122話 世界の中心
◇◇◇
魔法の絨毯はとてつもなく便利だ。
天戸を回収した港町から、ハルの居る寺院の町までは大きく大陸を迂回していかないといけない為、船で行くとしたら下手したら何ヶ月単位でかかるだろう。
でも、絨毯なら一直線に行ける。
寒さもなんもかも天戸様の障壁で防いでくださるので、快適この上ない。
「どのくらいで着くかな?」
「さぁ?」
天戸は日記に何かを書きながらそっけなく答えた。
「いや、さぁじゃねぇよ。何で俺達がここに居るのかもう少し考えたほうがいいぞ」
「……もういいじゃない、しつこいわ」
味方かと思ったうーちゃんが白い目で俺を見た。
「ん、地図貸して」
天戸は手を伸ばして俺から地図を取る。
そしていくつかの街に指を伸ばして距離を測る。
「そうね、この縮尺だと……今の速度で1週間くらいはかかると思う」
「結構かかるのね」
「ふはは、甘いぞうーちゃん。今天戸は何て言った?『今の速度で』って言ったろ」
「言った?」
天戸は少し悪戯そうに笑う。
「ふふ、言った」
「さて、うーちゃん問題。天戸の操る空飛ぶ絨毯の最高速度は時速何マイルでしょうか?」
「え?まいる?」
問題とは別のところで頭を抱えられても困る。
「距離の単位よ」
バカにする風でも無く、天戸がにこりと答えるとうーちゃんは少し恥ずかしそうにうなだれる。
「そっか」
「つーか俺自身小5の時にマイルなんて言葉知らんかったから気にする事無いぞ」
「じゃあ私にもわからないって知ってて使ったって事?」
あ、やぶへびだ。
ゴホンと一度咳払いをして話を逸らす。
「とにかく、天戸の絨毯の最高速度はどのくらいだと思う?ビックリするぞ」
「ねぇ、それより質問に答えてよ」
しつこく食い下がってくるうーちゃんを無視して天戸に指示を出す。
「天戸!お前の全力を見せてやれ」
「嫌よ、うずめちゃんの質問に答えてからね」
まぁ、そうだよね。
そして、俺が謝罪をして間もなく天戸の絨毯は音の壁をぶち破った――。
◇◇◇
「うーちゃん!心配したんだよ、もう!」
僅か数時間でハルの待つ街に着いた。
流石天戸三大チートの一つだ。
両手を広げて絨毯から降りる天戸を待つハル。
「ごめん」
天戸は素直にハルに抱きしめられた。
「ばか。よく考えなよ、同じ事されたらどう思う?」
数秒沈黙したかと思うと天戸は一度鼻をすすり答える。
「……悲しい」
「ほら、でしょ?なら私だって悲しいよ」
「ごめん」
ハルは天戸の頭をヨシヨシと撫でる。
「うん、いいよ。よし、もうこの話は終わり」
「え?もう終わり?」
天戸に対抗するカードをいきなり奪われた俺は思わず不満の声を漏らした。
ハルは天戸の背中越しにジトっとした目で俺を見る。
「何か不満でも?」
「いや、別に」
天戸の少し後ろに立つうーちゃんは少し落ち着かない様子でそわそわしている。
俺はうーちゃんを指差す。
「ハル、うーちゃんも」
「えっ!?私は別に……」
ハルは天戸を離すと、微笑みながらうーちゃんに手を伸ばす。
「あはは、ごめんごめん。うーちゃんも寂しかったね」
うーちゃんは開きかけた口をぎゅっと結ぶとプイッとそっぽを向いた。
「私はついでじゃないわ」
ふはは、めんどくせぇ。
うーちゃん『も』が気に入らないのか。
小さくてもさすが天戸だと思う。
俺が背中をドンと押すとうーちゃんはハルの両手の射程範囲に入り、ハルに抱きしめられた。
「もー、ごめんて。うーちゃんは可愛いなぁ」
そう言いながら飼い犬にするかのように顔をグリグリと擦り付けるハル。
まぁ、犬は飼っていないけどな。
「別に寂しくなんて無いわ」
強がりを言いながらもやはりどこか嬉しそうなうーちゃん。
俺達の世界の中心は、やっぱりハルだった。
かつては毎日のように目の当たりにした光景。
俺と、天戸と、ハルがいる日常にまたついうっかり涙が出そうになった。
でも、さすがの俺でももうわかっている。
――俺達の世界のハルは、もういない事を。
「ハル」
飼い犬の様にうーちゃんをわしわししていたハルは顔を上げて俺を見る。
俺の表情を見て何かを察したようで、一瞬悲しそうな顔を見せたがすぐに笑顔に戻った。
「……なに?」
口を開こうとしたが、動かない。
まるで口の場所を忘れてしまったかのように、どこに力を入れたら口が開くのか、声が出るのかがわからなくなった。
「あ……あ」
何とか声は出た。
「あのさ!」
声は出たが音量が上手く調節できず想像よりずっと大きい声が出てしまい、天戸とうーちゃんはびっくりしている。
ハルは少し微笑んだまま俺の次の言葉を待っていて、優しく声を掛けてくれた。
「伊織。ゆっくりでいいよ」
一度大きく息を吸い、大きく長く吐く。
「帰るよ。……勿論すぐじゃないけど、諸々準備が整ったら」
にっこりと微笑んだままハルは頷いた。
「うん、そか」
準備が整うと言うのが具体的に何の準備で、どのくらいの期間なのか明確にしていないので、冷静に客観的に後から考えると、俺の宣言は何ら意味を持たないものにも感じる。
だけど、決めたんだ。
――ハルのいない世界に帰るって。
「伊織」
ハルの声に顔を上げると、うーちゃんはハルから離れていてハルは今度は俺に向かって手を広げている。
「え、俺も?いやいや、お子様方と一緒にすんなよ。全然平気に決まってんだろ」
と、一歩下がったその瞬間後ろからドンと突き飛ばされてハルの両手の射程範囲に入る。
突き飛ばされながら振り返ると天戸とうーちゃんがいた。
「……てめぇら」
そして、ハルに捕まる。
ハルは全力で、力の限り、まるで嫌がらせの様に俺を抱き締める。
「痛い。痛い。いでででで、おい力つえぇなクソガキ」
「あはは、11歳の力ですけど?」
あまりの痛さに涙目になった頃、聴力チート達に聞かれないようにか念話でハルは言った。
『たまには思い出してもらえるようにさ。……えへへ、完全に忘れられちゃうとやっぱり悲しいじゃん』
「いやいや、すぐは戻らねーから」
「あっ、またコソコソ話したわ。何話したの?」
「ふふ、秘密だよ」
ハルは少し照れ臭そうにそう言った。