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今はもう失われた民の神話  作者: 立川みどり
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第四話 木星の野望と月の誕生

   第四話 木星の野望と月の誕生


 地上に人が住みはじめてまもないころ、空には月がなかった。月の女神がいなかったからである。月の女神が生まれ、夜空に月が輝くようになったのは、次のようなゆえからだった。

 星の神々の中でもっとも力が強くたくましいのは、木星の神だった。木星の神はそれが自慢で、星の神々のうちで自分がもっとも優れていると、つねに口癖のように言っていた。

 だが、誇り高い星の神々は、木星の神の力を認めはしても、ことさら敬意を示すようなことはしなかった。ことに、火星の女神、知星の女神、大地の女神はそうであった。

 三人の女神に対する不快さを、あるとき木星の神は、金星の女神の前でロにした。

「火星の女神は気に食わぬ。どうしてこんなに、何かにつけてわたしにたてつくのか」

「ええ、ほんとうに困った方」金星の女神は微笑んだ。

「あなたの方が強いから妬んでいるのですわ」

 木星の神は満足した。美しくはなやかな金星の女神は、いつも心地よい言葉をささやいて、よい気分にしてくれる。彼女は星の神々のなかで、木星の神のいちばんのお気に入りだった。

「知星の女神は気に食わぬ。賢しげで生意気だ。力が弱いくせに、このわたしを見下したような目で見る」

「皆が言うほど賢い方ではありませんわ。あなたのような強い方を怒らせているのですもの」

 木星の神は満足してうなずいた。

「それに、大地の女神も気に食わぬ。大気の女神を引き止めて放さぬ。大気の女神はわたしの妻にしようと思っていたのに」

「でも、大気の女神は太陽の神の妻ですわ」

 金星の女神ははじめて言い返した。

「大地の女神と生き物たちがどんなふうに太陽の神の怒りを買ったか、ごらんになったでしょう? ただの女友だちや創造物でさえ、あれほどの怒りを買うのですもの。奪って自分の妻になどなさったら、どんな恐ろしいことになるかしれませんわ」

 木星の神は腹を立てた。

「どうしてそんなに太陽の神を恐れるのか。生意気な火星の女神や知星の女神などでさえ、太陽の神には敬意を払う」

「あなたは、わたしたち星の神々の中でも、もっとも強いお方。でも、太陽の神は別格ですわ。わたしたちをお創りになった方ですもの」

「どうして別格なことがあるものか。太陽の神もわれわれも、同じように創始の宇宙卵の殻より生まれし者。たとえ創り主でもそれは同じはず」

「でも、太陽の神はわたしたちのだれよりも強い力を持っています。きっと、もとになった殻の大きさが違ったのでしょう。そうだわ、それなら……」

 金星の女神は、ふとひらめいた思いつきを口にした。

「宇宙の卵の殻をたくさん集めて、自分の体の一部にしてしまえばいいのです。そうしたらきっと、太陽の神と同じように、いえ、もっと強くだってなれますわ」

 気まぐれな金星の女神は、この思いつきに夢中になった。

「ねえ、ぜひおやりになって。おもしろそうじゃありませんのJ

 すっかりその気になった木星の神は、さっそく宇宙卵の殻の破片を集めはじめた。

 そのようすを見て、知星の女神は不審に思った。

「木星の神よ、そんなものを集めてどうするのですか」

「わたしの体の一部にして、もっと強い力を手に入れる。太陽の神と同じ、いや、それ以上の力をな」

「なんてばかなことを」

 知星の女神は驚いて反対した。

「そんなことをしたら、太陽の神がふたりになるのと同じこと。世界が熱くなりすぎてしまいます。あなたの力は、今でもじゅうぷん強いじゃありませんか。どうしてそれ以上強くなる必要があるのです?」

