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第4話 秘密

西の祠から東の大木へと向かう途中、山道はさらに険しくなっていた。木の根が地面から飛び出し、足を取られそうになる。

「気をつけろ」

ヤンマがボクの前を歩きながら言った。彼は時々立ち止まり、危険な場所を教えてくれる。

「あ、ここ滑りやすいぞ」

その言葉の直後、ボクの足が滑った。バランスを崩し、前のめりに倒れそうになる。

「危ない!」

ヤンマが素早く振り返り、ボクの腕をがっちりと掴んだ。

「大丈夫か?」

「う、うん…ありがとう」

ボクは少し照れながら答えた。正直、ヤンマに助けられるのは複雑な気持ちだった。彼はスポーツ万能で、頭も良く、性格も良い。そんな完璧な少年に比べると、自分はあまりにも無力に思える。


「これからもっと険しくなるよ」えっちゃんが地図を見ながら言った。「東の大木は、山のかなり奥にあるみたい」

「大丈夫、俺が先頭行くよ」

ヤンマは迷わず言った。彼は少し前に出て、道を作るように草を掻き分け始めた。その背中を見ていると、なぜ彼が学年で一番人気があるのか分かる気がした。

「カズくん、疲れてない?」

後ろからえっちゃんが声をかけてきた。

「う、ううん。平気だよ」

実際はかなり疲れていたが、えっちゃんの前では弱音を吐きたくなかった。


さらに山を登ること20分ほど。ヤンマが突然立ち止まった。

「休もう」

彼は振り返り、木陰を指さした。

「あそこなら涼しそうだ」

三人は倒木に腰掛け、持参した水筒で喉を潤した。ヤンマはリュックから小さな包みを取り出した。

「はい、おにぎり」

「え?」

「朝、作ってきたんだ。…母さんに」

後半は小声だったが、ボクには聞こえた。ヤンマは自分で作ったと言いたかったのだろう。ボクは思わず笑みを浮かべた。意外と照れ屋なんだな。

「そういうところが、さすがヤンマだね」

嬉しそうにおにぎりを受け取ったえっちゃんは言った。

「当たり前のことだよ」

「当たり前じゃないよ」えっちゃんはきっぱりと言った。「ヤンマはいつも他の人のことを考えてる。それが素敵なんだよ」

その言葉に、ボクの胸の奥がちくりと痛んだ。えっちゃんはヤンマのことが好きなのだろうか。

「ごめんね、何も持ってこなくて」

ボクが言うと「気にしないで」とヤンマは笑った。

「お互い様だよ」

「でも、ヤンマはリードしてくれてるし…」

「カズだって、大切な役割があるさ」

ボクは首を傾げた。

「何?」

「えっちゃんを笑顔にすること」

ヤンマはそう言って、おにぎりを頬張った。彼の言葉に、ボクは何と返していいか分からなかった。嫉妬すべき相手のはずなのに、なぜか憎めない。


「転生するって言っても、異世界ってどんなところだ?」

ヤンマの突然の問いかけに、えっちゃんは少し驚いた様子で耳に手をやった。

「どんなところって…」えっちゃんは空を見上げながら考え込んだ。「魔法が使える世界とか? 杖を持って、『エクスペクト・パトローナム!』みたいな」

彼女は想像上の杖を振りかざしながら言った。その姿を見て、ボクは思わず微笑んだ。

「現実じゃできないことができる世界。自分を変えられる世界……」

そう静かにつぶやいたりっちゃんにボクは何か言おうとしたが、言葉が見つからなかった。えっちゃんの目に浮かぶ影を、ボクはよく知っていた。

「カズくんはどんなところがいい?」えっちゃんがボクに尋ねた。

「え、ボク?」急に振られて、ボクは少し慌てた。「ボクは…ドラゴンとか、魔物が出てくる世界かな。勇者になって、剣を持って冒険するの、憧れるよ」

実際は、学校でのいじめから逃れられる世界ならどこでもいいと思っていたけれど、そんなことは言えなかった。

「カズ、お前も意外とロマンチストだな」ヤンマが笑った。

「ヤンマは?」ボクは聞き返した。

「俺か?」ヤンマは少し考え込むようにしながら言った。「俺は転生なんかしたくないけど、行くんだったらSF的な未来世界だな。宇宙船に乗って惑星間を旅したり、アンドロイドと話したり」

