お父さんの歌うホーミーのお返しは、少しだけ郷愁のあるチェロの旋律
サロールを背負ったまま
立ち尽くし
小川で洗ったタオルを振り回し応戦していた。
側でお母さんが娘の勇姿に溜息を付いた。
僕はお構いなしに
一一一お嬢さん、カッコイイ‼︎
と親指を立てた。
お母さんは洗った大量の洗濯物を
干す為にゲルの前まで戻ろうとした。
僕が持ちます!
と洗濯物の籠に手を掛けたが
結構ょ。
手を振り払われた。
トボトボとお母さんの後ろを
サロールをおんぶして歩く。
ゲルの玄関から見て裏手に物干し竿がある。
お母さんは真っ直ぐそちらへ
僕は玄関前で煙草を吸っているお父さんの姿を見つけ足早に駆け寄った。
僕の背中のサロールに
にっこりと笑って見せて
お父さんは
ホーミーという
モンゴル特有の発生方法
(一人で2つの音程を同時に出す)で
民謡を歌い馬頭琴を弾き出した。
一瞬地鳴りがしたような
遠い星と交信でもしているような
なんとも形容し難いその歌声
重たい祈り声の様なその民謡は
強風にも大雪にも掻き消される事はないといった風で
そう簡単には揺るがないよとも言っているようで
その圧倒的な強さで
草原の黄緑を一瞬オリーブ色に染め上げた。
間近で聴くホーミーに
度肝を抜かれ
この土地の女性たちは
馬を身体の一部の様に動かして
喉からの力強い歌声を
宇宙にまで轟かせているような
そんな男を頼りに生きているのだろうか?
いや
そんな男をも上回る己を信じて生きているのかも。
チェッ。
僕はつまんない観光客だ。
皆んな僕の上の上を行ってのけてる。
心の声が思わずクチをついた。
***
ホーミーを歌い終えたお父さんが
今度はお前の番だと
僕を見て何度も頷いた。
サロールをおんぶしたまま
ドナウ河の漣
ユーモレスク
トロイメライ
なんとなく郷愁を誘うような曲を弾き
そのあと
「中国の太鼓」という曲を披露すると
お父さんの目尻の皺が
より一層くっきりとし
何やら楽しげに馬頭琴で
合いの手を入れて来てくれた。
弾き終えるとまたこの「中国の太鼓」を
弾けと言う。
3回弾いたあと
馬頭琴でコレを弾き出した。
さすが名手だ。
楽しそうで
こちらまでウキウキとする。
2年前に落馬したお父さんは
腰を痛めて馬に乗れない。
子供たちに馬と羊は任せ
自分は
観光客を相手に草原で
馬頭琴の演奏会を開いたりしていた。
どうやら明日
その演奏会があるようだ。
玄関の真横に貼られている
明日の宣伝チラシに
あれ?僕の顔が載っている。
えっ?
聞いてないけどなぁ。
昼寝から目覚めたサロールが
お腹が空いたのか
オムツが重くなったのか
大きな声で泣き出した。