チェロと僕の行先は
遅い。
たぶん、もう1時間は待っている。
いつになったらこの大草原に
迎えがやって来るんだろう。
モンゴルの首都ウランバートルから
車で2時間走ると
放牧をする家族たちの草原が見えてくる。
「ここで待って。迎えが来るから」そう言って
ガイドは僕の前から消えた。
だんだん不安になってくる。
もし来なかったら……
野宿の準備はしていないし
山賊?的なものに遭遇する?
そもそもガイドを全面的に信頼して良いものか?
イヤ、そこに関しては問題はない。
フランスの僕の生徒「佳代子さん」の紹介だから。
それにしても…
一一一馬頭琴を見たことがないんですょ。
3年程前になるだろうか。
フランスで佳代子さんにレッスンをしていた時
見たことの無い楽器の話しになり
一一一チェロの様に弾く楽器ですね。
良かったら知り合いに連絡しますゎ。
そう言ってその場で電話を掛けられ
(なんでも相撲好きな佳代子さんは
モンゴル出身の力士と友達らしい。)
気がつくと
僕はポツリと大草原で
心細くやっとの思いで
立ちすくんでいる。
こんな事になるとは……
秒針をじっと見ていた。
時より雲の流れの速さに
大きく日陰が出来たり
そうかと思うと
急にじりじりし出す。
溜息の数を
最初から数えておけば良かったな。
土産話になりそうだから。
そう思いながらまた一つ息を吐く。
突然
嗎が僕の後ろで起こった。
真っ白な大きな馬に
20歳くらいだろうか
少女でも女性でもない
その人が跨っていた。
そして
それより一回り小さな茶色の馬に
中学生位の男の子が跨っていた。
僕の背中のチェロを肩から外せと
その人が身振りで話す
僕は首を横に振る。
すると男の子が
僕が胸に抱えていたバックパックを剥ぎ取り
それを背負って今来た道をどんどんと走り出す。
その人は馬上から
僕の前に腕を出し
後ろに乗るよう指を刺す。
チェロを背負ったままでは
馬のお尻にガンガンとケースが当たってしまう。
ダメだよっと手でバッテンを作る。
すると今度は
その人が僕の背中のチェロを剥ぎ取り
自ら背負い
僕はその後ろに跨る事になり
3人乗りが完成した。
僕は出来るだけ振り落とされないようにと手をその人の腰に回そうとするが
到底無理で
こんなところで体感が試されるのか?と
半ば青ざめていたら
スッとその人が後ろに左腕を伸ばし
僕の腕を掴んでくれた。
そして騎馬民族の本領を知り
ゲル(移動式住居)に到着しても
腰と足がチグハグとして
馬から降りられず
僕はその人の胸元に滑り込むように
抱き留められて
一番星が灯り初めた空のもと
やっとの思いで草原に降り立った。