112話 告白
◇◇◇
「腹話術と同じだよ。簡単でしょ?」
ハンドパペットを両手に付けてパクパクと話す真似をさせながら、ハルは言った。
勿論俺の右手にもハンドパペットが付いている。河童とバッタが融合した様な謎の生物だ。
「つーか、まず腹話術のハードルが高いんですけど」
ハルの左手に装着されたピンク色のアホロートルの様な生き物が口を動かすとダミ声が聞こえる。
『高校生にもなって腹話術くらいできねーのかよ泣き虫小僧が』
「高校生とか関係ねーだろ。つーか、ひどくね?」
「ううん、私じゃないよ。この子だよ。ねっウパ三郎」
『頭だけじゃなく耳も悪いのかよ。処置無しだな』
「おい、小芝居やめろ。不愉快だ」
ハルの両手の二匹はケラケラと笑う。
『ははは、愉快愉快』
二つの声で同時に笑う。
地味にすごい。
『と、まぁこんな感じだね。発信距離は練度が関係してると思うよ』
何かと便利そうだから何とかこの世界にいるうちに覚えたい。
そう思って、いつまでこの世界にいるのかを初めて意識した。
ここには、あの日のハルがいる。
5年前のあの日のまま、俺が好きだったハルがいる。
『おっと、気を付けないと今みたいに思ってる事そのまま相手に伝わっちゃうから気を付けた方がいいよ』
と、念話が飛んできて慌ててハルを見る。
「いや、今のは違うんだ」
その反応を見て悪戯っぽくニヤッと笑うハル。
「え?何も聞こえなかったけど、何考えてたの?」
「……てめぇ」
「あはは、何か考えてたから言ってみただけ~」
どこまで本当か判別がしづらいのが質が悪い。
ため息を吐いて天戸組に目をやる。
まさかジラークとの特訓のように無茶をやってはいないと思うが……。
見ると互いに椅子に向かい合い、封印球を作っているように見える。
「何してんの?」
「ん、杜居流伝授してるの。あなたの考案した……名前忘れたけど中と外から押さえつける様な訓練法、中々いいわ。ふふ、意外にそう言う才能はあるのかもね」
「名前忘れるなよ、級剥奪すんぞ。あー……『時雨』だよ、時雨。杜居流神気道『時雨』」
そのやり取りを聞いて目を丸くして俺を見るうずめちゃん。
「え、どういう事?杜居君何かそう言うのやってたんだっけ?」
天戸はニコリと微笑んで首を横に振る。
「ううん、机上の空論。得意なの」
「あぁ、得意そう」
「おい、どんな扱いだ。うずめちゃん時点だと俺の方が頭良いはずだろ」
「頭の良し悪しはテストでは測れないわ」
小五の癖に反論してきた。
だが、所詮は小学生。高校生にもなって負けるわけにはいかない。
「あぁ、そうね。じゃあ言い方変えるな?テストの点は俺の方がよかったはずだよな」
その言葉が彼女のプライドを傷つけた様で、むっとして口を尖らせる。
「訓練の邪魔。ハルと遊んでてよ」
当然なんだけど、天戸と同じ話し方にクスリとしたがそれがまた癇に障ったようだった。
二人揃って邪魔ものを見る目で俺を見てきたので退散する事に決めた。
「はいはい、邪魔してすいませんね。ハル、お言葉に甘えて遊びに行こう」
「あっ、うん!行く行く」
◇◇◇
「ねぇねぇ、ネタバレにならない範囲で5年後の事教えてよ」
街をぶらぶらとしながらハルは楽しそうにそう言った。
彼女のいない5年後の事を。
「ん、天戸が超頭よくなってて、超モテモテになってて、超八方美人になってる」
「えぇっ!?何それ!?詳しく!」
「いや、言葉通りだ」
――『私はハルの真似をしているだけだから』と、天戸は言ったがそれは勿論言わない。
「あっ、確かに宿題とか参考書持って来ようよとは提案したけどさ。なるほどね~、時間はたっぷりあるもんね。それに……」
隣を歩きながらニヤニヤして俺の顔を覗き込んでくる。
「確かにすっごく綺麗で可愛くなってるもんね。あ、誤解のないように言うけど今でもうーちゃんはかわいいよ?更に、って事」
本人もいないので、頷いておく。
「ま、確かに見た目はな。内面の可愛げの無さは置いておこう」
「中身も可愛いけどね」
ハルはそう言ったが、きっとそれはハルに対してだけだと思うので敢えて何も言わない。
「クールなうーちゃんも可愛いけど、ニコニコしてるうーちゃんなんてそりゃモテない理由がないよ。いいの?取られちゃうよ?」
「いやいや、間に合ってますんで」
あても無く、話をしながら歩いていた俺達は、公園のベンチに場所を移した。俺はお金を持っていなかったので、ハルが飲み物とちょっとしたお菓子を買ってきた。
「はい、後で返してね」
「あぁ、うちのお嬢さんがな」
「うっわ」
飲み物は柑橘っぽいフルーツジュースだ。
「話戻すけどさ」
ハルは唐突に話を始めた。
「伊織はうーちゃんと何回も何回も世界を旅してるんだよね?」
「あぁ、正確には数えてないけど多分40~50回くらい」
ハルはジッと俺の目を覗き込む。
「単刀直入に聞くね。うーちゃんの事好き?」
5秒止まる。
「……嫌いではない、かな」
「ふーん」
そう言いながらジッと目を逸らさないハル。
「想像して」
「……何をだよ」
「誰かの隣で伊織にするみたいに笑ってるうーちゃん」
意外にも素直な俺は、言われるまま想像してしまう。
感情って言うのは、その全てが上手く言語にできるわけじゃない事を知った。
「……べ、別にあいつは学校だとみんなにニコニコ愛想振りまいてるんだよ」
「ん?それは『伊織にするみたいに』?」
恐らく、違う。
学校での笑顔は『仮面』なのだから。
「何が言いたいんだよ」
「後は自分で考えなよ」
俺はフルーツジュースを飲み、空を見る。
ハルはグラス越しに空を眺める。
ハルは高校生の俺と天戸よりも、本当にしっかりしているように感じた。
「……お前本当に10歳かよ」
一瞬間を置いて、ニコニコと笑うハル。
「あはは、残念。もうすぐ11歳です~」
――何だ?今の違和感。
俺の表情を見て、ハルはしまったと言う顔をした。
俺が口を開く前にハルは手で俺の口を制する。
「……誰にも言わないでね」
いつも勝ち気で明るくニコニコしたハルのこんな顔を俺は見た事が無い。
「私、喚ばれた事があるんだ。うーちゃんより前に」
まるで罪の告白の様に、ハルは言った。