告白合戦
「好きな女の子に振り向いて欲しいと思って努力することの、何が悪い」
「……へ」
続けられた言葉に思い切り不意を突かれ、実に間の抜けた声が唇から零れ落ちていく。
正直、こうして誠司と顔を合わせて言葉を交わすまで、たくさんの勇気を搔き集めていた。実際に対峙してからも、しばらくは膝の震えが止まらなかった。
それなのに、たった今放たれた衝撃的な発言により、先刻まで戦っていた恐怖心など、跡形もなく消え去ってしまった。それどころか、硬直していた思考が動き出し、言葉の意味の理解が進むにつれ、じわじわと頬に熱が上っていく。
先程までとは全く異なる意味で、誠司から逃げ出したくてたまらなくなってしまったが、ワンピースの裾をぎゅっと握り締めることで、何とか耐え忍ぶ。
「うそぉ……」
生憎、愛未はそれほど鈍感ではない。
めのうや鈴ならば、もっと早い段階で勘づいただろう。撫子ならば、この時点でも気づかなかったかもしれない。
「何故、今この場で嘘を吐かなきゃいけないんだ」
愛未は頬を火照らせ、全身が羞恥で打ち震えているというのに、誠司は全く見当違いなところに腹を立てているみたいだ。むっと眉間に皺を寄せ、憮然とした面持ちになっている。
「い、いや、そうじゃなくて……今のは言葉の綾というか……本気で嘘だと思ってるわけじゃなくて……」
誠司は、こういう状況下で冗談を口にするような人ではないと、長年幼馴染をやっていれば、誰でもよく分かる。そもそも、誠司は日頃からあまり冗談を好まないのだ。
「……いつから私のこと、その、す、好きだった、の……?」
だが、それでも信じられなくて問いかければ、誠司は真面目くさった顔で答えてくれた。
「あまりはっきりとは覚えてないが……少なくとも、小五くらいには意識してたと思う」
「そ、そんなに前から?」
驚愕の事実に、目を丸くしてぽかんと口を開く。
誰もが認めるほどの美人で愛嬌がある鈴や、色気と華を持ち合わせているめのうならばまだしも、何故愛未なのか。
愛未は、鈴ほど美人ではない。めのうみたいな、華やかな雰囲気や色気など、皆無だ。撫子みたいに、プロポーションが良いわけでもない。
我が強い幼馴染たちの中では、愛未の存在は何かと隠れがちだ。その上、何かと世話を焼かれがちで、皆にとって妹みたいな立ち位置にいるに違いないと、ずっと思っていた。
だから誠司も、愛未のことを手のかかる妹分くらいにしか思っていないのだろうと、信じて疑わなかったから、まさか恋愛対象として見られていたなんて、予想だにしていなかったのだ。
「だから、人に頼まれて嫌々やってたわけじゃない。……これくらいしか、マナにできることが思いつかなかったからな。だから、マナが心苦しく思う必要なんかない」
何か答えなければとは思っているのに、一つも言葉が出てこない。
声が喉の奥で絡まり、言葉を紡げずにいる愛未に、誠司はそっと微笑みかけてくれた。
「……別に、今すぐここで返事しろって迫るつもりはない。元々、今日伝えるつもりはなかったからな。ただ……これからも、ノートのコピーを届けるのだけは、許してくれないか」
誠司はやや早口にそう告げたかと思えば、シューズボックスの上にクリアファイルを置き、さっと愛未に背を向けた。そのまま帰ってしまうのは明白で、慌てて誠司のシャツの裾を掴む。
「わ……私も!」
気づけば、考えがまとまる前に先程まで喉の奥に押し込まれていた声が口から飛び出していた。
「私も、誠司くんのこと、好き、だよ」
――ずっと、妹分としてしか見てもらえないと、思い込んでいた。だから、想いを口にすることはなかった。
しかし、学園を共に卒業する際には、勇気を出して告白しようと、密かに決心していたのだ。
伝えるタイミングが予定よりも早くなっただけだと、今応えなくてどうすると自分を叱咤し、震える足に力を込める。
勢いよくこちらへと振り返った誠司は、先刻の愛未同様、驚きに目を見張り、薄く形の良い唇をうっすらと開いている。あまり他者に隙を見せない誠司にしては、どこか無防備な表情だ。
「……俺より、他の幼馴染連中の方が、顔が良いだろう」
「私、顔だけで選ばないよ!」
誠司のやや失礼な言い草に、つい怒鳴る。
確かに、誠司は顔立ちが整っているものの、整っているが故に目立った特徴がなく、幼馴染の男の子たちの中では最も地味だと思う。
でも、繊細なガラス細工みたいな美しさを誇る蓮は、愛未の中では、どちらかといえば同性の友人みたいな立ち位置にいる。男性らしさがあまり感じられないためか、異性として意識する機会はほとんどなくて、不思議と恋愛対象に入らなかったのだ。
透輝みたいに勝ち気で好戦的な男の子は、昔から苦手だ。しかも、高等部に上がってから、どうしてか女の子との関係が急に派手になったため、余計に苦手意識が強くなったのだ。他の幼馴染たちも、突然毛色が変わった透輝と距離を置くようになった。妹のめのうも、兄の変貌ぶりを複雑そうな顔で見ていた。
