126話 わかれのあと、あらしのまえ
◇◇◇
「おはよ」
「おっす」
ドアを開けると落ち込んだ顔の天戸がいた。
「ひでぇ顔だな」
「あなたに言われたくないわ」
差し出された手鏡に映った俺の顔は天戸の言う通り酷い顔だった。
よく見ると天戸の服は転移したときに着ていた服と一緒だ。
「行こ」
「待て、準備させろ」
天戸はスマホを見る。
「準備は5分だっけ?よーい、はじめ」
「うるせぇ」
◇◇◇
乗り換え1回、電車で約1時間で都心の水族館に向かう。
最初の20分は俺も天戸も何も話さなかった。
そりゃそうだよな。ついさっきまでハルと一緒にいたんだ。小5のあの日と何ら変わらない明るく元気で優しいハルと。
そりゃ気持ちだって引っ張られちまうよ。
「私達は幸せね」
車窓を見ながら天戸はぼそりと呟いた。
『何が?』
取り合えず念話で返してみる。
「ふぇっ!?ちょっとやめてよ、急に」
『何も言っておりませんよ、天戸よ』
「念話をやめろ!」
傍から見ると急に1人で騒ぎだして少し危ない人みたいに見えそうだったので、かわいそうだからやめてやろう。
「はは、冗談だ。で、何が?」
しんみりした空気をぶち壊されてややご立腹の天戸うずめさん。
一度咳払いをして体勢を立て直し、話を続ける。
「答え合わせが出来たもの」
天戸らしいワードチョイスに少し笑ってしまったが、全く同意だ。
「そうだな、贅沢すぎるな」
ハルだったらこう思う、ハルだったらこうする。もしかしてこうだったんじゃないか?とか、そんな諸々の事。
ハルと過ごした7回目の世界での数週間で、俺と天戸は明確な答えを貰ったんだ。
「この世界でさ、ハルはどこにいると思う?」
俺は呆れてため息を吐く。
「わかってる。もういないんだろ?確認されなくてもようやくわかったよ」
準特急の列車は停車駅に止まりドアが開く。
まだ俺達の降りる駅ではない。
夏休みも終わりに近い平日、人はさほど多くは無い。
ドアが閉まるのを待ってか、天戸は優しく微笑みながら首を横に振る。
「ううん。私と……」
天戸は自分を指差したあとでゆっくりと俺を指さす。
「私と、杜居くんの間。私が『ハルはこう思う』って思って、杜居くんが同じ事を思うなら、実際にハルはそう思うんだと思うの」
天戸は大発見をした少年の様に、キラキラした瞳で俺を見る。
「なら、私とあなたの間にいるって言えるんじゃない?」
俺は思わず口を押さえる。
「ははは、なんじゃその超理論は」
でも、それいいな。
この世界にハルはいない。
でも、俺と天戸の間にはハルはいる。
あぁ、それがいいな。
うん、それならいい。
「墓参りさ、行くの止めるよ」
そう言うと天戸は笑った。
「ハルも来ないでって言ってたわ」
お坊さんにも挨拶しとかないとな。さすがに急に来なくなると心配するだろう。
俺が立ち上がり、背伸びをすると天戸は俺の服の裾を引っ張る。
「まだ降りる駅じゃないわ」
「知ってる」
「ならちゃんと座ってて」
「……はいはい、わかりましたよ」
「水族館、楽しみね」
席に着くと天戸はそう言って微笑んだ。
「入場券は本当にあるんだな?俺はそんなに金持ってないからな?」
「……プラネタリウムの券も付いてるって言ったら、どうする?」
「マジかよ!うーちゃん最高!」
「うーちゃんって呼ぶな」
◇◇◇
――かつて止まない雨が降っていた世界。
積み上げられた本の山に胡坐をかいて座り、書物をパラパラとめくる少年ジラーク。
「10年前の雨の魔法?さぁ。あれだけどうにも解せないんだけど、君がやったの?」
本の山の麓には血塗れで倒れる少年。
そこは王の間であり、血塗れで倒れている少年はこの国の若き王だ。
傷だらけで血塗れではあるが、王はまだ死んではいない。正確にはジラークが治癒を行っている。
「答えなきゃわからないよ?」
城の石畳が槍状に変化して王の腹を貫く。
「ぐぁああ」
そして槍はまた石畳に戻り、傷も即座に治癒される。
「……私ではない。やつらに殺された……我が師の術だ」
ジラークは一枚の肖像画をコンコンと叩き王に問う。
その肖像画には若い女性が描かれている。
「その師匠って言うのがこの女の人?で、彼女が殺されたから君は天戸さん達にずっと恨みを持っているわけだ。じゃあさ……」
ジラークはニッコリと王に笑いかける。
「彼女が生き返ったら天戸さん達への恨みも消える?」
きょとんとした顔でジラークを見上げる王。
「……何を言っている?」
「ん?言葉通りだけど。ほら、僕蘇生使えるから。何か残ってない?骨でも髪の毛でも」
「本気で言っているのか?」
「まぁね。半分自分の為だけど。思うに、君の師匠のやっていた雨のやつだけどさ。召喚術じゃないのかなって。あはは、僕に出来ない魔法があるとは思えないからその答えが知りたいんだ。あと天戸さんを狙うの止めて欲しいし」
「墓がある。……城の離れに」
パンと手を打ちジラークは立ち上がる。
「よし、行こう。僕が蘇らせてあげるよ。愛する人を失う辛さも少しはわかるつもりだからね」
王に治癒回復魔法をかけて全快させる。
王は困惑しながらも身体の動きを確かめて、ジラークと離れに向かう。
「異界の勇者ではないのか……?あなたは」
「僕?勇者なんて立派なものじゃないよ。たくさん殺したしね」
全く人のいない無人の城をカツカツと二人の足音だけが響く。
「本を見るに君の師匠先生は召喚術に詳しそうだね。あはは、楽しみだな」
「……何が目的なんだ?」
「この異界の勇者を喚ぶ召喚術。術と言うからにはいつかどこかで誰かが作ったんだろ?……そんなものが無ければルカは死ななかったのに」
ニコニコとしてはいるが、激しい憎悪や怒りがその笑顔の奥に渦巻いているのがわかる。
王は何も言わずに歩き、ジラークは構わず言葉を続ける。
「骨でも髪でも……最悪唾液でもなんだっていいんだよ。何か一つでも残っていれば僕は完全に蘇生させられるんだ。でもルカは消えた。……何も残さずにね」
突如めしゃりと音を立てて渡り廊下の石畳が歪む。
「どっかの馬鹿なお節介が作ったクソみたいな術でルカは勝手に喚ばれてさ、どっかの無知な阿呆がルカに術を使わせてさ!そんで結果何もわからない馬鹿でどうしようもなく愚かな兄はルカが消えるのを見てるしかできなかったんだよ!」
ジラークは我に返り一度深呼吸をすると、ニッコリとほほ笑む。
「あ、ごめん。話がそれたね。目的だっけ?この腐った術を壊し、作った屑を殺すんだ」
話をしていると離れの墓地に着く。
墓地と言うより、廟と言ったほうが良いのだろうか?
「どれ?」
ジラークに促され王は女魔道士の墓を指差す。
薄暗い廟の中で蛍の光程度の発光がしたかと思うと、墓の下から物音がする。
「出してあげな」
「まさか!?もう……」
王は墓に駆け寄り墓石を動かす。
棺を開けると生前の姿で女魔道士がポカンとしている。
「……先生」
感動の対面を笑顔で見つめるジラーク。
「王よ、願わくは今後は善政を。お節介者たちがもう来ないように」