ドルジの想い。親の想い。
一一一あのね。
内緒の話をするよ。
ドルジが小さい声を出した。
一一一内緒って。
内緒ならやめとけ。
どうしても話したいなら
内緒じゃなくて
「あなたにだけ聞いて欲しい話しがある」って言うんだ。
わかるか?
一一一うん。
あなたにだけ聞いて欲しいんだ。
一一一わかったよ。
僕は聞くだけ。
それだけだ。
一一一うん。
あのね。
2年前、父さんの知り合いの
お婆さんの家に
姉さんは1人で羊の世話に行ったんだ。
住み込みで。
そして
そのお婆さんが去年亡くなって
帰ってきた。
サロールを連れて。
父さんと母さんとオユンは毎日
ケンカみたいに話し合ってた。
母さんは何度も
そのお婆さんの家に行き
近所の人に姉さんの「ご主人」を
聞いて回ったらしい。
でも誰も知らなくて
「ご主人」は出てこなくて……
オユンはただ
「こんなに可愛い子と暮らせる事に
なんの問題があるの?」って。
母さんはずっと怒ってるんだ。
オユンに幸せな結婚をさせたくて。
たぶん
事情があって
預けられた子なんだと思うんだ。
でも
姉さんがそれを認めたら
母さんは返して来いって言うの分かってるから。
ドルジは
言葉をしゃくり上げて
涙を右腕でゴシゴシしながら
目の前の僕の
Tシャツの裾を握り締めていた。
一一一辛かったな。
誰かに話したくても
話せなかったな。
ドルジの頭をクシャッと撫でてやる。
一一一父さんも僕も
姉さんが大事だし
サロールも可愛いし
このままじゃダメなのかな…
ドルジは今年14歳になる。
151cmの彼を抱きしめて
背中越しに
痛めている胸の辺りをそっと温めた。
***
観光バスから20名ほどが降り立った。
演奏者用の椅子が
2脚置かれただけの青空ステージ
草むらに好きな様に腰を下ろしてもらう。
ツアーガイドが
馬頭琴の説明をしている。
僕は日本の「スーホーの白い馬」という
絵本でこの楽器の由来を知った。
王の権力で
足の速さが自慢の愛馬と離れ離れにさせられた青年
もう会えないと思っていたら
愛馬が逃げ出して戻ってきた。
背中に弓矢をたくさん受けて。
そして息を引き取った愛馬が
夢枕に立ち
青年は愛馬で楽器を作った。
チェロの指板(指で押さえる部分)の
1番上はカタツムリみたいな渦巻き
馬頭琴は馬の頭
2つの楽器は
いずれも
心の雄叫びとか
優しい微笑みとか
不穏な空気なんかを
両の手から絞り出し
聞くものに
何かを考えさせたり
知らない間に涙を流させたりする。
「なんか、気持ちを操られてるみたいで気味が悪い」と高校生の時言われた。
今
お父さんと一緒に弾くと
心強くて
少しだけ宙を浮いてるような気になって。
今日もみんなを
笑わせて泣かせた。