2話 「信じますか?それともやはり侵略ですか?」
「ヴィネスさん」
ヴィネス用の資料を机の上に置き、真っ直ぐに彼女の事を見る。
「ソロン帝国の人口は何人くらいですか?」
「正確に測った事は無い。しかし、少なくとも一千万人は居るだろう」
「俺の住むこの国には、一億人以上の人間が住んで居ます」
その言葉を聞いて、ヴィネスが大きく目を丸める。
「い、一億だと……?」
「はい。ですが、飢えで苦しんでいる人間は、それほど多くありません」
「食わせて居るのか!? 一億人を!?」
「まあ、自給率は低いのですが、色々な手段で食料は間に合わせて居ます。ソロン帝国の人口くらいであれば、こちらの世界の手法を使えば、何とか出来ると思います」
「本当に、そんな事が……」
途中まで言った後、大きく首を横に振って笑う。
「有り得ない。1億人だぞ? 国民の管理すらままならないだろう」
「まあ、そう思いますよね。正直俺も、どうやってこの人数を管理して居るか分かりません」
「知らんのに何とか出来るなどと言うのか。もしかしなくても、貴様は馬鹿なのか?」
「そうですね。先程からチラチラ見える胸元に意識を持っていかれる位には馬鹿です」
それを聞いたヴィネスが自分の状態に気付き、思い切り杖を投げて来る。俺は避ける事も出来たのだが、そうすると後ろの家具が壊れてしまうので、甘んじてその攻撃を頬で受け止めた。
「この変態が!」
「いや、この場合は、そんなあられもない恰好で無防備なヴィネスさんの方が……」
「誰のせいだと思って居る!」
それは又吉のせいです。俺のせいではありません。
しかし、ラノベを買っているのは俺なので、間接的には俺のせいだと明言しておこう。
「とにかく、管理に関しては分かりませんが、食料改善の手段は提案できるんですよ」
「やはり信じられん。貴様は戦闘能力こそ高いようだが、政治を動かす力は皆無に感じる。しかも、貴様は下民だろう。でなければ、こんな何も無い田舎に居る筈も無い」
「そうですね。俺はそちらの世界で言う下民だと思います。ですが、異世界案内人の資格を持って居ますので、国に進言する権限は持ってるんですよ」
「異世界案内人?」
そう言えば、その説明をまだして居なかったな。むしろ、最初からそれを説明するべきだった。そうすれば、もう少しスムーズに会話を進められたかもしれない。
俺は改めて喉を鳴らし、隠された胸元に少々残念がりながら説明を始める。
「異世界案内人と言うのは、異世界から来た人間を案内する仕事です。ヴィネスさんがゲートを開いた時、俺の前に現れたでしょう? 実はあれは偶然じゃないんですよ」
「馬鹿を言うな。異世界ゲートの解放は、我が国に伝わる秘術だ。私ほどの魔力を持ってやっと使える代物だぞ? そんな高等魔術を相手側が操作出来るはずが無い」
「出来るんですよこれが」
少し調子に乗って言うと、再び杖が飛んで来る。今度は優しく空中で受け止めて、ヴィネスに丁寧に返してあげた。
「俺が付けている指輪。これ、魔道具なんですけど、一定の周波数の魔術を呼び寄せる機能があるんです。試しに持ってみてください。ヴィネスさん程の魔法士なら分かるはずです」
左手の親指から指輪を外してヴィネスに差し出す。伸縮する不思議な金属で出来た指輪の魔道具。ヴィネスは恐る恐るそれを受け取ると、実際に人差し指に付けて効果を確認する。
「……成程、嘘では無いようだな。微弱ではあるが、私がゲートを開いた時と同じ波動を感じる」
「そうです。それを使って、少数で来た異世界人は俺の前に呼び寄せます。最初から大人数を送り込んで来る異世界人用に、決戦場にも大型の魔道具があるんですが、最初から大人数で来た異世界人はまだ居ませんね」
「だろうな。あの術は不安定過ぎる。大人数を送るゲートを作るのはリスクが高い」
納得したヴィネスが指輪を返して来る。ヴィネスの世界文明からすれば、かなりレアな魔道具だと思うのだが、意外とすんなりと返してくれた。どうやら、少し信用されて来た様だ。
