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3話 「この国には聖女がけっこう居ます」

 ヴィネスと異世界を救う約束をした翌日。

 いつもの様に朝食を作り、居間のテーブルに並べる。今日のメニューは米、肉入り野菜炒め、味噌汁、漬物。いつもであればもっと簡素に済ませるのだが、客人が居ると言う事もあり、少し多めに作った。

 食事の準備が完全に出来上がった俺は、ヴィネスを起こす為に二階へと足を運ぶ。二階にある部屋は三部屋。どれも客間なのだが、昨日話を聞いた限りでは洋室の方が良さそうだと判断して、ベッドのある鍵付きの部屋を提供して居た。


「ヴィネスさん。起きてますか?」


 洋室のドアをノックして少し待つ。反応が無いのでもう一度ノックをしてみたのだが、やはり反応が返って来ない。


(まさか……)


 この家に異世界から来た人間を何度か招いた事があったが、その中で一回だけ深夜に屋敷から逃走した異世界人が居た。その人は直ぐに捜索願いが出されて午前中に捕まったのだが、心証を悪くしてしまったせいで対応が厳しくなり、最終的には元の世界に強制送還されてしまった。

 このままではヴィネスも同じ事になってしまうかもしれないと思い、ゴクリと息を飲んでゆっくりとドアを開ける。


「んなぁぁぁぁ……」


 そこには、ベットから転げ落ちながらもぐっすりと寝ているヴィネスの姿があった。


「……全く」


 安どのため息を吐いた後、ヴィネスに近付いて軽く肩を擦る。


「ヴィネスさん。朝ですよ」

「んなー。あぁと五分」

「……これがソロン帝国の王の姿なのか」


 昨日用意してあげた猫のパジャマを身にまとい、幸せそうな寝息を立てているヴィネス。この姿だけ見ると、俺と同じ十五歳と言うのも納得出来る。むしろ、都会の中学に入るまでここに居た妹と全く同じ朝の対応だったので、妹が返って来たような雰囲気すら感じていた。


「ヴィネスさん。起きて下さい」

「おきてるー。起きてるおー」

「それなら良いですけど、あられもない姿になってるから、早く衣服を整えた方が良いと思いますよ」


 それを言った瞬間、ヴィネスの目がカッと見開き、俺に向けて高速のストレートが飛んで来る。俺がそれを首だけで躱すと、ヴィネスが宙を舞ってベッドに飛び降り、はだけて居た肩や腰の衣服を慌てた顔で直して居た。


「ば、馬鹿者! 分かって居たなら早く言え!」

「済みません。欲望に負けました」

「くっ! これだから最近の若い者は……!」


 同い年なのだがと突っ込みを入れたかったのだが、どうせ文句を言われると思ったので、何も言わない事にする。

 それよりも、今日は約束があるので、早く事を進めなくてはならない。


「ヴィネスさん。昨日も話した通り、今日は役所から監査の人が来ます。早く着替えて朝食を済ませないと、だらしのない姿を見せる事になりますよ」

「む、そうか。しかし、何を着れば良いのか良く分からん」

「昨日練る前にクローゼットを見て貰ったじゃないですか」

「見ようとしたが、余りにも疲れたので、楽そうなこれを着て寝てしまったのだ」

「そうですか。それじゃあ、とりあえずそのまま朝食にしましょう。食事さえ済ませてしまえば、準備に時間が掛かると誤魔化せますので」

「そ、そうか。それでは、先に朝食を頂くとしよう」


 そう言って、ヴィネスがベッドから降りる。俺はやれやれと溜息を吐きそうになったが、異世界に来ておきながらマイペースで事を進めているヴィネスに少し安心して、そのまま部屋から出てヴィネスと共に居間へと向かった。

 居間へと辿り着き、襖を開けて中へと入る。すると、既に上座で食事をして居る又吉が居たのだが、その対面に予想外の人間が座って居たので、思わず声を上げてしまった。


「三神さん!?」


 白を基調とした花柄のブラウスに紺のマーメイドスカート。髪は真っ白に染まり、まったりとした動作で米を口元に持っていくお姉さん系女子。

 彼女の名前は三神シルク。異世界帰りの『聖女』だ。


「どうして三神さんがここでご飯を食べてるんですか!?」

「えー? どうしてって、頼まれたからよお。異世界役所はGWは休みでしょお? 私も家で休んでたんだけどお。お願いされたからわざわざ飛んで来たのよお?」

「それはありがたいですけど……」

「ふふ、久しぶりねえ。こんなに大きくなってえ」


 三神はこの村出身の聖女で、俺が異世界案内人になる前からの友人だ。所属は役所の特別職員と言う立場なのだが、俺が異世界案内人になってからは会う事が少なくなり、プライベートで声を交わすのは半年ぶりくらいだった。

