと胸の奥を鷲掴みにされた様に息が詰まった。



「嫌よ」


「えっ」


 予想外の言葉だったらしく、杜居くんは気の抜けた声を出した。


「……ハルが手紙を書くって言ってたわ」


「あ……あぁ。まぁ言ったな。確かにそれを確認しないと収まり悪い気持ちはあるけど、そもそも同じ世界に行くってのがまぁまぁの確率だと思うんだけど」



「……ここの展望台よりもずっといい景色だって見せてあげられるし、プラネタリウムよりもっともっときれいな星空だって見せてあげるわ。水族館だってきっと……」



 何が言いたいのか自分でもまるでわからない。


 とにかく、終わってしまうのがひどく寂しい。


 気が付くと目から涙が出ていた。


 最近涙もろい。


「わかった、ハルの手紙が届くまで回ろうぜ。それならいいだろ」


 ハルの手紙、異界の勇者の伝説の形でハルが私達にメッセージを送ると言う意味だそうだ。


「……『まで』が嫌」


 自分でもなんて面倒くさい事を言っているのだろうと思う。



「終わったらまた元通りになっちゃうのが嫌」


「元通りで何が悪いんだよ。お前言ってる……」



「終わったら終わっちゃうのが嫌なの!」



 急に大きな声を出してしまって、杜居くんも困った顔をしている。


 通る人たちもチラチラと私達を見ているのがわかる。


 ごめんね、杜居くん。


 杜居くんは呆れた様に、私を馬鹿にしたようにため息を吐く。


「終わるのは旅だけだろ?」


 私が目を擦り杜居くんを見ると、杜居くんはやや呆れ顔で言った。



「今更俺とお前の何が終わるんだよ」



 あ、ダメだ。



 涙が止まらないよ。


「ちょ……お前やめろって。涙くらい止められるんだろ!?お前の根性ならさ。俺知ってるぞ?天戸にできない事は無いって。マジでやめろ。彼女もいないのに痴話げんかみたいに見られるのは心外なんだよ!」


 オロオロと私を泣き止まそうとして来る杜居くんが少し面白い。


 

 ――『俺はこの世界でお前を救うから』


 何か月か前に杜居くんはそう言った。



 私はきっと、その時既に救われていたんだと思った。



 




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