共闘
「わ、悪い……すぐにはぱっと思いつかなくて、マナみたいに、好きなところをたくさん挙げられなくて……」
「べ、別に、たくさん挙げなきゃいけないって決まりがあるわけでもないんだから、気にしなくていいよ……」
そういう器用さや要領の良さを誠司には求めていないから、そこまで気に病まないで欲しい。
「あと……なんか恥ずかしいな、こういうの……」
「そ、そんなこと言われると、余計恥ずかしくなるでしょ!」
何だろう、この空気は。
今日こそは、同情はいらないと誠司に伝えようと決心していただけなのに、いつの間にか告白合戦みたいになってしまっていた。本当に、何故こうなってしまったのか、茹った頭ではよく思い出せない。
愛未も下を向き、このこっぱずかしい空気に身を震わせながらも、どうにか声を絞り出す。
「あ、あのね、誠司くん」
一度深呼吸をしてから、意を決して顔を上げる。すると、ちょうど誠司も顔を上げたところで、思い切り視線がかち合ってしまった。
だが、しっかりと目を合わせて話をしたかったから、視線を明るい茶色の瞳に固定する。
「私……時間がかかるかもしれないけど、また外に出られるようになりたい。だから、これからも頑張ろうと思うの」
もしかしたら、また身体が拒絶反応を示すかもしれない。そして、醜態を晒すだけ晒し、気力と体力を根こそぎ奪われてしまい、疲れ果ててしまうだけの結果に終わるかもしれない。
しかし、それでも逃げたくはないと思った。何度打ちのめされようとも、同じ数だけ挑んでやるという意地にも似た決意が芽生えていく。
誠司が、愛未は毎日、懸命に戦っていると評価してくれたのだ。だから、自分を誇れるような人間になりたい。
「私ね、思ってもみなかった目に遭って、確かに傷ついたけど……それ以上に、今まで自分は五家の人間だけど、他の家に比べたらまだマシだって思ってた自分や、蓮くんとかめのちゃんたちを可哀想って思ってる自分がいたことに気づいちゃって……みんなと顔を合わせることが、ものすごく怖くて仕方がなかった」
改めて言葉にしてみると、自分の卑劣さをまざまざと思い知らされ、頬が引きつりそうになってしまった。
「でも今日、誠司くんとこうやって顔を合わせてみて……多分、大丈夫だって思えたの」
もしかすると、他の幼馴染からは同情の眼差しを向けられるかもしれない。憐れみだけではなく、優越感も抱かれるのかもしれない。
でも、もう少しだけ大好きな幼馴染たちを信じてみようと、誠司と顔を合わせてみて、そう思えたのだ。
「今ので幻滅されたかもしれないけど……それでも、みんなのところに……誠司くんのところに戻ってくるまで、待ってて欲しい」
呆れられたり、落胆されたりして、傷つかないわけではない。
だが、これからその分を取り返せばいい。何度だって振り向かせてやると、こっそりと意気込む。
愛未が口を閉ざせば、場に沈黙が落ちた。誠司は何事か考え込んでいるのか、唇を引き結んだまま黙りこくっている。
それでも、辛抱強く誠司の答えを待っていたら、やがて薄く形の良い唇が開いた。
「……正直に言えば、今のマナはあまり無茶をしない方がいいと思ってる」
舞花とあまりにも似た言葉を告げられ、胸に鋭い痛みが走った。
姉はどうだか知らないが、誠司は愛未を弱い子だと思っているわけではないことは、先程の発言で痛いほど伝わってきた。誠司の気質を考えれば、そう簡単に愛未を見限らないだろうとも信じられる。
しかし、だからこそ、誠司にはそういう言い方をして欲しくなかった。
「多分、マナは自覚してる以上に、深く傷ついてる。なら、物事を長期的に見据えて考えるべきだ。……なにも、外に出られないことは、恥ずかしいことじゃない。多少不便な思いはするだろうが、一般的とされる生き方ができないからといって、マナの価値は損なわれたりしない。安心できる場所で静養するのは、今のマナにとって必要なことだと思うし、これから先もそうするというのも一つの選択肢だ」
誠司が筋道立てて話してくれているおかげだろうか。徐々に胸の痛みが薄らいでいき、誠司の建設的な言葉に耳を傾けることができた。
「今は、通信教育だってあるからな。マナが望むなら、外に出なくても必要な教育は受けられるし、俺も少しはサポートできると思う。そういう選択肢もあるんだってことは、頭に置いておいてくれ」
「……うん」
素直にこくりと頷くと、誠司は目元を和らげた。
