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123話 黎明帝の正体

◇◇◇


 尻尾を掴んで、逃げられる。


 天戸うずめの7回目の異世界転移は大体そんな事の繰り返しだったようだ。


 表舞台に出ず、世界を裏から支配しようと目論む脅威『黎明帝(れいめいてい)』を相手に、天戸とハルは8年に渡って翻弄され続けたと言う。


「結局そいつの目的って何だったんだ?」


 ハルとうーちゃんがクーネルさんら王国軍と情報交換会議中なので、俺と天戸はおやつがてらお茶をしているところだ。


「ん、世界征服って言わなかった?」


「あー、戦隊ものとかでもあるけどさ。具体的に何なんだろうな、それ。全部自分の思い通りにしたいって事?世界で一番偉くなりたいって事?」


「そんなの私に聞かれてもわかるわけないでしょ」


 この世界にはメロンソーダが無いので、炭酸柑橘水を飲む。


 いや、正確には天戸の異次元ポケットに入っているが在庫が心もとないので無駄遣いはしない。


「じゃあ想像してみようか。相手の立場に立って考えるのが相互理解の第一歩だ」


「……私別にクーネルさんの事を理解したいわけじゃないんだけど」



「えっ」



 地味にでかいネタバレをかましてきたので、固まってしまった。


 音速のネタバレ野郎の称号をプレゼントしてやりたい。



 天戸は珍しくバツが悪そうな顔をしながらミルクティーをマドラーでかき混ぜて苦笑いをする。


「あっ……あはは、ごめん。忘れて」


「いや、別に忘れなくてもいいけどさ。つーか、死ぬはずだったんじゃねぇの?あの人」


「んー、監視名目で一緒にいたけど結局色々動きづらいから死んだ事にしたみたい」


「あぁ、ミステリ小説でたまによくあるやつだな。読んだことないけど」


「何それ。適当な事言わないでよ」


 そう言って天戸は少し笑う。



「つーか、8回目もすぐにラスボスと遭遇だろ?少しは警戒心持てよ」


 天戸はジトッとした目で俺を睨みながらケーキを切り分ける。


「仰るとおり少しは持ってたわ」


「あ、そうか。警戒心持とうが持つまいが、あの力の差じゃ無意味か」


『あの力の差』と言うワードが天戸のプライドを傷つけた様で、ケーキに恨みは無いのだろうがザクっと不機嫌にケーキを切る。


「今なら勝つわ」


 俺はヘラヘラと笑いながらデザートを選ぶ。


「お前は勝つだろ」


「え……」


 返事が止まったのでメニュー表から顔を上げて天戸を見る。


「何だよ、勝てないのか?」


「いや……勝てる……と、思って頑張ってるけど……、そんな風に言われると」


「杜居流の一番弟子として期待してるぞ」


 天戸は少しがっかりした顔でケーキを食べた。


「あっそ」


「冗談は置いておいて、いる間はうーちゃんに稽古つけてやってくれよ。正直何十年単位でやらなきゃ勝ち負けにならないと思うから、俺達のいる期間でどうこうなるようなもんじゃないけど……弱いより強い方がいいだろ」