 ちなみに、彼女の現在住所はここから車で一時間以上離れた異世界町にある。来た時に車の音などは聞こえなかったので、リアルに空を飛んで来たのだろう。


「隣に居るのが噂の異世界人さんかしらあ?」

「はい。ヴィネス=ソロモンさんです」

「可愛い子ねー。第二異界町の聖女、三神シルクって言いまーす。歳は聞かないでねえ。聖女になって人間の枠からは外れちゃったけどお、まだ純白の乙女を演じてるのでえ」


 ニコリと微笑むシルクを見て、ヴィネスがごくりと息を飲む。無理も無い。明らかに田舎のボロ屋には似合わない、神聖な雰囲気を醸し出す人間が目の前に現れたのだから。

 しかし、ヴィネスは直ぐに自分の状態に気付き、慌てて寝癖を直しながら深くお辞儀をした。


「ヴィネス=ソロモンだ。ソロン王国で王の爵位を頂いて居る。このような姿で申し訳ないが、以後よろしく頼む」

「はーい。宜しくねえ」


 舞ったりとあいさつをして、空の茶碗を俺に差し出して来る三神。俺はふうとため息を吐いた後、近くに置いてあった炊飯器から米を山盛りに盛ってあげた。


「ふふ、やっぱり第二異界村のお米は美味しいわねえ。最近他の異世界町に出張ばかり行って居たから、故郷のお米は体に馴染むわあ」

「多めに作ってあるので、沢山食べて下さい。ヴィネスさんも空いている席にどうぞ」


 言われるままに空いている席に座り、朝ご飯を目の前にするヴィネス。直ぐに食べようとしたのだが、箸を持った所で一度ピタリと止まってしまった。


「ああ、箸は初めてですか。今フォークとスプーンを出しますので、こちらで食べて下さい」


 台所からフォークとスプーンを手に取り、居間に戻ってヴィネスに渡す。ヴィネスは頭だけでお礼を言うと、スプーンを使って器用に米を食べ始めた。

 大した会話も無く朝食が終わり、片付けが終わって居間へと戻る。ヴィネスは相変らず机の前で縮こまって居たが、又吉は既にその場から消えていて、三神は縁側でぼうっと外を眺めていた。


「それじゃあ、そろそろ話をしましょうか」


 俺がそう言うと、三神がふわっと空に舞って机の前にすとんと座る。ヴィネスは自分のパジャマ姿など既に忘れて、三神を見ながら呆然として居た。


「それで、話をしようかとは言いましたが、まさか聖女が直接来るとは思って居なかったので、何から話せばいいのか分かりません」

「そうよねえ。本来なら司令課を通して、私に仕事の依頼が来るものねえ」

「一応昨日ヴィネスさんに事情聴取した資料があるんですが、目を通しますか?」

「難しい事は良く分からないわあ。私、感覚派だからあ」

「そうですよね……では、俺が簡単に状況を説明します」


 机の下に置いて居た資料を手に取り、三神に向かって話す。


「ええと、ヴィネスさんの世界は全体的に食糧不足です。全体の文明は中世レベルで、農業に関しては植えて育てるだけ。酪農に関しては魔獣の捕獲に頼っていて、そこまで盛んではありません」

「治安はどうなのかしらあ」

「一言で言えば、人間側が駄目パターンです」

「あらー。最近多いわねえ。でも、仕方ないわよねえ。私が行った世界でも、私が世界を救った直後に、人間が駄目になってしまったしー」


 文明が進んで居ない異世界のテンプレートと言っても良いだろう。召喚された聖女や勇者が世界を救うと、優勢になった人間側が魔族側に攻め込んで領土を広げる。しかも、権力者が利益優先でやりたい放題するので、最終的には世界全体が腐敗する。聖女である三神もそれにうんざりして、異世界から帰ってきた人間の一人だった。


「いっそのことお。こっちから戦力を派遣してえ、人間を滅ぼせば良いんじゃ無いのお?」

「それは異世界条約に反して居ます。救済はするが支配はしない。それが、俺達が異世界に介入する原則です」

「ふふ、冗談よお。それよりい、昔みたいにシルクさんって呼んで欲しいわあ」


 そう言って、三神がこちらにググっと近付いて来る。聖女は無意識に人を引き付ける香りを漂わせている。余り近くに居すぎると魅了の効果も発揮するので、俺は自らに魔力の膜を張ってその効果を遮断した。


