唐突
「……ママは?」
「仕事に戻ったよ。日本に戻るまでに色々終わらせるんだと」
「そうなんだ。仕事どころじゃないかと思った」
「はは、さっきまでのはしゃぎようは凄かったな。花さんも急なニュースでびっくりしたんだろう。ただ逆に今は一に会う為に頑張ってるさ」
――アメリカ。
タワーマンションの一室。
“彼”との電話を終えてからのこと。
「一兄に友達が出来たのは、そりゃ予想外だけれど……あそこまで取り乱す事にならなくても」
「俺も驚いたよ。日本で受ける予定の『夜景観光士』の記憶がほとんど飛んでしまったな……あと三週間もないのに。いやぁ一にはやられたよ」
「あっそ」
「説明しよう! 夜景観光士っていうのは、『夜景鑑賞士検定』と『イルミネーション検定』が統合された資格で、まだ出来てから五年も経ってないレアな資格なんだ……凄いだろ? これを取得した暁には、日本で一番綺麗な夜景を花さんにプレ」
「聞いてない」
「……」
父と娘がその一室で語っていた。
ほんの少し、一方的に。
「パパ、一兄の声……全然前と違ってた」
「うん?」
「本人じゃないかも」
「だとしたら大事件だな――そしてもう一つ、嬉しい事件があるが聞きたいか?」
「教えて」
「ちょうど、航空券のサイトを見てたんだ。恐らく団体のキャンセルがあったんだろうが。少し忙しくなるぞ――」
未だに信じられない、彼の報告を受けた彼ら。
そして、動き始める二人。
一方の日本では——虹色の少年が、空を眺めて立っていた。
☆
☆
公園、瞬く星を眺めて呟く。
「家族、家族か……」
思えば、半年以上会っていなかった。
傍から見れば結構異常かもしれないが、これは俺が言った事だ。
《――「俺は大丈夫だから。あんまり帰ってこないで良いよ」——》
実際、中学までの俺は……。
《――「ほんとに大丈夫なの一兄」――》
年下なのに大人びたその声は、未だに思い出せる。
俺の“憧れ”だった彼女には。
妹である二奈には——
「——いっち!」
「!」
「浸り過ぎ!!」
「ごめんなさい(土下座)」
「さっきから大丈夫? 東町君……」
「……ぐぅ」
「かのんちゃんなんて寝ちゃったよ」
見たら俺の背中で寝てた。
……無意識のうちに、彼女を俺はおんぶしていたみたい。
ヤバくない?
俺の思考をスルーして、身体がかのんちゃんを背負っていたのか?
恐ろしい子!
「とりあえず、かのんちゃん送って今日は帰るよ……」
「え~」
「泊まっていかないのかしら」
「とっとととまとま(童貞)」
何言ってるんだよこの絶世の美女(如月さん)は。
危機感とかないの?
まあ俺だし別に要らないか(納得)。
「――いやダメでしょ」
「あはは、落ち着くまで長かったね~」
「明日何か用事あったのかしら?」
「そっそういう問題じゃなくてね。見知らぬ男が家に居るとか、如月さんの親とかがもう許さな――」
「ママなら別に……貴方の事はもう知ってるわよ」
「……え?」
なんて?
というか、こんな不審者(俺)の不審者情報があやのんママ(無礼)にバレてるのか?
「終わった(終わった)」
「いっち、忙しいね」
「あれだけかのんが言ってたらママも知ってるのよ。泊まってかのんの相手してくれるなら大歓迎だって」
「……俺、一応男……」
「桃が居るなら大丈夫って言ってたわ」
「……」
「そういうわけだから、大丈夫だよ~。流石に寝室は分けるけどね」
「パパの部屋で寝てもらおうかしら」
「大丈夫なの〜?」
「掃除はしてるから平気よ。というか、ぜんぜん使ってないし……布団一枚ぐらい余裕で入るから」
いやちょっと待って。
なんかもう泊まる事前提で話進んで来てない?
「かっ、替えの服持ってきてないし……(乙女)」
「いっち、ここの公園から家すぐだよね。気になるなら取ってきたら?」
「やっぱり大丈夫です……」
……え、俺マジで泊まるの?
家の鍵閉めたっけ(今更)。
☆
「お、お邪魔します……」
「さっきまで居たじゃん〜」
「ふふっ、変ね東町君」
「……はい……」
時刻は22時前。
かのんちゃんはもう起きる気配がなさそうな程に熟睡。
彼女を背中におぶったまま靴を脱げるかどうか玄関で考えていた所、如月さんがかのんちゃんを受け取ってくれた。
「じゃ、シーユーネクストタイム(音ゲ)――」
「いちにー……」
「!?」
……そのままドアに手をかけようとしたら、暖かい、小さい手がちょんと首に触れて。
「ウッ(絶命)」
「えっ」
「あっ」
服、首の後ろが掴まれてそのまま首が締まった(死)。見てないけど二人の反応で分かった。これはかのんちゃんだ。
「グオ……」
「かのん! やめなさい!」
そんな引っ張らないで! というか怖い(切実)。
今寝てるよね?
