大爆発
「……」
「……」
元々映画終わりに行くつもりの店だったから、そこまで歩く事はなかった。
だからすぐに目的の料理屋に到着。
現れた如何にもなインド人店員さんに案内され、注文。
そして今。
店員が行って……沈黙が場を支配している。
女の子と一対一で食事とか、いくらなんでも予想してなかった。
いや、話題はあるんだ。
でもアレを出していいのか?
隣で頭を抱えてたんだぞ?
「……あのさ」
「――あの」
「あ」
「……ど、どうぞ」
会話の衝突事故。
なんでこんなに長い沈黙があって、いざ始まればピッタリ声が重なるんだろうな。
「『アレ』、話題に出していいかな」
「!」
もうその言葉だけで通じたみたいだ。
これが吉と出るか凶と出るかは分からない。
「……引かない?」
「え」
「……」
「一緒にアレ見てる時点で大丈夫じゃないかな」
「……そっか~!」
その言葉にどこか安堵した様子だった。
そして、初音さんは深呼吸。
その後。
「まず推理小説の原作の時点で失敗する確率で少ないと思うんだよね、だってトリックとか謎解きとかって形が変わっても劣化しないだろうし。でも、よりによってなんでキャストにアメリカ人を採用したの? まさか原作のキャラが軒並み肌が白くて美男美女設定だったから? 異世界の推理モノだから? 異世界人=外国の俳優を採用って繋がりは分かるんだけど、それだったらせめて吹き替えでよかったじゃん、なんで無理矢理日本語を話させたの? 絶対発音だけ指示して意味とかあんまり分からないままだったよね? おかげで台詞に深みも無いし大事な決め台詞が挨拶と同じ熱量しかないんだよ」
びっくりした。
思ったより彼女の頭の中はアレで頭がいっぱいだったらしい。
なら、俺もそれに応える必要がある。
頭に記したその評価ページ(辛)を開く。
まずは――
「事前情報によれば、あの実写化に当たって原作者の介入は一切無かったんだよね。その時点で嫌な予感しかなかったんだけど、恐らくアメリカの俳優の高いギャラで苦しくなっちゃって、吹き替え声優を雇う余裕が無くなったんじゃないかな。実際台詞以外の、移動する車の上の戦闘シーンとかは本領発揮って感じで良かったよ。そこは台詞も呻き声とか叫び声しか無かったから違和感もなかった。問題なのはそのシーンは本当に何も意味が無くて、監督がやりたかっただけだと思う。そもそも急すぎて、多分アレ原作に無いシーンだね。というか……あれのせいで謎解き時間まるまるカットされてたよね。試写会を原作者が出演拒否してた程だから、本当にかわいそうだよ」
「あったあった! あの唐突なハリウッド映画の真似事みたいなやつでしょ!? 話の流れからしておかしいし、絶対やりたかっただけだよねアレ。戦闘パートのせいでテンポ最悪だったし。推理中→犯人怒って戦闘のパターンが多すぎ。『ミステリー✕怒涛バトル』とか大々的に告知してたから嫌な予感はしてたんだよ。明らかに《バトル》の方にほとんどの予算と力入れてるもんね。一番のミステリーはこの映画でいいと思った監督だよ! これだから監督のエゴが出過ぎる映画は駄作になりがちなんだよね。しかもきっとイエスマンばっかり固めてたよね。止める人居なかったんだよきっと。結果予算も足りずにZ行き。 やっぱり実写映画は原作者が見てないとダメだよ! 原作者が試写会ボイコットしたのは絶対に正解だと思う。本当に! 可哀想過ぎて泣けてきた。居酒屋会議で全てが決まったのかってぐらい――」
「――えー、マトン(羊)カレーのお客様」
「ひゃあ!? は、はい!」
「バターチキンカレーとサモサ(鶏肉、野菜などが入ったパイ)のお客様」
「ありがとうございます」
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
話していた初音さんの横から、すっと店員さんが注文の品を持ってくる。
「あ、あは……恥ずかし~」
「初音さんって、結構映画好きなんだ」
「……うん。毎週一本は何か見ないと落ち着かない」
「すごいねそれ」
「そんなでもないよ。映画館まで行くのはお小遣いが限界だから月二回くらいだし」
「最近また高くなったもんね」
サモサを机の中央に移動させ、スプーンとか色々取り出しながら会話する。
「……食べていいの?」
「え、うん」
「やった~、美味しそうだと思ってたんだ。でもいいの?」
「俺はお小遣いに余裕あるから、足りなかったら頼むよ」
「凄いブルジョワだね~」
「帰宅部だから」
ま、友達居ないからね(血涙)。予定もなかった。おかげでバイトが捗ったのだ。
バイト友達? 何だそれは。このカレーより美味しいのですかね(涙そうそう)。
「んへ……うまぁ~」
顔を緩める彼女。ココにして正解だった。
あとその表情はドキドキするので止めてください(切実)。
「良かった、でもコレ作るの難しそう」
「作る予定なの~!?」
インド料理を食べながら、初音さんと話す。
まさかの展開ばかりだったけど――今は落ち着いている。
……彼女は雰囲気が柔らかい。
だからこんな陰キャでも臆さず話せる。
Z級映画を共にした戦友感を(勝手に)感じてるからかもしれないけど。
「うん。でもスパイスが何たるかから勉強しないとダメだね」
「へぇ? ガラムマサラぐらいしか分かんないな……はーおいし~。一体この中にどれだけのスパイスが……」
「多分10種類ぐらいじゃないかな」
「多いね!?」
「11デス」
「店主さん出てきた!」
「あ、ありがとうございます……」
☆
「おいしかったぁ〜!」
「ね」
インドのカレーは奥が深い。
羊の肉は流石に扱えなさそうだから、チキンカレーにしたけどそれでも作れる気がしない。
ナンってどうやってあんなフッカフカに作れるんだ。中々道のりは遠い。
早速帰ったら作るか。
「……サービス。無料」
「え」
「良いんですか?」
「どぞ」
そう言ってコップ一つ置いて行ってくれた。
机に置かれたのはラッシー(インドのヨーグルト飲料みたいな飲み物)。
「サービス良いなぁ〜」
「だね」
「あ、次は……その、アレなんだけど〜」
「○✕キュア?」
「うん!」
どうやら、まだまだ話は続きそうだ。




