121話 負けず嫌いにも程がある
◇◇◇
「へぇ、それで私の事を忘れて2人で美味しくビーフシチューを食べてたんだ」
食事を終えて俺と天戸が店を出ると、うーちゃんは建物の屋根でハンバーガーのような物を食べていた。
天戸は申し訳無さそうに五年前の自分に謝る。
「違うの、忘れてた訳じゃないの。……でも、あんまりビーフシチューがおいしかったから」
うーちゃんは少し嬉しそうに溜息を吐く。
「おいしかったから、忘れたんでしょ?でも、いいわ」
ひらりと建物から降りて天戸をジッと見る。
「恥ずかしいから戦う前から逃げるのはもう止めてよね」
「あのさ、うーちゃん。天戸は別にジラークから逃げてる訳じゃないと思うぞ」
余計な横槍だったらしく、天戸うーちゃん11歳はキッと俺を睨む。触れる物全てを傷つけるジャックナイフみたいな子だ。
「へぇ、杜居君わかるんだ?じゃあ教えてよ。うずめさんは何から逃げてたの?」
俺とハルをくっつけようとしていただけなんだろうけど、それをうーちゃんに言っていいものか憚られるな。
俺はクルリと回り、手をマイクのようにして天戸に向ける。
「えー、そのところどうなんでしょう。解説の天戸さん」
「私!?」
困惑する天戸を見てクスリと笑ううーちゃん。
「別にいいわ。本人はわかってるだろうし、気持ちはわかるわ」
本人同士で勝手に納得してしまった。
この場合の本人同士とは、当事者二人と言う意味ではなく、文字通り『本人が二人』なのだが。
「敵は強いけど、私は戦うわ」
何のこっちゃわからんが、挑発するようにチラッと天戸を見て薄笑みを浮かべる。
「誰かさんが逃げ回ってる姿を見たら、格好悪くて情けなかったもの」
11歳の煽りにぐぬっと涙目になる16歳になった天戸さん。
だが、うずめちゃんは手を緩めない。
「譲ってよかったで済ませるならさ、最初から黙って横でニコニコしてればいいじゃない」
「はい、ストップ。そこまで」
俺はうーちゃんの頭に手を置き、髪の毛をわしゃわしゃと撫でながらハルに念話を送る。
「こちらピーター、ハル応答せよ。メーデーメーデー、うーちゃんが天戸をいじめている。繰り返す……」
響く救難信号を聞き、慌てて俺の口を押さえようとするうーちゃん。
「ちっ……違うわ!いじめてなんて無い!ハルに言わなくたっていいでしょ!私の話なんだか……」
『うーちゃん……?』
いつも明るいハルの、抑揚を抑えた声が俺たち3人の頭に響く。
『はいっ!』
天戸とうーちゃんは同時に返事をした。
『いじめないよ?』
ハルは怒りを抑えて、抑揚のない声でまた言った。
「ハルっ、大丈夫よ!いじめられてなんか無いわ」
「ほら、でしょ?!仲良しよ」
慌ててハルに弁解をする二人だが、この二人の念話は受信専用なので、この声がハルに届くことはない。
何となく、神の成り立ちを見ているような気になってきた。
何もない所に向かって、自らの罪の弁明する二人。
『で、伊織はさぁ』
にやにやしながら見守っていると、矛先は俺を向いた。
「なんすか?」
『……何でニヤニヤしてんの?関係無い?』
まるで見ているかのような発言だが、ただのひっかけなのは分かっている。
「してないよ?まぁ天戸も見つかってよかったよかった。そっちは?」
『んー、結局見つかんなかった。あっ、どこにあるかは言わなくていいよ。伊織はわかってると思うけど……』
「ふはは、ネタバレ嫌いだもんな」
そう、ハルはそう言うやつだ。
うっかり先に読んだ週間少年漫画誌の内容を言ってしまった時は、一週間口をきいてくれなかった。