えっちゃんが小さく笑った。「宇宙なんて怖くない?暗くて、広くて」

「それがいいんだよ。広いってことは、可能性も広いってことだろ?」ヤンマは真剣な顔で言った。

三人は少しの間黙り込んだ。遠くから聞こえる鳥の鳴き声だけが、静寂を破っていた。

「でも結局、異世界って、この世界の反対像みたいなものかもな」ヤンマが言った。「今の自分にないものを求めて想像するんだろうし」

「そうかもね」えっちゃんは静かに応え、もう一度耳に手をやった。

「私はこの現実の世界が少しだけ変わった世界に、私とは違う私になって転生したい」

えっちゃんの言葉は、静かに山の木々に溶けていった。


「ねえ」

ヤンマが突然立ち上がった。

「なに?」

「どうして…転生したいんだ?」

空気が一瞬凍りついた。えっちゃんは耳に手をやり、しばらく黙っていた。

「言いたくないなら、無理しなくていいよ」

ヤンマは優しく続けた。

「ううん…」えっちゃんは小さく首を振った。「話すよ」

彼女はゆっくりと話し始めた。

「お父さんが亡くなってから、お母さんは一人で私を育ててくれたの。でも去年、再婚して…」

彼女の声が少し震えた。えっちゃんの母さんが再婚したのは、去年の冬。その頃から、えっちゃんは少しずつ変わっていった。笑顔が減り、夜に一人で外にいることが増えた。

「新しいお父さんは、はじめは優しかった。でも最近…」

言葉が途切れ、えっちゃんは俯いた。ボクとヤンマは、黙って彼女の言葉を待った。

「怖いの」

その一言に、ボクの心臓が強く鼓動した。

「何か…したのか?」

ヤンマの声は、いつもより低く、重かった。

えっちゃんは、それにはハッキリ答えず、静かに首を振って、唇を噛んだ。

「お母さんには言えなくて。やっと幸せになれたから、壊したくない」

沈黙が流れた。風の音だけが、三人の周りで静かに鳴っていた。

「だったら」

ヤンマが立ち上がった。彼の目は、ボクが見たことのないほど真剣だった。

「俺が守る」

「え?」

「俺とカズで、えっちゃんを守るよ」

ヤンマは握りこぶしを作った。

「転生じゃなくたって、解決策はある。まずは俺の親に相談しよう。うちの親父は弁護士だし、何かできるはずだ」

その言葉に、えっちゃんは涙ぐんだ。

「でも…」

「いいか、星野」ヤンマはしゃがんで、えっちゃんの目をまっすぐ見た。「逃げるより、立ち向かった方がいい。俺たちがついてるから」

ボクは黙って二人を見ていた。ヤンマは本当に優しい。自分がえっちゃんに抱く感情は、半分は憧れで、半分は幼い恋心だった。でも、ヤンマの感情は違う気がした。彼は純粋に、友達を守りたいと思っている。それは、嫉妬するような種類の「好き」ではないのかもしれない。

「ねえ、カズくんも…そう思う?」

えっちゃんがボクを見た。その目には、不安と希望が混ざっていた。

「うん」

ボクは迷わず答えた。

「ボクも、えっちゃんを守りたい。逃げなくても、きっと方法はあるよ」

えっちゃんは二人を見比べ、そっと微笑んだ。

「ありがとう。でも…」

彼女は立ち上がり、背伸びをした。そして空を見上げた。

「せっかく来たんだから、最後まで手順をやってみたい。それから、考えるね」

ヤンマはため息をついたが、頷いた。

「わかった。約束だぞ。手順が終わったら、ちゃんと話し合おう」

「うん」

三人は再び歩き始めた。ボクはヤンマの背中を見つめながら、自分の中の何かが変わったことを感じていた。ヤンマは「恋敵」ではなく、大切な仲間だ。そして、彼の存在があるからこそ、この冒険が安心して進められるのかもしれない。


「あ、見えてきた!」

えっちゃんが前方を指さした。うっそうとした木々の間に、一際大きな木が見えてきた。

「東の大木だ」

ヤンマが言った。彼は振り返り、二人に手を差し出した。

「さあ、次のステップだね」

三人は手を取り合い、大木に向かって歩き出した。太陽の光が木々の隙間から差し込み、彼らの道を照らしているようだった。

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