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裏切りの片割れ月  作者: 小鈴 莉子
幕間 朝凪家
26/92

罪人の末裔

 ――閉じ込められていた部屋の外へと連れ出された蓮は、すぐに和泉家が経営する病院へと連れていかれた。

 幸い、大きな怪我はなかったものの、蓮は朝凪家には戻らず、和泉家で保護されることになった。


 身体を清め、必要な栄養を摂取し、ゆっくりと休む。

 それが、今の蓮には必要なことだと撫子の両親に言い聞かされ、学校もしばらくは休むことになった。


 時々、父が蓮に会いにきてくれたが、家に連れ帰ろうとはしなかった。撫子の両親と話す時は、いつも難しそうな顔をしていた。

 これからどうなるのかと、自分の立場に不安を覚えてきた頃、撫子の両親と蓮の父に呼び出され、こう告げられたのだ。


 成人するまでの間、蓮は和泉家の世話になる。ただし、和泉家の養子という立場ではなく、撫子の婚約者として、将来の和泉家の婿として、一緒に暮らそう。


 正直、大人たちが何を言っているのか、当時の蓮には半分も理解できなかった。

 ただ、撫子やその家族と一緒に暮らすと聞かされても、嫌だとは思わなかった。

 撫子と一緒に過ごす時間は、非常に楽しい。撫子の父である晃成(こうせい)も、母である千鶴(ちづる)も、蓮に優しくしてくれる。


 だから、蓮は素直に頷き、その処遇を受け入れたのだ。



 ***



 ――そして、あの日から十年以上の月日が流れ、蓮は今年の四月から高校三年生になった。


 蓮は、父が運転するベンツの助手席から車窓の外に広がる景色を眺めながら、かつて撫子が自分を救い出してくれた日を思い返していた。

 当時の蓮には理解できなかったことも、今では見えてきたことがいくつもある。


 何故、蓮を養子として引き取るのではなく、撫子の婚約者という立場に据え置いたのか。

 その理由は、和泉本家の一人娘である撫子と、朝凪本家の一人息子である蓮は、大変家格の釣り合いが取れたからだ。そして、蓮を婿養子として迎え入れれば、和泉本家は朝凪本家よりも立場が優位になる。


 ただでさえ、朝凪本家は充分醜聞となり得る出来事に和泉本家に介入され、弱みを握られている。それに加え、唯一朝凪本家の血を継ぐ蓮が和泉本家の婿養子となれば、半永久的に搾取され続けるのだろう。

 今は、朝凪の分家が本家を辛うじて支えているらしいが、いずれ朝凪家は取り潰しの憂き目に遭うかもしれない。


 和泉本家が蓮をあの日救出したのは、朝凪本家の一人息子を手懐け、好都合な婿養子になるように育て上げるためだ。そして、そのために投資した時間や養育費を、いつか利益に還元させ、和泉本家の繁栄へと繋いでいくためでもある。


 人助けは、善意だけで行えるものではない。ある程度の打算が必要だ。

 だから、自分の将来を差し出してまで、蓮を助けるために父親に交渉し、和泉本家を動かしてみせた幼い撫子は、度がつくほどのお人好しで、傑物だとしか言いようがない。


 ただ正義感が強いだけだったならば、撫子は蓮を救い出せなかった。

 だが、自分が持ち得る手札は何なのか、その手札を駆使して大人をどう動かせばいいのか、幼いながらに理解できるほど、撫子は賢かった。だからこそ、撫子は蓮を救出することに成功したのだ。


