129話 ジラーク
◇◇◇
整った顔のその青年は少し口角を上げて微笑んだ。
「初めましてかな?久し振りかな?あはは、一応自己紹介するね。ジラーク・グランクランです。天戸うずめさんと……」
「ハル。高天原ハル」
「ハルちゃんか。君が彼らの言ってた幼馴染だね」
全く敵意は感じない。
でも足が震えたのは、彼がハルを殺したという相手だからか?
「私も2人からあなたのことは聞いてるよ。魔王ジラーくん」
ジラークは首を傾げる。
「ん?『ん』1つ余計じゃない?」
「あはは、そう?かわいいでしょ」
「悪くないね」
ジラークは私たち2人を見て少し嬉しそうに笑う。
杜居君とうずめさんから聞いていなければ善良な青年としか思わなかっただろう。
「ハル、下がって」
私がハルの服を引くとジラークは笑う。
「大丈夫だって。取って食いやしないよ。まぁ、警戒するものわかるけどさ。あはは、先に言っておけばよかったかな?僕は君たちに何もするつもりは無いよ」
「嘘よ。信じられないわ」
ジラークは呆れたように大きくため息を吐き、首を横に振る。
「あのさ、天戸さん達と違って君は何にもわかってないね。」
次の瞬間ジラークの手に髪の束が握られている。
……髪?
「……うーちゃん」
心配そうなハルの震える声で察した。
ジラークが持っているのは私の髪だ。
触れてみると後ろ髪がバッサリと無くなっている。
「あはは、わかるだろ?君らくらいいつでも殺せるんだよ。天戸さんは友人だし、何よりルカの命で喚んだんだ。殺すはずがないだろ?」
まだ気を緩める訳にはいかない。
……だけど、もしかすると
――ハルを死なせなくて済むの?
「私達を狙ってないのはわかった。じゃあ目的は?異界の勇者を追ってるんだよね?何してんの?」
ハルはジラークに近づき、ジッと目を見つめる。
「ハル!」
「平気だよ、うーちゃん。多少の距離なんて在って無い様なもんでしょ」
「うん、その通りだね。ハルちゃん。あはは、君はうーちゃんより頭が良いね。お菓子いるかい?」
そう言ってジラークは異次元ポケットの様な物を開けて中から焼き菓子を取り出す。
「あは、ありがと」
ハルが何を考えているのかさっぱりわからない。
「ハル!だめよ!毒が入ってたらどうするの!?」
服を引っ張るがお構いなしにサクサクと音を立てて焼き菓子を頬張るハル。
「だはらはいってはいっへ」
「ね。飲み込み悪いね彼女」
ハルはジラークに手を差し出す。
「ジラーくん、飲み物は無いの?」
「あるよ」
さすがにもう何も言えない。
最大限の注意を払いながら見守るしかない。
ハルはジラークの淹れた紅茶カップを受け取る。
「ん~、いい匂い」
「あはは、なんならテーブル出すけど?」
「いいね」
不意に滝の側でお茶会が始まってしまった。
……どうしよう、どうしたらいいんだろう。
そこで思い至った。
杜居君ならどうするだろうか?
考える。
私じゃあなく、杜居君ならどうするか。
ハルを守る為に。
「私にもちょうだい」
椅子を引き、ハルの隣に座る。
アンティークの様な、年季が入っているが古びてはいない品のあるテーブルだった。
「よろこんで」
魔王ジラークはニコリと微笑んだ。
◇◇◇
ジラークは異次元ポケットを『狭間』と呼んでいて、中には様々なものを入れていた。
飲み物や菓子は勿論、書物やおもちゃ更には竜が一匹。
『いつルカに会ってもいいように』の備えだそうだ。
「何をしてるの?……か。本当に何をしてるんだろうねぇ。僕はまた……ルカに会いたいだけなのに」
「それと人を殺すのは関係ないじゃない」
「髪切ったの怒ってるの?治してあげたじゃないか」
「それも関係無いし、人を殺すのはもっと関係無いわ」
彼の言う通り、切られた髪は元通りになっていた。
曰く、蘇生術の応用だと言う。
「別に只殺してるわけでも無いよ。場合によっては生き返らせてあげてるしさ。なんなら、街ごと生き返らせることだってあるよ。殺す事もあるけど」
「……もう不快だから黙って」
「こら、うーちゃん。そんなこと言ってたらお話にならないじゃん」
「何で私が怒られるの」
――蘇生術。
死んだ人を 蘇らせることが出来る超高等希少魔法。
死んだ人が蘇ったら、確かに嬉しいと思う。大事な人が死んで、その魔法が使えたら……使わない自信は無い。
天才魔法少女・ハルも使えないらしいけど、心理的なブレーキが大きいって言っていた。
