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125話 俺と天戸とハルの二度目の別れ

◇◇◇


 やがて近づく『その日』に向けて、俺達は準備を進める。


 異世界召喚システム自体を無くすと言う話は魅力的ではあるが、それにより困る場合もあるかも知れないし、別に俺は天戸の召喚を止められれば構わないので別にいいやと思う。


 黎明帝(れいめいてい)ことクーネルさんの暗躍、時間稼ぎの間は街で待つ。


 その間天戸とうーちゃんは杜居流の稽古を続け、俺とハルは情報交換を進める。


「伊織はさ~、妙に自信たっぷりだけどさ。術式止めないならうーちゃんを救う手筈は立ってるの?何パーくらい行けそうなの?」


 女子高生と女子小学生の戦いを眺めながらチュロスのような食べ物を頬張るハル。


「ん?100パーに決まってんじゃん」


「うわっ、すごい自信」


「自信も何も出来る事を出来るって言ってるだけだぞ」


 ハルは感慨深げに何度か頷く。


「それうーちゃんにも言ってあげなよ。きっと喜ぶからさ」


 

「そんな事より、8回目だよ。どうする?」


 後何年掛かるかわからないが、この世界を救って、次の世界で本来ハルは死ぬ。


「単純な戦闘はお勧めしないぞ。多少強くなったとは言っても、少なくとも天戸を圧倒するくらいじゃないと認めない」


 ハルはチュロスを半分に割って俺に差し出す。


「そうねぇ。でも、私最初っからそれは考えてないのよ」


「まぁ、賢明だね。一番のお勧めは到着と同時に帰還か、……そもそも8回目を拒否するって手もある」


 だが、ハルの答えはあさっての方向だった。



「ううん、話し合おうと思う」



「はぁ!?」


 大声を上げて立ち上がった俺を稽古をしている2人が見る。


「どうかしたー?」


 ハルはニッコリと手を振る。


「何も~。伊織が驚いて立ち上がっただけ~」


 その何に驚いたのかが知りたかったんじゃないのかよ、と思ったけどまぁいい、それどころじゃない。


「……話し合い?」


 ハルはふざけている様子では無かった。……チュロスを食べてはいるが。


「うん。聞いたところそのジラーくんの闇堕ちもさ、妹のルカちゃんが召喚術で死んじゃったからでしょ?」


 他の世界は知らないが、俺達が訪れた世界ではそうだった。


 命を消費すると知らされずに、召喚術を使用した妹ルカが少しして突然死んだのだ。


 それで教会に不信感を抱いたジラークは神や教会や、異界の勇者を滅ぼして回っている、のだと俺は思っている。

 


「じゃあそれは私のせいでもあるからさ」



 にっこりと微笑んでハルはそう言った。


「……私のせいだから、殺されてもいいって?」


 そう言うと濡れた犬のようにプルプルと首を横に振る。


「ううん、そんなはず無いじゃん。私だって死にたくないよ。……伊織とうーちゃんと一緒に……小学校を卒業して、中学校を卒業して、高校、大学。いつか、結婚して、子供が産まれて、おばあちゃんになるまで生きるんだから」


 そんな未来を想像したら少し涙腺が熱くなった。 


「出来るぞ。その為に来たんだ」


 ハルはコテンと俺の肩に寄りかかって、嬉しそうに言う。


「かーっこいい~。えへへ、うちの伊織もこの位格好良くなると良いなぁ」


 照れ隠しもあり、無駄にカッコいい顔をしてアゴを撫でる。 


「まぁ、なるだろうなぁ。俺だし」


「そっか、それは楽しみだね」


 そう言うとハルは黙り、何かを考えた。


 俺も何も言わなかった。


「ねぇ、伊織」


「何だ?」



「……また殺されちゃったらごめんね」



 ギリッと音がしたので何かと思ったら自分の奥歯の音だった。


「大丈夫だ。そしたらまたハルの生きている世界を作るから」


 回避なら、出来るかもしれない。


 でも、ハルは話し合いたいという。


 それはきっと、この異世界召還術式を作った『始まりの勇者』としての責務と言うことなのだろう。

 

「……俺なら気にせず逃げるけどなぁ」


 ハルは笑う。


「あはは、知ってる。……そんな事しないって」


「買い被り過ぎだっつの」


 最善を求めれば何十年もかかるだろう。


 だから、いようと思えばいつまでもいられるのだろう。


 でも、俺達は『自分の意志で』帰らなければならないんだ。


「ハル」


「ん?」



「明日帰るよ」



 ――お前の居ない世界に。



 ハルはやはりにっこりと笑った。



「うん、気をつけてね」


 気をつけるのはお前の方だろうがと思ったが、その気遣いが余りにもハルらしく、やっぱり俺は泣いてしまった。


 するとやはりハルは頭を撫でてくれた。



 ずっと、好きだった。


 もしまた会えたら、そう伝えたいと思っていたけど、何故か天戸の顔が浮かんだ。



「俺さ、絶対に天戸を助けるから」


「うん。任せたよ」



◇◇◇


 明日の朝帰ると告げると、うーちゃんは驚いたが、天戸は意外に驚かなかった。


「そっか、杜居くんが決めたならいいんじゃない?」


 ハルに会えなくなるので天戸も寂しいだろうが一応納得してくれた。


 うーちゃんは寂しいと言うよりも不安が大きいのだろうと思う。でも、すぐにこの7回目の世界が終わるわけじゃない。幸いクーネルさんが引き伸ばしてくれるから時間はあるだろう。


 でも、本当にいいのか?