「そう言う事で、異世界人は基本的に俺の元に転移されます。そうしたら、後はヴィネスさんが体験した通りです。何をしに来たかを尋ねて、それによって対応を変えます。まあ、大半の場合は戦う事になりますけど」
「それはそうだろうな」
バッサリと言い切るヴィネスに苦笑いを返す。本当は戦いたくなど無いのだが、異世界に来る理由など基本侵略しか無いのだから仕方が無い。むしろ、ヴィネスの様に会話が成立したパターンの方が珍しいくらいだ。
そして、当のヴィネスは気付いて無いだろうが、ヴィネスが冷静に対話する事を選択したからこそ、こちらも最初から友好的に会話をして居る。当たり前の事だが、侵略を目的に対峙してきた相手に、心から笑顔で対応する人間など、この世に居る筈も無いのだ。
「いや待て。今の話が本当だとすると、貴様は今まで来た異世界人を全て撃退して居るのか?」
「そうですね。俺が異世界案内人の資格を取ったのは一年前なので、ここ1年で来た異世界人は全て撃退して居ます」
「馬鹿な。ゲートを開けられるのは精鋭の魔法士だぞ? 簡単な事では無いはずだ」
「そうなんですけど、大抵の魔法士はゲートを空けるので魔力を相当使ってますから。ヴィネスさんもそうだったでしょ?」
「まあ、そう言われるとそうだな。ゲートを空けるだけで五割は魔力を消費した」
「あれで五割なら相当凄いと思います。だけど、魔力を消費を消耗しないで転移しても、この村を侵略する事すら不可能でしょうね」
「そ、そんな事は無いぞ! 私が本気を出せば貴様の一人や二人……」
「居るんですよ。この村には、俺以外の人間も」
その言葉を聞いて、ヴィネスが苦笑いを見せる。
そう。例え俺が負けたとしても、この村には他の覚醒者が居るのだ。
「……もしかして、私は運が良かったのか?」
「どうでしょうね。ヴィネスさんは横暴ではありましたが、こちらの話を聞いてくれました。だからこそ、今の状態が成立していますので」
「つまり、私は優秀だったと言う訳だな!」
「そうですね。ヴィネスさんは優秀だと思います」
そう言い切ると、ヴィネスが恥ずかしそうに笑う。その笑顔に年相応の無邪気さを感じて、俺は少し嬉しくなってしまった。
「ですが、今度異世界転移する時は、もう少し注意した方が良いと思います。もしここがヴィネスさんの世界だったら、今頃奴隷まっしぐらだと思いますので」
「……やはり、私は運が良かっただけじゃないか」
「まあ……そうか。そうですね」
はははと笑って見せると、ヴィネスは予想外にも苦笑いを返して来る。
その表情を見て、俺は改めて気が付く。俺は思った事を冗談交じりで言ったつもりだったのだが、彼女は自分の世界を救う為に、覚悟を決めて異世界転移して来たのだと。
俺は自分の愚かさを心で反省した後、俺は改めて異世界案内人としての仕事を再開する。
「横道にそれましたが、とにかく俺には、ヴィネスさんの要望を国に伝える権限があります。話を聞いた限り、国はソロン帝国の為に動いてくれると思います」
真剣に伝えたつもりだが、ヴィネスの表情は重い。
一体どうしたのだろうか。もしかして、俺の説明が不足していたか。確かに話は横道には逸れたが、それでもマニュアル通りの内容は伝えられたはずだ。
「……君の対応には、とても感謝している」
ゆっくりと、ヴィネスが口を開く。
「君は異世界人である私に、親切に対応してくれた。希望も与えてくれた。しかし、改めて考えると、私に都合が良すぎる。君が言った通り、ここが私の世界であれば、既に奴隷扱いになって居ても不思議は無い。むしろ、これが色良い餌で、この後私がどうにかされる可能性すらある」
それに関しては、全く持ってその通りである。