幼馴染たちの中で最も容姿に恵まれているのは、間違いなく伊月だが、正直論外だ。
伊月は人を寄せ付けない暗く重い雰囲気を纏っている上、話し方もかなりぶっきらぼうだ。その上、鈴が失踪してからは、いつも仏頂面で張り詰めた空気を漂わせているため、近くにいると息が詰まりそうになるのだ。
高等部に上がるか上がらないかくらいの頃から、ぐっと背が伸びて威圧感が増したし、夏になって薄着になったら、体格の良さも露見し、ますます怖そうという印象が際立ってきた。
だから、男性的な魅力に溢れているという解釈もできる透輝や、男女分け隔てなく誰にでも優しい蓮とは違い、伊月はさほど異性から人気がない。鑑賞物としては優れているものの、できれば関わり合いにはなりたくないという意見まで寄せられるほどだ。
「誠司くんこそ、私よりよっぽど綺麗な子が近くにいたじゃない! 鈴ちゃんとか、めのちゃんとか! そっちこそ、どうなの?」
あまりにも腹が立ち、普段の愛未からは考えられないくらい喧嘩腰に疑問を投げかければ、誠司がもう一度眉間に皺を刻んだ。
「確かに、鈴は誰の目から見ても美人だったが、綺麗すぎて人間味が薄いから作り物みたいで、正直あんまり近くにいると、なんか怖いだろう。怒っても怖いし」
「鈴ちゃんのこと、悪く言わないで!」
「なんでこの流れで、俺が責められなきゃいけないんだ!」
「鈴ちゃんは、大切な幼馴染だもの! 誠司くんにとっては、そうじゃなかったの?」
「それはそうだが、恋愛対象としてはナシだという意味だ!」
まさか、あの鈴が伊月と似たような枠に分類されるとは思わなかった。
だが、よくよく考えてみれば、八神兄妹は血の繋がりはないのに、髪と瞳の色以外にも、あまり人間らしさが感じられない点などは共通しているため、ある意味似た者同士なのかもしれない。過ぎた美しさというものは、かえって人を遠ざけるものに違いない。
そこまで考えたところで、いくら動揺していたとはいえ、そもそも行方が知れない女の子を軽率に話題に上げるなんて、あまりにも不謹慎だと今頃になって気づき、自己嫌悪に陥った。
愛未が、鈴がそう簡単に命を落とすとは思えなくても、周囲は生存の可能性は絶望的だと認識しているのだ。だからこれ以上、鈴の名を出すべきではない。
「じゃ、じゃあ、めのちゃんは?」
「猛獣はお断りだ」
「猛獣……」
誠司の言う通り、めのうは猛獣という表現がよく似合う。やはり透輝の妹であるだけに、めのうもなかなか攻撃的なところがあるのだ。
ここで撫子の名を挙げなかったのは、異性よりも同性から人気を寄せられるタイプだからだ。それに、二人のやり取りを見ていても、互いに相手を異性として意識していないことは明らかだったから、今さら撫子について質問する気にはなれなかった。
「せ、誠司くんが、顔だけで女の子を好きにならないように、私だって顔だけで相手を好きにはならないよ」
――愛未も、いつから誠司を異性として好きになったのか、はっきりとは覚えていない。
しかし、気づいた時には、面倒見の良いところや、真面目で責任感が強く、頼りがいがあるところが、いいなと思っていた。自他ともに厳しいところは、時折厄介だと思ったものの、その分努力家で、一度こうと決めたことは貫き通すところは格好いいと、尊敬しているのだ。
誠司が今、眼鏡をかけているのも、蓮と愛未以外の幼馴染の頭脳に追いつくため、猛勉強の末、視力を落としたためだ。そういう不器用なところも、好ましく思う。
「誠司くんの面倒見の良いところが好き。真面目で責任感が強いところが好き。頼りがいがあるところが好き。努力を惜しまないところが好き。まっすぐでひたむきなところが好き。意外と話しやすいところが好き。どれも、誠司くんが持ってる良さで、誰かと比べられるものじゃないよ。……ほ、本当だよ」
愛未の気持ちを信じて欲しくて、誠司の好きなところを挙げていくにつれ、次第に気恥ずかしさが込み上げてきた。十中八九、今の愛未の顔は真っ赤に染まっているのだろう。そう容易く想像できるくらい、頬が熱を持っている。
でも、前言撤回はしたくないから、どれほど恥ずかしくても、懸命に耐える。
これでもまだ足りないかと軽く睨みつければ、薄く形の良い唇から誠意を感じる揺るぎない声が零れ落ちてきた。
「……俺も」
忙しなく宙を彷徨っていた明るい茶色の眼差しが、愛未へと定められたかと思えば、まっすぐに注がれた。さながら、誠司自身の気質を表しているかのようだ。
「柔軟に人に合わせられる、協調性の高いところが好きだ。それでも、ちゃんと自分の意見も持ってるところが好きだ。家庭的で、一緒にいてほっとできるところが……好きだ」
そこまで口にしたところで、誠司は不意に俯いてしまった。