 万全じゃないだろ?


 ハルに帰ると言ってからも、何度も自問した。



「平気よ、きっと」


 不安そうな顔をしていたのか、俺を元気付けるように天戸はそう言った。


「あなたと、ハルと、私が頑張ったんだもの」


「……そう願うよ、本当」



◇◇◇


 

 ――その夜はちょっと高級な店で、お別れパーティをした。


 俺と天戸とハルの、2度目の別れ。


 アレだな。


 突然居なくなられるのも辛かったけど、……もう2度と会えないとわかってて別れるのも辛い。


 でも、それが普通なんだ。


 俺達の世界のハルはもういないんだから。



 この日の事を、俺は一生忘れない。


 忘れたくない。


「そういえば」


 出し惜しみ無しに天戸秘蔵のメロンソーダと乳酸飲料が机に並ぶ。


 異世界で飲むメロンソーダも美味い。


 一年ぶりの乳酸飲料にハルのテンションも上がる。


「あっ、私の好きなやつ!しかも冷えてる!」


 天戸は得意げにハルに説明をする。


「別に大した事じゃないわ。異次元ポケットを閉めれば中の時間も進まないんだから」


 まるで自分の発見のようにさも堂々と説明する天戸さんだが、俺が話している途中だ。



「あのさ、思い出したんだけど。ハルがいいって言ったら見せるって言ってた秘蔵写真」


 天戸は『しまった』と言う顔をして、ハルとうーちゃんはキョトンとした顔をした。


「秘蔵写真って?」


「ダメよ」


「はぁ~?約束が違うんじゃないですかね、天戸さん。決めるのはお前じゃなくてハルだろ?」


 ハルも興味津々に天戸にせがむ。


「へぇ、なになに?うーちゃん見せてよ。見せて見せて!」


 天戸はスマホを取り出すと赤い顔でハルに画面を見せる。


「……18歳」


 ハルとうーちゃんは画面を覗き込んで嬌声を上げる。


「え~!嘘!私こんな感じになるんだ!きゃ~!」


 うーちゃんはチラッと天戸を見て、また画面に目を戻す。


「何と見比べた?」



 おいおい、何だよ。期待は高まるばかりじゃねぇか。


「ハル!ジャッジは?」


 ハルは照れ笑いをしながら両手でバツを作る。


「あははは、ダメ~。5年は早いね」



 おお、まじかよ。まさかのR20指定か。


「はい、裁判長。では20歳になったら解禁と言う事でよろしいか?」


「ハル、ダメよ。口車に乗らないで」


「え~……」


「異議あり。今許可を戴かないと俺には一生その写真を見る権利が得られません」


 ハルは腕を組んで頭を捻る。


 俺達はハルの裁可を待つ。


 ハルは天戸を見て恥ずかしそうに笑う。


「いいよね?うーちゃん」


 天戸は顔を赤くして俯く。


「ハルがそう言うなら、私が断れるわけないわ」


「っしゃ!」


 思わずガッツポーズが出た。


 そんな風に最後の夜は過ぎた。




◇◇◇


 ――翌朝。



 朝一番で戻る事にした。


 いればいるだけ後ろ髪引かれる。だからもうサクっと早い方がいい。


 ハルはニコニコと俺を見る。


「忘れ物無い?」


「無い。かーちゃんか、お前は」


 ハルは笑う。


「まぁ、みたいなもんだよ。ずっと、見守ってるんだから」


 ハルは天戸の視線に気付くと、また手を広げて天戸を抱きしめる。


「よしよし。うーちゃんも平気?寂しくない?」


「寂しいわ。……寂しいに決まってるじゃない」


 そう言うと天戸はハルの手の中で泣いた。


「……手紙書くからね」


「手紙?」


 天戸には通じなかったが、俺はわかった。


「はは、待ってる」


 異界の勇者の伝説。


 それこそが転移者に宛てた手紙だ。


 何百年後に訪れても残っているような。


 ならば、後俺達に出来ることは、その手紙を見つけるまで世界を救い続ける事だろうか。


 まだ、旅を終わらせるわけにはいかない。


 何も終わってはいないのだから。


 最後にまた4人で写真を撮る。


 うーちゃんのカメラでも撮る。


 写真を撮り終えると、俺は天戸を見る。


「行くか」


 天戸は無言で頷いた。


 俺は事も無げにハルに手を挙げる。


「そんじゃ」


 そんな俺を見てハルとうーちゃんは笑った。


「あはは、伊織……」


「泣いてるよ」


 知ってるよ。


 気が付かないわけないだろ、視界が歪むんだから。


「泣かないわけないだろうが……。じゃあな!ハル!うーちゃん!」


 天戸の帰還術でいつもの光の粒が俺と天戸を包む。


「伊織!うーちゃん!……大好きだよ」


「ハル!お……」



 気が付くと、空は低い天井となり、枕は濡れていた。


 ピロンと音が鳴り、俺は帰って来た。


 ――ハルのいない世界に。



 

 




 

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