異世界に行ったらチート能力を与えられてちやほやされる?それが必要とされて召喚されたのならば、そう言う事も有り得るだろう。しかし、彼女はこの世界を侵略しに来たのだ。そんな場所でこのような話をされた所で、二つ返事で信用できるはずが無い。
だからこそ、俺はハッキリと言い切った。
「そうですね。ヴィネスさんの言う通りだと思います」
その言葉を聞いて、ヴィネスがやはりと言う表情を見せる。
「俺が何を言った所で、それは所詮言葉だけの事です。実際に言った通りになるかなんて、ヴィネスさんには分からない。だからこそ、今のヴィネスさんには選択肢があります」
ふうと息を吐き、真っ直ぐに彼女の顔を見詰める。
「このまま黙って自分の世界に帰るか。それとも、俺を信じてこの世界に助けを求めるか」
それを言った所で、俺は一度視線を下げる。
俺と同じ十五歳。それなのに、彼女は自分の世界を救う為に、単身でこの世界に来た。話の内容から察するに、彼女は自分から申し出てこの世界に来たのだろう。
果たして俺にそんな事が出来るだろうか。否、絶対に出来ない。
だからこそ、彼女の気持ちに真摯に答えるべきだ。
「ヴィネスさんが元の世界に帰りたいと言うのであれば、魔力が回復するまでの安全は俺が保証します。ですが、もし俺の言葉を信じて、ここに残ってくれるのであれば……」
視線を上げて、真っ直ぐに彼女を見詰める。
「一人の人間として、必ずヴィネスさんの世界を救ってみせます」
これは言葉。ただの言葉だ。
だけど、気持ちを込めた。異世界案内人と言う仕事の枠を超えて、出来る事を精一杯やって見せると言う、強い気持ちを。
「……本当に、救えるのか?」
「出来ます。この国には、それを実現するだけの力がある」
「しかし、私には返せるものが無い。従属と言う選択もあるのかもしれないが、我が主はそれを良しとしないだろう」
「この国はそんな事を望みません。ですが、今後の付き合いも考えて、対価はきっちり貰うと思います。過去のパターンから考えると……恐らく資源ですね。ヴィネスさんの世界では扱えないけど、こちらの世界で扱える鉱物などを要求すると思います」
「そんな物が私の国にあるとは思えない」
「あるでしょうね。絶対にある」
これに関しては、一つの淀みも無く言い切る。正直な事を言うと、この交渉はこちらの世界にとってありがたい話でしかない。この国はいつでも資源が不足しているのだ。
しかし、それを言っても彼女は信じてはくれないだろう。だから、それは話さない。ただ言葉として伝えて、彼女の判断を促す。
「俺から言える事は、これで全部です。他に何か聞きたい事があれば、答えられる限りで答えます」
少しの沈黙の後、彼女が俯いたまま口を開く。
「……やはり、私に都合が良すぎる気がする」
「そうですね」
「こんな交渉を持ちかける国など、有るはずが無い」
「いいえ、あります」
そう、ある。
あるのだ。
「目の前に」
これは、他の誰でも無いヴィネス自身が切り開いた道だ。
「この世界は、貴女の尊厳と勇気を、決して踏みにじらない」
世界が美しいとは言わない。だけど、それでも誰かを救う事は出来る。
そんな力があると、俺は信じて居る。
「……」
そして、彼女の答えは。
「……服を」
ポツリと。呟く様に。
「ここに滞在する為に、服を貸してくれないだろうか……」
信じてくれた。何の確証も無い俺の言葉を。
だからこそ、俺も一人の人間として、精一杯彼女の力になろう。
「貸すなんてとんでもない。好きな物をあげますよ。服を破ってしまったのは身内なんで」
「しかし、先に攻撃を仕掛けたのは私で……」
「それはそうですが、そのままだと俺も困るんですよ。目のやり場とか……」
次の瞬間、彼女の杖が俺の頬にめり込む。
三歳で覚醒者となり、異世界に関わる仕事を義務付けられて、異世界案内人の道を選んだ。訓練は辛く厳しいものだったが、今はそれも必要な事だったのだと思う。
何故ならば、その訓練があったからこそ、今目の前に居る彼女を笑顔にさせられて居るのだから。