132話 人
◇◇◇
「ほら、見なよ。君たちのせいで街が燃えてるよ」
「違うわ、あなたのせいよ」
市街で戦闘をするには規模が大きすぎる為、天戸はハルを背負い急ぎ街を出ようとする。
だが、ジラークは構わずに街を焼き続ける。
「逃げるなよ、面倒くさいな。勇者の勇は勇気の勇じゃないのかよ」
「何言ってるのかわからないわ」
深夜の街は大混乱。
ハルをチラッと見る。
「ハル、避難の方お願いしていい?」
「一人でどうするの?」
「平気よ、多分」
「……多分って」
ハルを下ろして広場にて待ち構え、安心させるように天戸は少し微笑む。
「ただ殺すだけだと気が晴れないでしょ?だから簡単には殺さないと思うの。避難終わったらフォローお願いね」
簡単には殺さない?
それは平気と言うのだろうか?
だが、天戸がそう言う以上これ以上の問答は無駄だとハルもわかっている。
「死んだら怒るから」
「ふふ、頑張る。私この後大魔王と戦わなきゃいけないから」
「あは、そうだね」
ハルは声を上げながら人々へと向かい、街から出るようにと避難を促した。
頭上の月明かりが陰る。
見上げると家が一棟浮かんでいた。
正確には、天戸目がけて落下してきた。
「家!?」
家一棟がどのくらいの質量なのかは不明だが、受けて受けられない事は無いと感じる。
だが、隙が出来る。
ならば回避か?
右か、左か。前か、後ろか。
ズズンと巨大な地響きを立てて家は地面にぶつかり崩壊する。
「真ん中とか」
障壁で防御をしつつ家をぶち破り正面突破をしてきた天戸の脳筋振りに失笑するジラーク。
「だって絶対罠でしょ」
「まぁね。でさ、あの家4人家族が中にいるんだけど……気づかなかった?」
――嘘だ。
人がいればさすがに気配でわかる。
だが、一瞬隙が出来た。
『嘘よ』と言おうとしたその瞬間、声よりも早く見えない何かが天戸を襲う。
「っ!」
身を捻って何とか躱すが、右腕の上部から少し血が流れる。
まるで、何か獣の牙に噛まれた様な傷跡。
見えないが、何かがいた。
「君を食べるメリットは何かある?見たところ只の力押しだから何も無いか」
煽り返すように、少し馬鹿にしたように天戸に向けて手を広げて薄笑みを浮かべるジラーク。
「食べた相手の能力を得るってやつね。……そうまでして妹に会いたいの?」
ルカに触れる事が一番ジラークの精神に訴えるのはもうわかっている。
天戸は危険を承知でジラークの逆鱗に触れていく。
「会いたいに決まってるだろ」
「それで胸を張って会えるの?」
「会えるよ。会えるに決まってるだろ。ルカに会えるならなんだってしてやるって決めたんだよ」
また透明な何かの気配。
しかも今度は3方向から。
一度は不意を突かれたが、5年後の自分と修業をした天戸にとって見える見えないはさほど大きな問題では無くなっていた事に気づく。
空気の動きと右腕の傷口から見て狼サイズの魔物を想定して、回避と同時にカウンターで3匹の頭部に打撃を加える。
右裏拳、左蹴り、右拳。小さなうめき声を上げて何かが地面に落下すると、石畳に血の跡が現れる。
「あらら、かわいそ。『透狼』とか言う結構レアな魔物なんだけど」
「あなたが悪いのよ」
「誰が悪いとかじゃないだろ。君が殺したんだ」
天戸は眉を寄せる。
「話しにならないわ」
「そうだ」
ジラークは思いついたようにポンと手を叩くと、歪な笑みを浮かべてハルのいる方向を見る。
「ハルちゃんを殺せば君も僕の気持ちがわかるかな?」
その安い挑発は、天戸の頭に血を上らせるには十分だった。
ギリっと歯を食いしばりながら天戸はジラークに突進し、全力を込めた右拳を振り切る。
ジラークはそれをパシッと受け止める。
「はい、掴まえた」
次の瞬間、天戸の右腕は肘から少し上の辺りから真っ赤な血を噴き、切り離される。
灼ける様な痛みに顔を歪ませながらも、左足でジラークを蹴り飛ばす。
「ああぁあっ!」
ダメージを与えるよりも距離を取る事を優先した蹴りだ。
そして、大きく一歩飛びのくと、失われたはずの天戸の右腕は『何事も無くそこにあった』
「……え?」
戦闘中ではあるが、狐に摘ままれた様な気持ちだ。
ジラークを見ると、彼は天戸の右腕を持っていて、目が合うとニコリと微笑んだ。
強烈な嫌悪感が胃の辺りから渦巻いてくる。
欠損修復レベルの治癒は高難易度ではあるが、全くいない訳では無い。
5回目の世界ではそのレベルの治癒士はいなかったが、ハルはできる。
だが、この一瞬で?