 しかし、蓮にしてみれば、最後の切り札ともいえる結婚という手札を自分のために使ってしまうなんて、勿体無いことをしたものだと思わずにはいられない。

 もっと手札を切るに相応しい、効果的なタイミングがあったはずだ。奥の手として、なるべく長く隠し持っておくべき手札だった。


「……なっちゃんは、馬鹿だなあ」

「急に、どうしたの」


 車窓の外に広がる鬱蒼と生い茂る木々を眺めつつ、ぽつりと言葉を零せば、ルームミラー越しに父が横目に蓮をちらりと見遣ったのが分かった。

 息子の唐突な言葉に、父は苦い笑みを零す。蓮は一つ溜息を吐くと、窓の外の景色から視線を引き剥がし、父へと眼差しを注ぐ。


 慣れた様子で車を運転する父の髪も瞳も色素が薄く、かなり明るい茶色だ。母の瞳も色素が薄いが、父の瞳はもっと淡い色合いだ。

 半神であるかぐやの血を取り込んだ血族は、生まれつき色素に乏しい者が多い。蓮なんて、分かりやすい例だ。

 幸い、太陽光による弊害はないものの、好奇の眼差しからはなかなか逃れられない。


 その上、両親も蓮も、彫りの深い顔立ちをしている。特に、父と蓮はよく日本人と欧米人とのハーフだと勘違いされる。父は運転する際、 サングラスをかける習慣があるから、尚更だ。ちなみに、父がサングラスをかけているのは、メラニン色素の欠乏によるものではなく、ただ単にどんな光であろうとも眩しいのが苦手だからだ。


「俺を助けるためだけに、自分の将来差し出しちゃうなんて、いくら何でも無謀だったんじゃないかなあって思っただけ」

「ああ……」


 蓮がそう答えると、父は納得したような声を漏らした。それから、苦笑いを浮かべたまま言葉を繋ぐ。


「うーん……でも父さんは、なっちゃんの気持ち、分かるけどなあ」

「え、分かるの?」

「うん。……五家の人間はさ、いつか家のための結婚をしなきゃいけないでしょ? それだったら先手を打って、なるべく仲良くできそうな相手をちゃっちゃと将来のパートナーに選ぶのは、賢い選択だと思うよ。下手したら、親子くらい歳の離れた相手やいけ好かない相手と、結婚しなきゃいけなくなっちゃうかもだし」

「それは……そうだけど……」


 そういう話は、確かに五家の間ではよく聞く。

 五家は遥か昔から呪われた家々であるため、常に不吉な噂が絶えない上、その噂は大体事実だ。だから、五家と積極的に関わりたがる家は少数派だ。そういうわけだから、五家の中で婚姻を結ぶケースがどうしても多くなってしまうのだ。蓮の両親も、このパターンだ。


 それでも呪いの存在を信じず、私利私欲を満たすために近づく輩も昔からいる。そういう人間は大抵、破滅への一途を辿るにも関わらず、決していなくならないのだ。そのため、血族結婚から逃れようとする五家の人間は、そういう輩を上手く利用しようとするのだ。


 とはいえ、血族結婚であろうとも、そうでなかろうとも、家にとって好都合でも、当人たちにとって都合の良い結婚ができるとは限らない。


「でも、それにしてもさ。友達になって日の浅い相手を、自分の将来の結婚相手に選んじゃうものかな?」

「蓮。お前が思ってるほど、五家の人間に将来の選択肢なんてないんだよ。――俺たちは、呪われてるんだから」


 そう返されてしまうと、ぐっと言葉に詰まってしまう。

 押し黙った息子に、父はのんきに笑う。


「それに、君たちは実際上手くやれてるんだし、結果オーライじゃない。なっちゃんには先見の明があったってことで、納得しちゃえばいい よ。それとも何? 蓮は違う相手が良かったわけ?」

「それはない」

「それなら、何の問題もないでしょ」


 父のあっけらかんとした返答を尻目に、つい溜息を零す。


「そもそも今のご時世、こんなに結婚結婚っていう家ってどうなんだよって、思わなくもないけど……」


 むしろ、五家みたいな呪われた家々は、さっさと滅ぶべきではないかと思う。そうすれば、次の世代に苦しみを引き継がせなくて済むのに、どうして五家の人間は血と共に呪いを脈々と繋いでしまうのか。


「まあ、これも一種の呪いだよね。過去に、子孫を残すべきじゃないって努力したこともあったみたいだけど、家が絶えるところまではいか なかったみたいだよ。かぐや様の望みは、俺たちに生きて苦しんでもらうことだからね。そう簡単には、滅びることはできないんだよ」


 つくづく、五家は様々な意味合いで呪われている。いつか、この呪いの連鎖が断ち切られる日が訪れるのだろうか。


(でも、それには――)


 ――決して少なくはない犠牲が伴うに違いない。そして、その犠牲を強いられる人の中には、蓮の大切な幼馴染も含まれている。


 苦い気持ちで唇を噛み締めた直後、豊かな自然に囲まれた朝凪家が所有する別荘が見えてきた。

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