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隻腕のアルタイル  作者: カニノミソシル
幼年篇
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第四話 罪悪感

 外は冷え込んだ空気が張り詰めていた。世界は闇に染まり、人ひとり見つけることすら困難だった。

 少年がアルタイルと名付けられたその日、午後からスピカに自分たちの住む村を軽く案内してもらった。

 この村は<ダリル村>といって、アリスト帝国の東部に位置し、ベンベール家の治める領地の一部だと聞かされている。

 スピカとともに一通り村を歩き回り、周辺の地理は覚えていたので、少しでも風をしのげることを期待して、アルタイルはカストルの家から少し離れた石橋のほとりを目指すことにした。

 

――失敗したな。


 不安や罪悪感という突発的な感情に任せて家を飛び出してきたため、夜をしのげる用意を十分にしてこなかったことを今になって少し後悔していた。

 当然ながら行く当てもなく、路上での生活以上に不安定な生活を送ることになりそうだ。


 アルタイルは冷たい石畳の上の歩く。

 地面はところどころ砂利を被っているが、カストルが用意してくれた靴を履いている今、足を痛めることなく歩くことが出来た。


 穏やかな平坦の道を進んでいると、そう遠くない場所から水の流れる音が聞こえてきた。 アルタイルは以前スピカと訪れた川にたどり着いたことを確信した。

 繰り出す足を速めながら水辺に近付くと、月明かりに照らされた水が艶めかしく輝き、ささやかな淡い光を放つ虫たちが、まるで行き場を失った魂のようにゆらゆらとさまよいつづけていた。

 

 雄大な自然を力強く感じさせる幻想的な光景に、アルタイルは息を呑んで見入った。

 

 「綺麗だよね」

 

 唐突に語りかけられ、アルタイルはびくりと肩を震わせた。


 「ああ。驚かせちゃったならごめんね」

 穏やかな声のする方向に顔を向けると、そこにはアルタイルより二回りほど大きな身体のふくよかな少年が佇んでいた。


 「……きみは?」


 不審がる視線を向けられた少年は、少し困ったように笑う。


 「少し嫌なことがあってね。家を抜け出してきたんだ」

 「こんな時間に?帰った方がいいと思うけど……」

 「それはお互い様だよ」


 少年は呆れたような表情を浮かべる。ゆったりとした物言いにアルタイルは警戒の色を薄めた。


 「君こそこんな夜遅くに一人で出歩くのはよくないと思うよ」

 「まぁ、いろいろあって……」


 アルタイルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 「まあ悩みなんて人それぞれだもんね」


 アルタイルはその場に腰を下ろした。水に流されて丸くなった石や砂利ばかりが集まった地面は思っていたよりも痛くなかった。

 再び視線を川に向ける。昼間なら底の方まで見ることが出来る透き通った水は、表面にきらきらと星を落とし込むばかりだった。


 「今夜は帰るつもりはないの?」


 語りかけられたアルタイルは無言のまま頷く。


 「ぼくはみんなに心配かけるのは悪いから、バレないうちに帰ろうと思うけど、それまでよかったらお話しない?」


 少年はアルタイルの隣に座り込んだ。


 「べつにいいよ。」


 ぶっきらぼうな返事にも少年は嬉しそうな笑顔を浮かべた。


 「ぼく、ベガっていうんだ。君の名前はなんて言うの?」

 「アルタイル」

 「じゃあ、アルタイル、君が家出した理由って聞いてもいいかな」


 アルタイルはしばらくの沈黙の後、孤児だったことやカストルに拾われたこと、そして家を出た理由についてぽつぽつと話し始めた。

 

 「なるほどね、それで家を飛び出してきたと」

 「うん」

 

 ベガは少し考える姿勢をとった後、ゆっくりと口を開いた。

 

 「アルタイル、君は家に帰るべきだと思うよ」


 真面目な表情をするベガは少し大人びた印象を与えた。アルタイルは依然として口をつぐんだままだ。

 ベガはそのまま言葉を続ける。

 

 「ぼくも過ちを犯したら後悔する。その度ここにこっそり来て、自分のしたことを省みるんだ。」

 「それで?」

 「それで自分のしたことを見つめ直して、自分が間違ってたってわかったら反省するし、謝りもする」

 ベガはアルタイルに目線を合わせた。

 「つまりさ、人間である以上間違いは犯すものなんだ。駄目なのは間違いを改めないことだよ。自分が悪いことをした自覚があるなら、反省して二度と同じ過ちを繰り返さなければいい。ぼくたちはまだ子供なんだ、いくらでも変われるさ」


 月の光に照らされたベガの蒼い瞳は、澄んだ水のように綺麗だった。

 

 


