109話 5年経っても、5歳離れても
◇◇◇
「はい、それじゃあ自己紹介しましょうかね。俺、杜居伊織15歳」
「天戸うずめ16歳」
「高天原ハル、10歳!」
「えっ、ねぇハル……?どう言うことなの?説明してよ」
天戸うずめちゃん11歳は困惑した表情でハルの袖を引き、俺達をちらちらと見る。
ハルは楽しそうにニヤニヤしながらうずめちゃんの頭を撫でる。
紛らわしいので、便宜上小さい天戸をうずめちゃんと呼ぶことにする。
「えへへ、秘密ー」
「ちょっと!」
あぁ、懐かしいな。
五年振りに見た、天戸をからかうハル。
五年と言う時間の中で、かなり俺の思いでは美化されているんだろうと思った。
でも、実際に出会ったハルは俺の頭の中よりも、ずっとかわいく、よく笑い、楽しそうだった。
たった五年でそんな事も思い出せなくなっていた自分に腹が立つと、また涙が出てきた。
天戸がドンと俺に肩をぶつけ、自身の目を指さしながら俺を睨む。
「目。また泣いてる。や、な、せ、はどうしたの?」
ちょっと天戸が何を言っているのかは分からないが、涙は止まらない。
「結局、あなた達は何なの?」
うずめちゃんはハルを守るように間に割って入る。
天戸はこうやってずっとハルを守って来ていたのだと思うと、また涙が出た。
あれ?涙腺が壊れた可能性がある。
天戸ももう何も言わなかった。
そして、まさに子供をあやすように天戸はうずめちゃんに微笑む。
「今言った通りよ。私は言ってみれば五年後のあなた」
うずめちゃんは天戸をジッと睨む。
「証拠は?」
あぁ、そうなるよな。ハルが順応性高すぎて麻痺してたわ。
天戸は少し考えた後でスマホを取り出す。
ハルが『カッコいい!』と言うと、ちらっと少し照れた顔でハルを見たのが印象的だった。
そうだった、俺も天戸もハルが大好きだった。
「第五皇帝紀24年、グル月。……この写真あたりね」
スマホに写真を写し、うずめちゃんに見せる。
「えっ……、何で」
「私も撮ったからよ。今日より先の写真もあるけど……、私達と会ったからこれ以降は変わると思うわ」
うずめちゃんは眉をひそめて俺と天戸を見る。
「わかったわ。じゃあ仮にあなた達が未来から来たとして……一体何の為に来たの?」
「あはは、細かい事は後でいいじゃん。ね、それより探してた球はどうなったの?」
全く状況が呑み込めていないおじさんに話を振るハル。
そしてこの中で俺とこのおじさんだけが全く何の面識もない初対面だ。
「そうだ、魔法球!まさか今の爆発で……」
「平気よ、宝箱は既に運び出された後だから」
「あっ、そうか。もしかしてうーちゃんこの世界の事知ってるんだ?」
天戸は少し照れた顔をした後で、困った顔で俺を見る。
「どのくらい話していいの?変えると困ったりするの?」
「まぁ、それにより俺達の世界に何か影響が出る事は無い。と思う。想像」
「そっか」
短くそう答えると天戸は少し考えこむ。
おじさんは困惑しながらも小声でハルとうずめちゃんに問う。
「……な、なぁ。にわかには信じがたいが、もしこの方たちが未来の君たちなら……魔法球のありかどころか、黎明帝の正体も知ってるんじゃないか?」
「と、思うよ?」
あっけらかんと答えたハルの声に色めきたつおじさん。
「本当か!?それならすぐにでも黎明帝を……」
「ごめんなさい」
天戸は申し訳なさそうに一度頭を下げると、うずめちゃんとハルを見る。
「この世界にはかつて8年いたの」
『8年!』と驚くうずめちゃんとハル。
「答えを教えればすぐにでもこの世界を救う事が出来ると思う。……でも、そうすると私とハルの。ごめんなさい、あなたとハルの一緒に旅をした8年も無くなってしまうんでしょ?辛い事も、悲しい事もあったけど……それ以上に楽しい事がいっぱいあったんだもん。それを奪いたくないわ」
俺はおじさんを見る。
誰なのだろう?