天戸の様子を見て楽しそうにケラケラと笑うジラーク。
「あはは、まだまだ。お楽しみはこれからだよ」
ジラークは天戸の右手を持っている。
――まさか!?
そのまさかだった。
天戸の右手からは、天戸が蘇生された。
何も纏っていない、生まれたままの姿の自分がそこにいた。
自我も無く、うつろな瞳で。
「不思議だよね。2体目からは自我が無いんだ」
天戸の表情を見て満足げな笑みで頷きながらジラークは言った。
「……あなた、もう人じゃないわ」
目の前の自分の姿から目が離せず、目からは涙が伝った。
悲しいのか、怒りなのか、何故泣いているのかもわからない。
「僕は人だって自己紹介した事あったかな?何だっていいんだよ、ルカに会えるなら」
『ルカに会いたい』
ジラークはそれ以外は何も求めていないのだ。
彼に間違いを認めさせる事などできるのだろうか?
そもそもルカに会えた所で彼は救われるのだろうか?
治癒された右手を一度グーパーして感触を確かめる
おかしな術を仕込まれている可能性も否定はできないが、疑ったところで現状出来る事は何もない。
ジラークは一度パンと手を叩く。
「さ、ここからは怪我一つ許されないからね。髪でも、血でも、唾液でも……僕は何からだって蘇生が出来るんだ。あはは、後はわかるよね」
ジラークは『狭間』を開き、簡単なローブの様な物を蘇生天戸に羽織らせる。
無用とも思えるその気遣いに少し目を丸くする天戸。
「……そう言う気づかいはできるのね」
「まぁね。ほら、行きな。あ・ま・と・さん」
ジラークの指示で蘇生天戸は天戸に襲い掛かる。
切られた自身の右腕から蘇生された自我の無い自分自身との戦いは、想像以上に天戸の精神を揺さぶった。
そしてその絵はまるで悪い夢のようだった。
天戸が傷を負っても、蘇生天戸が傷を負っても、ジラークは嬉々として蘇生術を扱った。
次々に増える自分自身との戦い。
何故か涙が止まらない。
天戸の数が10に届こうかと言う頃、下からハルの声がした。
「うーちゃん!下がって!」
言われるままに飛びのくと、今まで見たハルの魔法のどれよりも激しい炎の渦が今まで天戸がいた場所を襲う。
その炎は一瞬で天戸本人以外の天戸達を纏めて灰にした。
「あはは、酷いなハルちゃん。天戸さんを殺すなんて」
「うるさいな、もう教えないよ?」
天戸はハルの顔を見て驚いた。
ハルは怒っている。
「思わせぶりな事言っても無駄だよ。教えないって何をだよ」
「全部だよ!」
自我の無い蘇生体とは言え、大好きな天戸を殺してしまった。
「……うーちゃん、ごめんね」
「ううん、こっちこそ。嫌な事させちゃったね」
ハルは首を横に振る。
「うーちゃんは悪くないよ。悪いのは……」
私とハルはジラークを見る。
「あいつだよ」