第三の目でも開眼してるのか?
シックス・センス?
カノンちゃんはまだファイブ・エイジだけど(爆笑)。
「ォ゛(首が締まっていく)」
「いっち!」
ごめんなさい!
☆
「かのんちゃんスヤスヤだったね」
「もう夜も遅いから。東町君を追いかけてた時にはもう限界超えてたのよ」
「あはは~」
もはや少し慣れてしまった、如月さんの家。
リビング、俺たちは椅子に座った。
アレから、かのんちゃんはウトウトしながら歯磨きしてた(かわいい)。
そのまま布団イン。子供ってホント一瞬で寝るね。充電が切れたみたいに。
枕をコアラの様に抱いて寝る姿が印象的だった。それを写真に撮って額縁に飾れば、恐らく万国博覧会に展示しても違和感がないだろう(題名:世界平和)。
「で! ついにこの日が来たんだね〜」
「別にいつでも良かったのだけど」
「いや、友達の家に泊まるのなんて初めてだし……そういう選択肢無かったし……というか家近いし……(陰キャ三連コンボ)」
「え~」
「東町君、いつも遅くに帰すの悪いと思ってたのよ」
……まあ、悲しいけど彼女達の中で俺は男ではない何かなのだ。
妖精みたいな。こんな髪色だし(熱い自画自賛)。
ある意味信頼を得ているんだ。
喜ぶことにしよう。
よく考えなくても、友達の家に泊まるなんて夢みたいな話だった。
夢通り越して存在すら忘れていたけど。
……あと。
《――「ほんとに一人で大丈夫なの?」――》
蘇る妹の声。
夜を誰かと一つ屋根の下で過ごすのは、家族と過ごした中3以来だ。
あの頃の俺に今の状況を話しても『は? 妄想乙(笑) それなんてギャルゲ(激寒)』で終わることだろう。
もうすぐ家族が帰ってくる、そんな手前でこうなるとは。
「本当に良いの、如月さん」
「! い、良いわよ?」
「じゃあ朝まで、お邪魔します」
「ええ。かのんもきっと喜ぶわね」
「そうかな?」
「もちろんよ」
彼女は笑う。
その笑顔に偽りは無いように見える。
だったら、その好意を受け取らないのは……逆に失礼ってもんか。
「……ふ〜〜ん……」
「(焦燥)」
「わたしには許可取らないんだ」
「すんません帰ります(直帰)」
「わ〜もー違うって! 泊まって! 泊まってよ!」
「一応私の家なのだけど……」
「う~……」
困る如月さん。
初音さんが変な事言うから(何様)。
「あっそうだ。せっかくだし、お茶出すわね」
「わたしもお菓子持って来た~」
「おおおおかまいなく(動揺)」
「いつも桃が居る時はこうしてるから。気にしないで」
「気にしないで~」
「はい(気にしない方が難しい)」
「?」
そう言いながら二人はキッチンへ。
夜22時。
テーブルから、彼女達の背中が見える。
「……」
夜は過ぎるのに、家に一人じゃない今が。
《――「一兄は気にしないで。私がこうしたいだけだから」――》
ふわふわと、まだ現実感がない。
それなのに、どこか昔を思い出すような――
「いっち?」
天井を見上げて、ぼーっとしていたら。
時間が経っていたらしい。
前から、彼女の声が聞こえて目をやる。
「!」
「あはは~、ついでに着替えちゃった」
そして、見えた初音さんは……さっきまでの制服とは違っていた。
白色の……いや、ピンクが掛かった白の、ゆったりとしたデザインの寝間着。
肌触りが良さそうなそれ。
「?」
「ぁ……」
距離が近い。
触っていないのに、なんとなく質感が分かる程に。
無防備というか。いや、寝る服装なんだから当たり前だ。
でもこれは流石に――心臓が、持たない。
何をしてしまうか自分でも怖くて。
これは駄目だ。
この身体の熱さは、初夏の暑さによるものではない。
「っ」
ふわふわとした、夢心地はパチンと消え去った。
その現実が、浮かれた己に覆っていく。
よく考えろよ俺。自分は今から女の子と……一夜を同じ家で過ごすんだぞ?
“家族”じゃない。
何を勘違いしてた?
今更、本当に今更だ。
もう、断るなんて駄目だ。
なら、ほんの少しだけでも。
「?」
「あっ、あのさ!」
時間を稼いで、一度冷静になるべきなんだ。
今夜何事もなく過ごすには。
「やっぱり! おっ、俺も自分のパジャマ取ってきます!!」
まずは、冷たい夜風に晒されるところからだ。




