小川で髪を洗うオユン。眩し過ぎて僕は困り果てた。
おんぶしたサロールが背中でのけ反ってる。
これまたどうして良いのか分からず
後ろを振り向き振り向き
ゆっくり走り回った。
左手でサロールのお尻を持ち上げ
右手は飛行機の羽根みたいに真っ直ぐ
地面に平行に伸ばして。
止まると足で僕を蹴飛ばすサロール。
馬の腹を蹴って
爆走するオユンと一緒だと思うと
可笑しくて声を出して笑ってしまった。
一一一サロール。
ずいぶん楽しそうね。
おじさんに遊んで貰えて嬉しい⁉️
馬に急ブレーキをかけ
僕の耳元でオユンがそう言った。
一一一お帰り。オユン。
凄い仕事だね。君の仕事。
一体、時速何キロ出すんだい⁉️
恐ろしくカッコよかったょ。
一一一何キロ?そんなの知らないし、
あんなの早いウチに入らない。
そう言ってゲルの裏手へ歩いて行き
台所となる小さな日差しのついた
ほったて小屋の中に入り
大きな大きな風呂敷包みを抱えて
現れた。
風呂敷の結び口を
オユンは自分の背中で結び直す
一一一さぁ乗って‼︎
馬上のオユンの腕が
僕の腕を掴んで後方に引き上げる。
そして馬の腹を凄まじい勢いで蹴り上げ
草原を突っ走る。
サロールも僕も
目も口も開けていられず
思考と共に固まった。
「本当の風の強さ」は
僕の頭蓋骨を突き抜けて行き
ほんの数秒
僕は空から3人が乗る馬を見下ろした。
誰も何にも見えない場所に着き
大きな大きな風呂敷包みを解き
オユンはそれを草原に広げる
サロールのオムツ
チーズ
洗面器
バン
オレンジ
オカリナ
お手玉
水筒 etc……
風呂敷包みの中を両の手で
ガーーーっと左端に寄せ
オユンは僕を真ん中に座らせた。
おんぶ紐を解き
サロールを思いっきり抱きしめて
僕はサロールを母親に引き渡した。
すぐにオムツと衣類を外し
洗面器とシャンプーを持って
母子は小川へ向かう。
小川の淵に座らされたサロールは
洗面器で掬った水を
頭から掛けられた。
オユンもいつも通り
着ていた丈の長めのTシャツと
キャミソールを脱ぎ捨て
上半身裸になった。
オユンは腰までの髪を濡らし
シャンプーで優しくあわだてる
続けて
サロールの全身を泡だらけにした。
僕は映画でも見るように
至って客観的に
この光景を空っぽの頭で眺めていた。
自分の頭をすすぎ
櫛を綺麗に入れて
髪を結い上げたオユンが
僕の方を向いて
大きく手を振った。
乳房の揺れに
彼女が裸だった事に気がつく。
それよりも何よりも
僕の隠しきれない戸惑いは
なんの処理もされていない
彼女の美しい脇の下にあった。
***
小川の淵で
オユンがこちらを見て手招きをする
一一一僕はいいよ。そっちには行かないょ。と両の手で
Xを作って見せる。
それでも手招きをやめないオユン。
一一一頼むよ。何か着てくれょ。
声に出していないんだもの聞こえるはずはなく
裸のまんま
こちらに向かって歩いて来る。
一一一分かった!そっち行くから!
小川に行くから!戻って!
とりあえず距離が欲しかった。
心の距離ではなく物理的な。
一一一えっ?何?おんぶ紐?そっちに持って行けばいいのね?OK!OK!
風呂敷の上に脱ぎ捨てられた
たサロールの服の横にあるおんぶ紐を握りしめ
どっしりと草を踏み締め
悠然と小川に向かう。が僕の頭は
右を向いたり左を向いたり。
何にもない草だけの風景を眺めるフリをして
出来るだけ時間を掛けて歩く。
すると待ちきれなかったのだろう。
早歩きでこちらにオユンが再び迫ってきた。
オユンは僕の手に握られた
おんぶ紐をひったくり
丸裸のサロールを上半身裸の状態でおんぶした。
マスマス
ボクノメハ
ショウテンガ
アワセラレナイ
慌てて風呂敷まで戻ろうとすると
後ろからTシャツを捲り上げられ
一一一早く!腕挙げて!
脱ぐ!脱ぐ!脱ぐ!と
笑いながら捲し立てられた。
僕はいつの間にか
小川の淵で正座をさせられ
前かがみになり
水面を見つめる体勢になった。
そしてその左側で
立ち膝のオユンが
鼻歌交じりで
僕の頭を掻き回し泡立てる。
ザバーンッ!と声を出しながら
洗面器の水を叩き付けるように掛け
思ったより小さな手のひらで
僕の顔に流れる泡の水を
何度も何度も拭う。
やがて僕の髪は
オユンの櫛で
オールバックに整えられ
一一一似合ってるよ。とっても。
褒められていた。
一一一ふぅぅぅぅぅぅぅ。
呼吸をするコトを忘れていたみたいだ。
僕は長く息を吐き出した。
そしてほぼ条件反射的に
「まずい」と口に出していた。
そう。
こういうシチュエーションだと
十中八九
ご主人が現れる。
屈強で
吸った煙草を噛んだまま
馬に鞭を打つ姿の凛々しい男
慌てて僕は
脱がされて投げ出されたTシャツを
拾い上げ着る
一一一オユン。服を着よう。
着るべきだょ。さぁ、急いで!頼む。
一一一なんで?いつも髪を洗った後は
しばらくこのままだけど。
そう言って風呂敷の敷いてある場所に戻り
パンにコケモモのジャムをたっぷりと塗り僕に差し出す。
一一一どう?隣の村のスーバーで買ってみたんだけど。
コーヒーも買ってみた。
いつもはバター茶だから少し苦いなぁ。
オユンが口を付けた水筒のコーヒーは
とてつもなく酸っぱかった。
ねぇオユン
お願いだから
服を着て
僕は
この明るい昼の出来事に
いささか動揺し
こめかみがギューっとなったコトも忘れ
無理やりでも何でもイイ
兎に角
服を着せなくちゃと
その方法を探しあぐねていた。