でも『今すぐ救える世界を8年も放っておくのか!』と大声を上げない辺り至極まともな人間に思える。
「とりあえず、場所移しません?こんな殺風景な所で無く」
「あっ、あぁ。そうだな、そうしよう」
◇◇◇
「えっ、これ大丈夫なの?わっ、沈むわ」
「平気よ、あなただってすぐに使えるようになるわ」
天戸はうずめちゃんの手を取り絨毯に乗せる。
「すっごいね~、空飛ぶ魔法の絨毯だ」
「それでは、私達は別路で戻る。街でまた」
そう言っておじさん達は馬車で陸路を進んだ。
「うん、またね。おじさん」
後で聞いた話だと、この世界までは他の兵などと一緒に活動する事が多かったんだと言う。
そりゃそうだよな、何の協力も無しに10歳の少女に世界を救わせるなんて正気の沙汰じゃない。
……で、さっきのおじさんはクーネルハイムさんと言い、本来なら二人を庇ってあの爆発で亡くなるはずだったらしい。
この7回目の世界を訪れて約1年の間、二人にとてもよくしてくれた恩人だったそうで、同じ歳くらいの娘がいたこともあり、二人を戦わせる事に否定的だったと天戸は言った。
そして、次の8回目は言わずともがなで、9回目の世界から以降天戸はずっとソロプレイになったと言う事だ。
俺と天戸と、ハルとうずめちゃんの4人で絨毯に乗り街に向かうことにする。
往路と違って、絨毯の乗り心地は快適だ。
小学生女子二人は女子高生の持ち物に興味深々のようで、天戸の異次元ポケットから何かを出しては喜んでいる。
一気に女子三人に男一人になった。
『念話は使える?』
急に頭に声が聞こえてきたので驚いてハルを見る。
『あ、いいよ。見なくても。じゃあ一方的に話すよ』
ここはハルにとって二度目の異世界だよな?
それで100年に一人の天才とかって言われてんの、こいつ?
俺何十回も転移してていまだに念話っての使えないんですけど。
『うーちゃんと付き合ってんの?』
思わず口に含んでいたメロンソーダを噴き出しそうになった。
「んなわけねぇだろ!」
そう言って振り返るとハルはあちゃーと言う顔をした。
うずめちゃんはハルをキッと睨む。
「ハル、またコソコソ話してたでしょ」
「あはは、ごめんて」
「で、杜居くんは何が『んなわけねぇ』の?」
俺が何かを言おうとする前にハルはニコニコと自然に割って入る。
「あは、5年後はもうあの漫画完結した?って聞いただけ」
「あっ、ハル私続き持ってきてるの!読む!?」
天戸はウキウキと異次元ポケットを探ろうとするが、ハルに制止される。
「や、いいよ。5年間楽しみ減っちゃうじゃん」
「でも――」
食い下がる天戸の頭をスパンと叩く。
「余計なネタバレすんなっつーの」
天戸は頭を触り恨みがましい目で俺を睨む。
「気安く触らないで」
「あはは、相変わらずだねー二人とも」
そう言ってハルは横目でチラッと俺を見る。
『やっぱりさ』
そして、懲りずに念話が頭に響く。
『そっちに私はもういないんだね』
天戸も俺も迂闊で、でもそれ以上にハルは勘が良い。
『うーちゃんには言わないで。気にすると嫌だからさ』
何故この情報でそこまでわかるのか?と思ったが、隠してもしょうがない。
ハルにだけわかるように小さく首を動かすと、ニコリとハルは笑った。
高校に入って、ハルの墓の前で天戸と話した時も思ったのだけど。幼馴染に有効期限なんて、やっぱり無かった。
5年経っても、5歳離れても、やっぱり俺達は幼馴染だった。




