第二話 生き物と風の誕生
第二話 生き物と風の誕生
大地の女神と大気の女神は仲のよい友人だった。大地の女神には、ずっと前から考えていた計画があり、ある日、それを大気の女神に打ち明けた。
「わたしは生き物を創りたい。大地を飾る木や草や花を。大地の上を走る獣を。大地の上を飛ぷ鳥を。そして大地を愛し、大地を讃える詩を作り、わたしを崇める人間を」
「なんてすばらしい計画でしょう。わたしにも手伝わせて下さいな」
ふたりの女神は生き物の創造に夢中になった。まず最初に創ったのは、大地を飾る草と花と木々だった。草は申しぷんのない緑。色とりどりの花々は、申しぷんのないかわいらしさ、美しさ。木々は申しぷんのない巨大さで、森や林を形作った。
だがそれなのに、草にも花にも木にも、どこかしら生彩がなかった。どうしても生きているようには見えなかった。
「いったいどこがいけないのでしょう」
大地の女神が困惑して草や花や木をなで、大気の女神は吐息をついた。すると、大地の女神の指が触れ、大気の女神の息がかかった草や花や木は、生命を授かってかぐわしい芳香を放った。女神たちは喜び、すべての草や花や木に生命を与えた。
つぎに、女神たちは獣と鳥を創った。獣や鳥の姿に創りそこねたものは、海や川に投げうてば、魚や貝になった。虎や獅子は申しぷんなくたくましく、鹿や鶴は申しぷんなく美しく、りすや小鳥は申しぷんなくかわいらしかった。だが、猷や鳥は地の上に、魚は水の中に横たわったまま、身動きひとつしなかった。
大地の女神は草や花や木にしたのと同じように獣や鳥や魚に触れ、大気の女神は息を吹きかけた。すると、獣も鳥も魚も生命を得て心臓を脈打たせ、息をした。だが、獣は地を走らず、鳥は飛ばず、魚は泳がなかった。
「いったいどこがいけないのでしょう」
大地の女神は悲しんで、いとしげに獣や鳥や魚を抱きしめ、大気の女神はため息をついた。するとたちまち、獣は地を走り、鳥は飛び、魚は泳いだ。そうして、すべての獣と鳥と魚が動きまわるようになった。
最後に、ふたりの女神は人間を創った。百人の男の子と百人の女の子だった。だが、いずれも地に横たわったまま、身動きひとつしなかった。
今までと同じように、大地の女神が手を触れ、大気の女神が息を吹きかけると、人間たちの心臓が動いた。大地の女神が抱きしめ、大気の女神が息を吐きかけると、人間たちは立ち上がった。だが、だれも言葉を発せず、詩を作らず、女神たちを崇める知恵を持たなかった。
「いったいどこがいけないのでしょう」
大地の女神は嘆きの涙を流し、大気の女神は愛をこめて人間たちの額にくちづけした。すると、大地の女神の涙と大気の女神の唇に触れた人間は、言葉を発し、ものを考え、詩を作った。それで女神たちは、すべての人間に知恵を授けた。
大地の女神と大気の女神は満足し、幸福でもあった。木や草や花は女神たちのためにかぐわしい芳香を放ち、獣や鳥や魚は女神たちに甘え、人間は女神たちを崇める。生き物たちもまた幸福だった。
だが、ふたりの女神とその創造物との至福の日々は、他の神々の妬みを誘った。ことに大気の女神の夫たる太陽の神は、妻に敬遠される悲しみのゆえに、大地の女神と大地の生き物たちを妬み、憎んだ。
「大気の女神はわが最愛の妻。それなのになにゆえ、わたしを避けて、大地の女神とともにいるのか。なにゆえわたしを愛さず、草や木や花、獣や鳥や人ばかりを愛するのか」
神々にとってはつかのま、人間にとっては何世代にもわたる長いときが流れたのち、ついに太陽の神は、ふたりの女神と大地に生きる生き物たちを罰しようと決心した。