「だが……マナは無理をしてるわけじゃなくて、心から外に出たいと思っているんだろう? なら……俺は俺の考えや価値観をマナに押しつけるつもりはない。マナはマナのやりたいようにやればいい。その上で、俺に待ってて欲しいというなら――」
誠司が浮かべる微笑みが、また一段と鮮やかなものへと変わっていく。表情の変化が少ない誠司の、貴重な笑みに目を奪われていると、誠意を感じる揺るぎない声が言葉を続けた。
「――どれだけ時間がかかっても、待ってる。だから焦らずに、マナはマナのペースで戦え。それで、マナがちゃんと乗り越えることができたら、その先は俺も一緒に戦うから」
「……うん!」
愛未が好きになった人は、本当に素敵で格好いい男の子だと思う。
誠司は面倒見が良いものの、決して過保護ではない。だから、愛未が外に出るという壁は、一人で乗り越えるべきだと判断したに違いない。それすら一人でできないようならば、その先頑張れる見込みなど、確かに少ない。
でも、最初の壁を愛未が自力で乗り越えることができたならば、その先は共に戦ってくれるのだという。
きっと、愛未は多くの無粋な好奇心や憐れみの目の格好の餌食にされてしまうだろう。母みたいな心無い言葉や優しさに見せかけた嘲笑だって、石礫のごとく浴びせられる可能性がある。
だが、そんな時でも誠司が隣に立ってくれるのであれば、逃げずに受けて立とうと、勇気が湧いてくる。ただで転んでなるものかと、どれほど悪意に突き落とされようとも、幾度でも這い上がってやると、戦意が燃え上がってくる。
「それと……マナが思うほど、人間って綺麗な生き物じゃないぞ。俺だって、蓮たちに全く同情していないわけじゃない。マナのその感情は、群れ社会で生きていく上で避けては通れないものだと思う。だから……必要以上に自分を卑下するな」
「うん……ありがとう、誠司くん」
――たとえそうだとしても、誠司が誇れるような人間で在りたい。誠司の隣で、胸を張って立っていられるようになりたい。
その想いさえ忘れなければ、この先何度躓くことがあっても、自分の足で立ち上がれる気がした。
***
――誠司に決意表明し、約束を交わした翌々週から、愛未は学園に復帰することができた。
学園に通う練習を兼ねて、久しぶりに家の外に出られた時は、胸の内に歓喜が溢れたのも束の間、近所のバス停まで歩いていくので精一杯だった。
そこまで歩いていった直後、冷や汗が止まらなくなり、動悸や息切れを感じたかと思えば、過呼吸に陥ってしまったのだ。念のためにと、付き添ってくれた舞花がいなかったら、何の関係もない通行人に迷惑をかけてしまったかもしれない。
しかし、少しでも外に出られた愛未の快挙を、舞花は自分のことのように喜んでくれた。あまりにも大袈裟な誉め言葉の数々に、かえって居たたまれなくなってしまったくらいだ。
ただ、記念にと買ってきてくれたアイスケーキは、間違いなく今まで食べた中で一番おいしかった。
その後も幾度か外出する練習をした結果、近所ならば問題なく出歩けるようになった。
愛未の様子を見守ってくれていた舞花は学園に相談し、妹を学生寮に入れてもらえないかと、打診してくれた。
学生寮は学園の敷地内にあるため、舞花が住んでいるマンションから通学するよりも遥かに楽である上、もし体調を崩してもすぐに休むことができる。その際の移動だって、やはりかなり時間が短縮されて楽だ。
入寮条件を満たしていたため、愛未は学園生活を再開すると共に寮生活を始めることになった。
幸い、高等部に上がってからめのうも女子寮に入っていたから、分からないことは訊けばすぐに教えてもらえた。撫子とは違い、めのうは世話焼きではないから、過度に干渉してくることがなかったため、一つ屋根の下で生活を共にすることになっても、苦ではない。
勉強は、誠司と撫子の面倒見と頭の良い二人が熱心に見てくれたため、遅れを取り戻すのにそれほど時間はかからなかった。
出席日数に関しては、事情が事情であっても、足りなければ留年は覚悟しておかなければと自分に言い聞かせていたのだが、何とか免れることに成功した。復学してから、意地でも休むまいと重ねてきた努力が、功を奏したに違いない。
そうして、無事二年生に進級できることになってよかったと胸を撫で下ろしつつ、春休みに入るなり、姉二人から思いも寄らぬ提案を持ちかけられた。