「何十年いてもいいのよ?」


 俺の様子を窺うようにやや上目に俺を見る天戸を見てわざとらしくため息を吐いてやる。


「それは無い。言ったろ?帰るって」


 今度は天戸が呆れたように溜息を吐く。


「無理しちゃって」


「それにさ、明日は水族館だろ」



 俺の言葉は天戸にとって意外そのものだったらしく、ケーキを咀嚼(そしゃく)する口が数秒止まった後で、何回かモグモグしてから口を開く。


「覚えてるんだ」


「そりゃね。俺も楽しみだし」


「へぇ、杜居くんも楽しみなんだ?」


「まぁね」


 杜居君『も』ってのが気になったが、また『細かいわ』とか言われそうだったから突っ込むのは止めておこうか。



◇◇◇


「魔法球の行方は依然わからぬままですが、南方にある旧教の教会に黎明帝の手がかりを見つけたようです」


 クーネルさんがそう言ったので、俺は思わず噴き出しそうになった。


 天戸をチラッと見るが腕を組んだままポーカーフェイスを貫いている。


 今の天戸よりは数段弱いとは言え、既に規格外の強さを誇る異界の勇者天戸うーちゃんさんと、100年に1人の天才とも称される実年齢は80歳を越える天才魔法少女ハル。


 ジラーク以外ならまともに戦うだけ無駄と言えるだろうから、賢明な判断だろう。


 俺と天戸だけ部屋を出て、小声で話す。


「あんな感じで上手い事誘導されてたから8年かかったんじゃねぇの?」


「そうね、今考えると」


 今考えるまで気がつかなかったのか、と思ったけど傍目八目(おかめはちもく)と言うからそういう物なのだろう。得てして当事者には気付きづらいものなのだ。


「身の危険が特に無いなら良いけどさ」


「特に無いわ」


 全く無くは無いんだろうが、如何ともし難い武力差で気がつかなかったんだろうなと何だかクーネルさんに同情してしまった。


 話し合いを終えてハルも外に出てくると、うーちゃんは天戸に声をかける。


「うずめさん、私達で行こう」


 天戸は腕を組んだまま頷く。


「ん、いいよ」


「え、脳筋組だけ?念話使えないと不便くない?」


「脳筋って言うな」


 うーちゃんはチラッと俺を見る。


「一度来てるうずめさんがいれば平気でしょ?不安?」


 俺は首を横に振る。


「いや?全く」


「でしょう?あなたはハルと遊んで待ってれば?」


「そうね、色々積もる悪だくみもあるだろうし」


「……なんだそりゃ。まぁ、いいや。気をつけろよな」


「愚問よ」


 ぐもん?と聞きたそうにうーちゃんは首を傾げたが声には出さなかった。



◇◇◇


 結局天戸とうーちゃんで南の方に向かう事になり、俺とハルは見送りをする。


「気をつけてね、2人とも」


「実質1人だけどな」


 ハルに睨まれる。


「伊織うるさい」


 天戸は空飛ぶ絨毯を広げるとうーちゃんに操縦を促す。


「ん、やって」


「うん」


 中々会話が弾みそうな2人で、見ていて微笑ましい。


「それじゃ」


「いってらっしゃい」


 ニッコリと手を振るハル。


「流石に今度こそ尻尾を掴んで見せるわ」


「ヒントいらないんでしょ?後7年かかるわ」


「それはあなたたちの場合でしょ」


 おいおい、と一瞬ヒヤっとしたがうーちゃんは言葉を続ける。


「あなたたち2人と出会ったんだから、前よりずっとずっと強いわ。私も、ハルも。だから出来るはずよ」


 天戸はクスリと笑う。


「そうね」


 そして、うーちゃんの運転で空飛ぶ絨毯は教会へと向けて空を駆け抜けていった。


 絨毯の姿が見えなくなった頃、ハルはクルっと俺を振り向く。


「あはは、2人とも気を使って時間作ってくれたみたいだね。確かに、聞かれたくない話だから助かっちゃうな」


「念話でもいいんだけど、やっぱ表情見えないとやりづらいわな」


「はは、そうだね」


 ハルが天戸達に聞かれたくない話。


 ハル自身が異界の勇者として喚ばれた……所謂『ミステリアス天才魔法少女ハルシリーズ』だ。


「伊織は寂しがりだからもう少しいてくれると思ってたから、巻きでいっちゃうね?」


「寂しがりじゃねぇけどな。所謂総集編っすか」


「あは、そう。魔法少女ハル総集編」


 ハルは指をクルクルと回しながら手近な岩に腰掛ける。


「伊織にはさ、本当に感謝してるんだ」


「ん?色々ありすぎてわからんな。どの件だ?」


「あはは、そんなにあったっけ?……伊織の世界の私はさ、大事な人たちに隠し事をしたまま死んじゃったんだもんね」


「転移の話か。まぁ、別に気にする事じゃないぞ。驚きはしたけど」


「ありがと。卑怯だけどさ、うーちゃんに話すタイミングは伊織に任せて良い?」


 俺は大きくため息をついてハルの頭をビシッと叩く。


「あ・ほ・か。てめーで言え。ったく、どいつもこいつもグルジアもだよ。お前さ、天戸が同じ事言ったらどう思う?『ハルの転移は私が原因なの』ってさ」


「……ぎゅってしてよしよしする」


「ほら、じゃあそういう事だ」


 ハルは珍しく気弱そうに上目遣いに俺を見る。


「そうかな……?」


「だろ。総集編は帰って来てのお楽しみと行こうぜ」


 そして、8回目をどうするか、だ。


 時計の針は進み、もう戻る事は無い。




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