目の前の人懐っこい笑顔を浮かべる青年を見ていると、そのブレーキが無くなるとこうなり、何故多くの世界で蘇生術自体が禁術とされているのかがわかる気がした。
「知ってる?召喚術って修道女で無いと使えないって言われてるでしょ?あれ本当は男だっていいんだよ。お偉いさんが『お前がやれ』って言われたくないから勝手にルール足したんだ」
彼は本当に、妹を大事に思っていて、召喚術を憎んでいた。
この世界には、来て1年程経つらしい。
うずめさん達と別れてからの正確な年月を把握してはいなかったが、恐らく4・5年経っていると彼は言った。
「でも、よかったね。本当に。天戸さんも、杜居さんもハルちゃんに会えたんだ。……僕もいつかルカに会えるかな?」
昨日は竜で街を一つ消したと言う青年は冗談でなく、我が事の様に私達と杜居君達の事を喜んでくれた。
彼は召喚術も、召喚者も憎んでいた。
恐らくは、召喚術に関わる全てを憎んでいた。
でも、うずめさんと杜居君には一定以上の親交を感じているのだろうと感じた。
人の命を犠牲にして世界を救い続けた者同士だからか?それとも、彼の言うように妹の命で召喚したのが2人だったからか。
ハルに怒られてから私は口を挟まなかったけれど、多分本当に私とハルに手を出すつもりは無いんだろと感じ始めていた。
「ジラーくんは何回位召喚されてるの?」
ジラークは首を傾げて困った顔をした。
「ごめん、本当に覚えてないな。僕元々眠るの得意だったから、もう何回も起きては眠ってを繰り返してるよ。……元の世界にいたってルカには会えないしね。適当で悪いけど1万とかそれ以上じゃないかな」
「1万!」
正に桁違いだった。
私は、ここが8回目の世界だ。
ハルが言うには召喚されるほどに少しずつだけど強くなると言う。
「……びっくりするよねぇ。それだけ召喚されてても、その先々で異界の勇者を探しても……どこにもルカはいないんだ」
そう言い終えて彼はハッと顔を上げて苦笑いをした。
「あっ……あはは。別に君たちに恨み言を言ってるわけじゃないからね?君たちは本当によかったね」
彼は照れ臭そうに立ち上がると『狭間』から竜を出して頭を撫でた。
「すぐ帰っても観光して行ってもいいよ。念話は使えるよね?危ないから東の街以外に行くときは連絡して。君たちをうっかり殺すわけにはいかないから」
そう言ってジラークは竜に乗り去って行った。
文字通りの『死』が、私達の側から遠くへと離れていくのを感じた。
彼が飛び去った瞬間、私の身体は生きている事を実感してか体中から汗が噴き出し、心臓は急にドクンドクンと強く脈を打った。
大きく息を吐く。
――助かったのか?
彼が置いて行ったテーブルに着いたままのハルの手は震えていた。
ハルは一度大きく息を吐くと、泣きそうな顔で私を見た。
「言えなかった~」
一瞬『何の事?』と思ったが、『ハルがこの召喚術を作ったと言う事』をだと気が付いた。
『もう戻ろう』、『今帰れば助かるよ!』。
口から出そうなその『私の言葉』をゴクリと飲み込み、一度咳ばらいをする。
「……あっ、焦ったなハル。ま、とにかく助かったな。取り合えず街に行かねぇ?疲れちまったよ」
ハルの冷たい視線が突き刺さる。
「……何それ」
急に恥ずかしくなる。
「も……杜居君の真似」
プッと馬鹿にしたように噴き出すハル。
「似てな」
「ひどいわ」
ハルはジッと私を見る。
「早く帰ろうって言うと思った」
「私ならね。……でも、杜居君なら言わないと思ったわ」
「あはは、何それ。普通に言うでしょ?『焦ったぜ~!ハル!今だ、今のうちに逃げるぞ!天戸、てめぇ、早く帰還とやらを使え!』って感じ?」
「……ん、少し似てるわ」
少しだけ悔しかったけれど、そんな事を言っている場合でも無い。
ハルは手を差し出してくる。
「うーちゃん、手。握って」
私は両手を広げる。
「ギュッてしてもいいけど」
ハルは私に身体を預ける。
「じゃ、それで」
「うん」
私はハルを抱き締める。
「……間違ってるかな?」
私は首を横に振る。
「そんなら最初から来るんじゃねぇよ、あほ」
今のは少し似ていたんじゃないかと思ったけど、予想外の答えが返って来た。
「あはは、……少し元気出た」
ハルも私をぎゅーっと抱きしめた。
「うーちゃん、ごめんね。危なかったらすぐ戻る準備」
「任せて」
ハルは私に顔をくっつけたまま、力強く言った。
「ジラーくんを止めるよ」