「それで、三神さん」

「シルク」

「シルクさん。実は俺、役所が休みのパターンは初めてなんですが、どうすれば良いんですかね」

「それねえ。エルドさんから一応話は聞いて居るわあ」


 シルクはポーチからスマホを取り出すと、画面を操作して表示されたメッセージを読む。


「ええとお。職員はGWで皆帰郷してるからあ、そこに居る面子で挨拶して来い……だそうよお」


 その言葉を聞いて、俺は思い切りため息を吐いてしまった。


「マジですか……それは参ったな」

「あら、ちょっと素に戻ったんじゃない?」


 それを言われて、しまったという表情を見せてしまう。その表情を抜け目なく見ていたヴィネスが、少し驚いた表情でこちらを見ていた。


「一狼。もしやお前、今まで私に気を使って居たのか?」

「まあ、そうですね。一応仕事なので、言葉使いだけは特に注意して居たつもりです」

「そうか。そうなのか……」


 少し申し訳無さそうな表情で視線を落とすヴィネスに対して、苦笑いを返す。ヴィネスは同い年ではあるが、異世界から来た代表的な人間だ。異世界案内人として、如何に不機嫌にさせずにこちらの意見を聞いて貰うかは、本当に注意して居た。

 しかし、今回はシルクのペースに呑まれてしまい、つい素の言葉が出てしまった。異世界の人間の中には、その対応一つで気を悪くする人間も居る。これからはもう少し注意しなくてはいけない。


「それで、シルクさん。エルドさんのメッセージなんですけど」

「あら、これだけで分かるのお?」

「はい。俺はエルドさんに鍛えられた人間なので」

「師弟関係なのねえ。素敵だわあ。それでえ、私達はどうすれば良いのかしらあ?」


 第二異界町総合指令課のエルド=クラウン。元異世界出身の叩き上げで俺の上司。彼が挨拶をして来いと言う事は、複数の意味を持って居る。

 つまりは、こういう事だ。


「ここに居る人間でソロン帝国に行って、こちらから使者を送る了解を取れと言う事ですね」

「あらー。それは随分と大役を預かったわねえ」


 それを聞いて、再び苦笑いを見せてしまう。

 異世界案内人になって一年。異世界から来た人間を役所に案内する事はあったが、実際に異世界に行って相手国と交渉する事は無かった。しかし、エルドにはそのやり方も叩き込まれていて、いずれはやるかもしれないとは思っていた。

 

「中々大変ではありますが、エルドさんの命令ですから、やるしかありません」

「そうねえ。正直こちらの面子は揃ってるしい、出来なくはないわねえ」


 シルクが来た時点で何となくこうなる予感はして居た。まあ、俺が経験不足という不安要素はあるが、シルクと又吉が居る時点でどうとでもなるだろう。


「そう言う事なので、ヴィネスさんの主に会いに行こうと思います」


 ヴィネスの方を向き、ハッキリと言い切る。


「……は?」

「会いに行きます。支度が整い次第」

「昨日の今日だぞ? 対応早すぎないか?」

「そうですね。他の村だったら絶対にこうはならないと思います」

「つまり、この村がおかしいと」

「はい、この村には変人しか居ません」


 それを聞いたヴィネスが顔を引きつらせながらドン引きする。


「優秀じゃなくて変人なのか……」

「変人です。ああ、でも根は良い人達なので、安心して下さい」

「いや、今の一言で積み上げた安心感が吹き飛んだのだが」

「うふふ……それじゃあー、私はヴィネスちゃんと服の用意をして来るわねえ」


 嬉しそうに言った後、魔法でヴィネスを持ち上げるシルク。ヴィネスが驚いてジタバタして居たが、国内でも屈指の聖女の力に抗える訳が無かった。


「い、一狼! 助けてくれ! この女からは嫌な予感しかしない!」

「分かってますね。でも無理です。観念して下さい」

「一狼ぉぉぉぉ……!」


 断末魔と共に二階に運ばれて行くヴィネス。それを半笑いで見届けた後、俺も準備をする為に自分の部屋へと歩き出す。

 異世界案内人になって初めての異世界交渉。マニュアルは叩き込まれて居るが、相手が一国の主だと思うと緊張感が高まる。

 せめて失礼が無い様に、居間から言う事を反復しておく事にしよう。

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