死神は人を殺せなくなった
こんなことがあった。
多くの人を乗せたバスが交通事故を起こし、ひっくり返った。しかし、ケガ人こそいたものの死者は一人もいなかった。
その事故の目撃者の何人かは、黒い服を着て身の丈ほどもある大きな鎌を持った人影を見たと証言した。
また、こんなこともあった。
大きな地震で老朽化していた建物が倒壊したのだ。しかし、このときも死者はいなかった。
そして、このとき建物の中にいた人の何人かもまた、黒い服と鎌を持った影を見ていた。
強盗に襲われた人は、奇跡的に急所が外れた。普段はそんなことをしないのにたまたま健康診断を受けた人は、手遅れになる前に大きな病気が見つかった。
そう、普通なら死に至るような事故や事件や病気で命を落とす人が、あるときを境に極端に少なくなったのだ。
そしてそんな、奇跡的に一命をとりとめる人の側では、必ず黒い服を着て鎌を持った人影があった。
どうやら昔から語られてきた死神は、人間に対して手出しを出来なくなったらしい、いつしかそんな噂が囁かれるようになっていた。
そんな噂を聞きながら死神はぼやく。
「まったく、閻魔さんにも困ったものだ。少し休暇を取りたいから死者の数を出来るだけ減らしてくれ、なんて。私は人を殺すのが仕事のはずなのに」
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