「——大好き!」
朝。
冷蔵庫、五本並べた天然水のペットボトル。
ラベルは剥がされたそれを、目を閉じながらランダムサンプリング(言いたいだけ)、グイっと飲む。
「……これはクリス○ルガ○ザー」
底を見る。張られた付箋を捲ると、言った名前の文字が書かれてある。
当たり。
最近はかなり的中率が高くなってきたね。
「よっし、行くか」
俺は飾った九人兄弟の鶴達(またまた増えた)に見守られ、玄関から飛び出す。
今では少し楽しみになった、学校へ行く為に。
☆
――「……」「……」「……」――
未だに俺の髪色に慣れてない者は結構多い(何様)。
校門でも廊下でも。教室に向かうまで、何度も視線を向けられてきた。
ぶっちゃけ虹色の髪が高校生で許されるとは思わなかったが、そこは現代の風紀概念に感謝。
あとはここの校風。流石に俺の影響で生徒達が一気に髪を染める事はないだろう。
実際9割は黒髪だし。
全生徒がレインボーとかになったら流石に責任取ります(悪夢)。
時刻は8時15分。
俺はそんな視線を浴びながら、教室へと入った。
昨日と同じ――“前”の扉から。
「――あ! いっちだ~!」
思わず口元が緩む。
女の子の元気な声が、扉をくぐれば掛かってくる。
そのおかげで――今なお向けられる他者の視線は気にならない。
「おはよう」
「おはよ~!」
初音さんの席の前に行き、立ったまま話す。
「そういえば、如月さんとは一緒に来ないんだ」
「わたしバスケ部の朝練あるからね~」
「なるほど」
「……というか、あやのんって結構時間にルーズだし。多分一緒に登校はムリ~」
意外だ。
と思ったけど、そういえばいつも来るの始業時間ギリギリだったな。
「そこはまあ、かのんちゃんに色々と手を焼いて……」
「かのんちゃんの方が多分しっかりしてるよ」
「そうなんだ……」
「うん。あはは、反面教師的な~?」
「な、なるほど」
彼女の事が好きだった時の俺は、勝手に如月さんを神格化していたのだろう。
愚かである。
「……あやのんの事が気になるのですか~?」
「どう答えても変な感じになるよねそれ」
「……ふーん」
ジト目になる彼女。
《――「……俺、初音さんともっと仲良くなりたい」――》
あの台詞を言う前と。
彼女のそれは、ほんの少し同じ様な表情に見えた。
「話題を変えよう(完璧な話題転換)」
「答えて」
「う」
「じ~」
俺が蛆虫だと言いたいのだろうか(被害妄想)。
はい!(肯定)。
プランC。もう正直に話そう。
「俺……ちょっとした夢だったんだ、“友達”と一緒に登校するの」
「へ」
「如月さんと来ないか尋ねたのは、その……たまには、初音さんと時間合わせて行けないかって……思って」
「!」
「淡い期待で聞いた。ごめん、変な勘違いさせて」
超恥ずかしい。
でも勘違いが起きるよりはマシ――
「――いっ、行ける!!」
「え」
「毎週水曜は朝練お休みだから。わたしも、いっちと一緒に行きたい……」
「マジっすか(衝撃により語尾変更)」
「……うん」
あの、友達との登校イベントが俺なんかに発生するだと?
信じられない――
なんて思ったら、ふとももをツネって現実を実感。
痛い!!!
俺は死んでない(生存確認)。
「……ね。いっち」
「?」
「あやのんって、映画とか、漫画とか見なくて」
「うん」
「お昼にわたしといっちで盛り上がったら、あやのんが可哀想でね」
「そうだね」
初音さんは優しい。
昼休みには、親友である如月さんとの時間を尊重したいということだろう。
当然だ。俺は、そんな二人の邪魔をしたいと思わない。
「だから……その~そういう話は、二人の時だけでしたいなって」
「もちろん良いよ」
「……でもわたし部活あるし、あんまりいっちと話せなくて」
「うん」
「どうしようかなって……悩んでた」
一瞬分からなかった。
どうして、俺なんかにそこまで考えてくれていたのか。
きっとその理解不能の訳は、己への『卑下』だ。
ずっと友達が居なかったから。
面白くない人間だったから。
変われなかった自分が、酷く醜いものだったから。
――でも今、この教室で。
安価行動を続けて。スレの住民に相談して――この瞬間。
目の前には、俺とここまで話したいと思ってくれる人が居る。
「っ」
「どうしたの? いっち」
前を見ろ。その目を見て、口を開くんだ。
うじうじするな。
自信を持てよ東町一。
今のお前には、『会いたい』と思ってくれる人が居るんだから。
調子にだけは乗ったらダメだけど。ほんの少しぐらいなら――
「放課後」
「……へ?」
「昨日と同じ様に待ってるから」
「それって、どういう」
「初音さんが俺と話したい時は、連絡くれたら俺が駅まで行って一緒に帰る」
「い~いやいや! 都合良すぎて悪いよ。凄く嬉しいけど」
「気にしないで」
「で、でも」
……違うんだ。
ここまでしたい程、自分は――
「俺が、初音さんと話したいから」
キーンコーンカーン――――
そんな、思わず出た言葉をかき消す様にホームルーム開始五分前の予鈴が鳴る。
「……もう時間か、それじゃ。そういうことでよろしく……」
「――待って!」
「な、何?」
頼む行かせてくれ(恥ずかしい)。
重い男を腕を持って引き留める彼女。
「……ありがと、いっち!」
そんな台詞と、満面の笑み。
それはまるで。
季節外れの向日葵が咲いた様な。
己の言葉で引き起こされたモノだとは思えない程。
元気が出て、可愛くて、魅力的な表情で――
「――大好き!」
その声が、教室に響き渡った。




