10話 ラーメン、焼きそば、蘇生魔法
◇◇◇
一日目。
城の書庫で俺はある事に気が付いた。
「なぁ、お姉さんこれ読める?」
魔導書の補助教本を探して書庫に来た俺は、帯同してくれたメイドさんに本を開いて見せる。
「ん~、私古代文字はちょっと……。宮廷魔導士呼んできましょうか?」
メイドさんは申し訳なさそうに眉を寄せる。
「いや、平気。読めるから」
それを聞いて今度は怪訝に眉を寄せて俺から一歩距離を置く。
「え、自慢ですか?従者さま」
「従者じゃねぇっす。じゃあさ、この国以外の……ほかの国の言葉の本ってある?」
俺の意図を測りかねながらも、メイドさんは俺を案内する。
「この棚から向こうが外国の書物を集めたものです」
「あざっす。ちなみに、読めます?」
「いえ、浅学で申し訳ありませんが」
ふるふると首を横に振るメイドさんに向けて、俺はヘラヘラと笑う。
「全然そんな事思いませんぜ。ちょっとテストしていいですか?俺の言葉復唱してください。『こんにちは』」
「……こんにちは」
俺の実験は続く。
「ハロー」
「……こんにちは」
パラパラと外国語の辞書を開いてみるが、言われなければ別の言語とは思えない。
「なるほどね」
――図書室を出て、天戸に考察結果を伝える。
「で、何がわかったの?」
ポケットに両手を突っ込みながら天戸は不愛想に俺に問いかける。俺は天戸に魔導書を見せる。
「俺は何でこれが読める?」
俺の問いかけに天戸はあきれ顔で小さなため息をつく。
「いくら杜居くんでも字くらい読めるでしょ?違った?」
隙あらば俺へのディスりを入れてくるのはなんだろう。話が進まないから無視して続ける。
「これ、何語で書かれてんの?」
そこまで言ってようやく天戸に意図が伝わる。
「……そういえば、確かに。なんで読めるの?」
俺は高揚を抑えきれず、つい口元が上がる。
「な。多分、……翻訳魔法みたいなのが組み込まれてるんじゃないか?召喚術と一緒に」
俺の高揚は天戸に伝わらず、困惑した様子で天戸は眉を寄せる。
「そんなの、……誰が?何の為に?」
それが俺の求める答え。得意げな顔でピッと天戸を指さす。
「だよな。つまり、この異世界召喚術は、誰かが作った仕組みの可能性が高い、とは思わん?」
天戸は無言で俺を見上げ、少し唇を震わせた後で、無言でコクリと頷く。
「じゃあ、目標その1。このクソ術を作ったやつを探す。そして、可能なら止める。異論は?」
「ない」
まっすぐ俺を見る天戸の目にはハッキリと強い意志が宿っていた。
「この『魔導大全』さ。割とレアっぽいから、先に異次元ポケットに入れといてもらっていいか?かさばるし」
そう言って、百科事典サイズの21冊を天戸に示す。
「ふふっ、それいいね。『異次元ポケット』。私も使お」
クスリと笑いながら、天戸のマフラーは『魔導大全』を異次元ポケットにしまう。
それにはもう一つの理由がある。天戸には伝えない理由。
今しまった『魔導大全』。パラパラとめくった所、奥付的なところに『全20巻』と書かれていた。それなのに、本は全部で21冊。確かに、よく見ると一冊だけ装丁が異なる。そして、何より。この本だけが手書きだ。明らかに異質な一冊。
話が長くなりそうなので、結論から言う。もしかすると、21冊目は禁術なんじゃないか?と思う。そう推測する根拠――、21冊目の最後のページに記された魔法は……『蘇生』だった。
つまり、俺が魔法を極める事が出来たら、……ハルを蘇らせる事ができるんじゃないか?って思ってしまった。天戸に言えば反対するだろうか?気づかれる前に隠すようにしまわせた事から、俺の答えはもう出ているだろう。だから、これは俺一人でやらなければいけない。
可能かどうかわからない、俺の秘めた目標ができた――。
――一旦、インターバル。食事休憩。勇者様の要望で。
「天戸は魔法使えないの?」
「使えないわね。悪い?」
王様との会食を提案されたが、もっとのんびり食事がしたいので丁重に固辞して職員用の食堂に席を用意してもらう。騎士団や、庭師などあらゆる職種の人が使う広い食堂。俺はハンバーグみたいな料理を頼み、天戸はラーメンと焼きそば。その組み合わせどうなの?
「つーかお前細いのによく食うよな?」
そう言うと、髪を後ろでまとめてラーメンをすすっていた天戸は俺にジト目を向けてくる。
「……わ、悪い?」
悪い?の連発に俺はつい面白くなる。もう一つ『悪い?』を重ねさせて、悪い?三連星を作りたい欲求にかられる。
「いや、全然。つーかうまそうに飯を食べる女子っていいよな。たまにいるだろ?小食アピールする女子」
もちろん女友達なんていないので、ただのメディアの伝聞情報。
「……もっと、食べられるけど?」
天戸が少し照れ臭そうになぜか大食いアピールをしてきたので、思わず笑いそうになる。
「わはは、好きなだけ召し上がるといいよ。パスタでも持ってくるか?」
「それじゃ麺で被っちゃうじゃない」
「ん?だって今焼きそばとラーメンじゃん」
「そうよ?それが?」
その答えを聞いて、俺の背筋にゾクリと冷たいものが走る。もしかして、想像の域を出ないのだが、こいつ……ラーメンをスープか何かでカウントしてないか?
「いや、何でもない。デザートなにがあるかな」
「あっ、私も食べる」
俺はショートケーキ、天戸はプリン。食べ終えたら午後は宮廷魔導士さんに時間を取って貰って魔法の指導を受ける予定。
「せっかくだから天戸も受けたらいいんじゃね?使えて困るもんでもないだろ」
「いやよ、どうせ馬鹿にするでしょ」
プリンを口に運びながら天戸は口をとがらせる。そして、プリンを味わいながら、懐かしそうに、寂しそうに、罪を噛みしめるように呟いた。
「……ハルの魔法はすごかったわ」