太陽の神は太陽の炎のかけらをちぎると、女神たちと生き物たちの住む大地に向かって投げつけた。草や木や花は炎に焼かれ、あるいは暑さに打ちしおれた。獣や鳥や人は、焼け死んだり、暑さのために地に倒れた。
「太陽の神よ、わが敬愛するおにいさま。あなたのなさることとは思えない。どうしてこんなひどいことをなさるのですか」
「大地の女神よ、そなたがわが妻を引き止め、わがもとに来させぬからだ」
「太陽の神よ、いとしいあなた。こんなむごいことはおやめください」
「大気の女神よ、そなたが大地の女神のもとを去り、わたしとともに暮らすなら、大地を焼くのはよすとしよう。そのちっぽけな生き物どもから目を背け、わたしだけを愛するなら、二度と大地には手を出さぬ」
頑固に言い募る太陽の神に、大気の女神は訴えた。
「あなたとともに暮らせば、熱さでわたしの身は焼かれ、消えてなくなってしまいます。あなたはそれでもよろしいのですか」
「そなたがわたしを避けるのは熱さのゆえか。それともわたしを厭うているのか」
「あなたはわたしの最愛の夫。どうして厭うことなどできましょう。ただ、ともに住むには熱すぎるのです」
「では、わたしの炎を遮る厚き衣を授けよう。それならともに住めるであろう?」
太陽の神は厚き衣を作って妻に与え、大気の女神はそれをまとった。
「さっきよりはましになりました。それでもやはり、ずっとともに住めば、暑さのためにわたしの身はやせ細り、やがては消えてなくなってしまいます」
「では、どうしろと言うのだ?」
「ともに住まずとも、こうしてお会いし、語り合うことはできましょう。一日のうち半分だけ、わたしたちは逢うことにいたしましょう。それならわたしも大地の生き物たちも、暑くなりすぎることはありませぬ」
「離れて語りあうことしかできぬのか」
「熱き炎だけではなく、温かな光もまたあなたの一部。離れたところから、光だけをわたしに注いでくださいませ。そうすれば、わたしはあなたの愛に包まれ、あなたはわたしの愛を感じることができるでしょう」
太陽の神の心はやわらいだ。だがそれでも、言い募らずにはいられなかった。
「それでも、そなたと大地の女神が創ったあのつまらぬ生き物どもは、どうにも気に入らぬl
「あなたが炎でなく温かき光を注がれるならば、彼らはあなたに感謝し、あなたを崇め奉ることでしょう。それでもご不快に思われますか」
太陽の神は、ためしに温かい光を地上に注いでみた。草や木にも獣や鳥にも人間にも、あらゆる生き物にとって、それは心地よいものだった。恐ろしい災いのときの後だけに、生き物たちは平和の訪れを喜び、穏やかな光を歓迎した。草や木や花は太陽の光にうっとりとまどろみ、獣や鳥や魚は太陽の光に喜んで飛びはね、人間は太陽の神を崇めて賛歌を作った。
太陽の神は満足し、同時に、自らも生き物を創りたくなった。
「大気の女神よ、そなたは、大地の女神の仕事に力を貸した。わたしも生き物を創りたい。どうかわたしにも力を貸しておくれ」
「ええ、でもわたしたちは夫婦なのですもの。草木や獣や人のような生き物たちではなく、息子や娘を創りましょう。大地の女神とはまた違ったやり方で」
大気の女神は、太陽の神の光を抱きしめ、受け入れた。すると風の神々が生まれた。春風の女神、秋風の神、北風の神、南風の女神、夕風の神、夜風の女神、大風の神などであった。
太陽の神は今度こそほんとうに満足し、大地とそこに住む生き物たちは破滅を免れた。
こうして、草木や鳥や獣や人間たちは、大地の女神や大気の女神と同じぐらい太陽の神を崇拝するようになり、地上には風が吹くようになったのだった。