まぁ、この世界からしたらいい迷惑だけどな。『世界の存亡とネタバレ嫌いを天秤に掛けるな!』って有識者は言うだろう。
「次どうする?とりあえず合流しようぜ」
『そーだね。今クーネルさんなんか会議してるから後で聞いてみるよ』
「オッケー。つーか、マジで便利だな。この念話とやら」
「あはは、でしょ?これ戻っても使えるからね」
「マジか」
すごいけど、『念話』って言う名前が気に入らない。
腕を組んで少し無言になる俺を天戸が白い目で見る。
「またくだらない事を考えてるわ、きっと」
「ふらっと勝手に居なくなったりとかか?」
そう言うと天戸はぐぬっと黙った。
漸く俺もネクロマンサーネタに対抗できるカードがゲットできてご満悦と言ったところだ。
◇◇◇
結局ハル達にはそのまま寺院の近くの街で待機してもらう事にした。
「ねぇ、説明してよ」
何だか久しぶりに聞いた気がするな。『説明してよ』
「んあ?何に対しての説明?」
「……そんなの決まってるでしょ」
なにやらもごもごと口ごもる天戸さんに、うーちゃん11歳が助け舟を出す。
「何で居場所がわかったの?って事でしょ」
「ん?それ大事?」
俺たち三人は空飛ぶ絨毯で空高くを移動中。
俺は絨毯を指差して天戸を見る。
「あのさ、君この絨毯とか置いていったけどさ、今この絨毯の所有権は誰にあるの?あ、嫌味じゃなくて単純な疑問なんだけど」
天戸は俯いて答える。
「……好きにしたらいいでしょ」
「ハル!杜居君がうずめさんをいじめてるわ」
「ははは、残念。魔法センス0の君達に念話は送れませーん」
「……すっごいむかつく」
「ね」
と、まぁ冗談はその辺にして置いて。
荷物をごそごそと探り、日記とスマホを手渡す。
「ほら、返すぞ」
天戸は渡された日記とスマホを大事そうに持つと微笑んだ。
「ありがと」
「あ、そうだ。思い出した」
うーちゃんはきょとんとした顔で俺を見る。
「何?急に」
「ハルが良いって言ったら見せるって写真あったよな?合流したら聞いてみようぜ」
俺がそう言うと天戸は固まってしまった。
急に、絨毯が揺れ始めた気がするが気のせいではないだろう。
そして、道すがら天戸探しの答え合わせをした。
と言っても別にそんな大したことをした訳じゃない。
①ハルと反対の方向
②性格的に密航はしなそう
③この国の名付けルールにそぐわない名前を乗員名簿で探す
④到着港に先回りして、美味しいお店を探す
⑤乗っている船と着く時間が絞れているので、船着場の人に『お勧めのお店を聞く一人旅の少女が来たらこのお店に案内して』と伝える
⑥天戸を待つ
天戸はキョトンとした顔で俺を見る。
「じゃああのお店は杜居君のお勧めだったって事?」
「まぁ、そう。うまかっただろ?」
俺をジッと見て、少しするとニコリと微笑み『そうね』と答えた。
「まぁ、天戸は思いつきで行動しないだろうなってのが前提にあったし。最初の港町で情報を得た時に確信したぜ。別に誰が相手でも探せるってわけじゃない」
別に俺は名探偵でもなんでもないのだから。
「例えば、杜居君みたいにその場の思いつきで考えも無く動く相手だったら探せなかったわね」
うーちゃんが無駄に俺をディスって来る。
「探すわ」
天戸はスマホと日記を持ち、真っ直ぐと俺を見て言った。
「何年掛けても、何十年掛けても。……地獄の底までだって探しに行くわ」
「いや、怖ぇよ。負けず嫌いにも程があるだろ」
「勝ち負けじゃないわ」
天戸はプイッとそっぽを向くと、久々のスマホで写真を撮り始めた。