「そうとも。今でも強いとも。だがおまえたちは、わたしを敬いもしなければ、畏れもしない。だから、もっと強い力が必要なのだ」

「わたしたちはみんな、あなたの力をたいしたものだと思っています。どうしてそれではいけませんの?」

「おまえたちはわたしに従いはしない。そうして逆らうではないか」

「どうして従うことを求めるのですか。同じ星の神どうし。どうして対等であっては満足できないのですか」

「同じではない。わたしの方がはるかに強い。今からもっと強くなる」

 木星の神は、宇宙卵の殻のかけらを一つつまみ上げると、口に入れて飲み込んだ。すると、木星の神の体は少し大きく、少し熱く、少しまばゆくなった。

「おやめなさい。世界を焼きつくしたいのですか」

 知星の女神の制止を木星の神は聞き入れない。一つ、また一つと宇宙卵の殻のかけらを飲み込み、そのたびに世界は熱くなっていく。

 木星の神がひときわ大きなかけらをつまみ上げたとき、知星の女神はたまりかね、木星の神の手からそのかけらを奪い取った。

「何をする! 返せ!」

 木星の神が取り返そうとするよりも早く、知星の女神は手にしたかけらを放り投げた。すると、そのかけらは彗星の女神となり、木星の神の怒りように恐れをなして逃げ去っていく。

 木星の神は怒り狂い、知星の女神につかみかかると、怒りにまかせて女神の体を引き裂いた。

 断末魔の悲鳴を残して引き裂かれた女神の亡骸を前に、木星の神はわれに返った。木星の神は乱暴な性質ではあったが、今までこれほど残虐な行ないをしたことはなく、たちまち後悔の念に満たされた。

 知星の女神の悲鳴を聞いて、他の神々も驚いて駆けつけ、そのむごたらしいありさまに怒り悲しんだ。火星の女神と海星の神は木星の神に詰め寄り、大地の女神と大気の女神は友の亡骸をかき抱いて悲しみにくれた。水星の女神と金星の女神は恐ろしさに打ち震え、土星の神と天星の神は、最高の英知が失われたことを惜しみ悼んだ。

 太陽の神の怒りと嘆きは星の神々以上だった。木星の神から残った宇宙卵の殻を取り上げると、怒りのあまり打ち殺そうとする。それを止めたのは大地の女神の声だった。

「太陽の神よ、知星の女神は生きています」

 木星の神をかばったわけではない。事実であった。

「心臓がかすかに動いていますもの。太陽の神、あなたなら、生き返らせることがおできになるのではありませんか」

 太陽の神は引き裂かれた女神に手を延ばし、ずたずたに裂かれた体から心臓を取り出した。完全には死んでいなかった心臓は、太陽の神の手の上で命を取り戻し、知星の女神の姿に変貌していく。

 まもなく太陽の神の手の上には、以前とまったく変わらぬ知星の女神の姿がよみがえり、以前とまったく変わらぬ英知にあふれた瞳であたりを見まわした。ただ、女神の大きさだけはかつての心臓と同じだった。

「何が起こったのです? みんなそんなに大きくなって」

 だが、すぐに、聡明な女神は、皆が大きくなったのではなく、自分が小さくなったのだと気がついた。そうして、かつて自分のものであった亡骸を見て、すべてを理解した。

「木星の神をどう罰するべきだと思うか」

 太陽の神が、甦った女神に問いかけた。

「二度とこんなことをしないと誓わせるべきでしょう」

「わたしは彼を殺そうと思った。非道な罪の償いのために」

「わたくしたちはだれひとりとして失われるべきではありません。それよりも……」

 知星の女神は自分の亡骸をふり返った。

「あれをそのままにしておきたくはありません」

 そこで太陽の神は、裂かれた亡骸の左半分から冥星の女神を、右半分から月の女神を創り、その場に流された女神の血から小星の女神たちを創った。

 こうして星の神々には新たに仲間が加わり、夜空には月が輝くようになったのである。


小惑星帯の誕生、冥王星の誕生、月の誕生を神話にしてみました。なんで古代人が小惑星帯を知っているのかって? 神話って、現代の科学と妙に符合する話がたまにあったりしません? 偶然なんでしょうけど。

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