 翌朝、アルタイルは暖かいシーツの上で目を覚ました。

 居間へ行くと、いつものようにスピカが朝食を用意しており、カストルの優しい微笑みがアルタイルを迎えてくれた。


 「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」


 アルタイルは不器用に笑顔を作った。

 

 「まあまあ、ですね」

 そうですかと笑いをこぼすカストルは、昨夜の家出を見透かしているようにすら見えた。

 少し恥ずかしい気持ちになりながらも、アルタイルは並べられた朝食に手を付けた。

 

 「ねぇアルタイル、今日は何して遊ぶ?」


 スピカからの問いに答えあぐねていると、カストルがアルタイルに視線を移した。

 

 「アルタイル君、スピカと遊ぶところ悪いけどこの後私の部屋に来てくれるかい?君用の義手が完成したから試してみてほしい」

 

 アルタイルの表情がぱっと明るくなった。失った左腕の代わりが手に入るという喜びがアルタイルの中に溢れた。

 と、同時に懸念することもあった。当初の話では義手が完成するまでは、とりあえずこの家に住んでいられるという話だった。義手が完成した今、折角決心して戻ってきたこの家、スピカやカストルとの生活が終わってしまうのかという不安に駆られた。

 それらの感情は全て表情に現れていたようで、アルタイルの顔を見ていたカストルは笑ったまま答えた。


 「義手が完成したからと言ってじゃあお別れ、というわけではありませんよ。アルタイル君を今後また裏路地に返すなんてことはしないです。このままうちで家族として迎えても構いませんし、もし君が望むなら里親を探してもいいですよ。当てはありますから」

 

 ほっとした半面、これ以上迷惑をかけたくないという気持ちもあった。返答に悩んでいると、一連のやり取りを聞いていたスピカがアルタイルの方へ向きなおした。


 「アルタイル、出て行っちゃうの?」

 「ここに居たい気持ちもあるけど、これ以上二人に迷惑をかけたくなくって……」

 「……やだ。やだぁ、アルタイルとはなれたくなぁい!」


 甲高い声を挙げながら訴えるスピカの目は濡れていた。


 おどおどと戸惑うアルタイルを見ていたカストルが笑顔で口を開いた。


 「アルタイル君、私たちは迷惑なんて思っていませんよ?むしろ家の中がにぎやかになって、ここ一週間は特に楽しかったくらいですよ。君は私たちと暮らす中で様々な苦悩をかかえているようですが、私たちは君の過去なんて気にしませんよ、安心してください」


 救われてよいのだろうか。今までの所業を許してもらっていいのだろうか。様々な葛藤がアルタイルの中に渦巻いていた。


 視線をスピカの方へ向けると、濡れた緑の双眸が訴えかけるようにアルタイルへ向けられていた。

 

 このような視線を向けられては、出て行くなんて言い出せそうにもなかった。実際昨夜は一刻の感情に任せて家を飛び出したが、川辺で出会ったベガに諭され結局戻ってきてしまったのだ。今更改めて彼らの元を離れるのは、自分の中でとても恥ずかしいことのように思えた。


 ――いや、違うな。


 それは言い訳でしかなかった。ここ一週間の生活に味を占めているだけに過ぎない。現金なことに、アルタイルは毎日飯を腹一杯食べられる状況を手離したくないという気持ちが先行して存在していた。

 だがなんにせよ、家に居ても良いと提案されたのだ。わざわざ断る必要もないし、二人の言葉を聞いたことで、やるせない罪悪感は少しましになっていた。


 「……もしよかったら、僕も、二人の家族に、なり、たいです」

 

 自ら口に出すと一気に気恥ずかしさが際立った。だが、家族の存在に焦がれていたアルタイルにとってこの言葉は心からの本音だった。


 「ええ、勿論良いですよ。というか今更さよならなんて、こちらも寂しいですしね」

 「ほ、ほんとに?アルタイル、家族になってくれるの?」

  

 スピカの表情が少しずつ明るくなっていくのが分かった。

 何もない自分にここまで価値を見出してくれているのかと、アルタイルは目頭を熱くした。


 「僕は、二人の家族としてこれからもここで過ごしたい」

 

 アルタイルの決意は固く、その気持ちは十分に伝えられた。


 「では、改めてアルタイル君を家族としてうちに迎え入れましょう。ようこそ、我が家へ」


 カストルの笑顔は、アルタイルに安心を与えた。とんとん拍子に決まったことだが、今は晴れて自分に家族ができたことを素直に喜んだ。


 アルタイルは二人とともに過ごす幸せな将来を想像し、胸を高鳴らせた。

 

 だが、この時はまだ知らなかった。彼らとの幸せな生活がそう長くは続かないということを。


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