表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約破棄5回目の公爵令嬢の悩み

作者: 滝川 千利

それは婚約者のメイソンとお茶をしていて一時間後におこった。


それまで何事もなく談笑をしていて、楽しいひとときだったと思う。もうお開きの時間が迫ったとき、メイソンは持っていた紅茶をおき私を見つめて言った。


「アンジュ殿婚約を解消していただけませんか?」


持っていた紅茶を落としそうになりかける。


いや、さっきまで楽しそうにしてましたよね?あれは幻?それともこっちが?


目の前で眼鏡が似合うハドラー公爵の次男メイソンは申し訳なさそうに微笑んだ。


「なぜ…?」


なんとか絞り出した声をだす。

メイソンはわたしを見た瞬間驚いた。


「い、いや、貴女はとても綺麗で美しい完璧な女性です。僕がいけないのです。あなたに釣り合わない。あなたにはもっとふさわしい人がいます」


都合のいい別れの常套句を口にする。

それも早口で言い切った。その前に人の顔見てなんでそんなに驚いてる。


「すべて僕が悪いのです。貴女はとても素晴らしいのだから他の人がまたみつかりますよ。両親にもう話してありまして、あなたが了承してくれたらいいよと言われています」


そこまで誉める女性を振るのはおかしいと思うんですけど。私の認識がまちがえてるんだろうか。それになんで上から目線、うざすぎる。


なんとも言えない沈黙の空気が流れるが、しばらく続いた空気に耐えきれなくなったメイソンが恐る恐る口にした。


「…で、返事は?」


プチ。頭のなかで何かがキレる音がした。

私は紅茶をダンとおき立ち上がってにらみつける。


「だからなんでってきいてるでしょうが!」


「ひぃ」


大声の質問に小さな悲鳴があがる。


「ご、ごめんなさい。子供ができました。すいませんでしたぁぁぁ」


目の前で泣きそうな婚約者は椅子からおりて土下座をした。


そして逃げ出した。



「お嬢さま、顔がヤバいことになってます。それでは逃げられても当然ですよ」


私の隣に立つ男をにらみつける。


「これで五回連続ふられましたね」


男はニッコリと私に微笑んで、テーブルのクッキーを食べている。


そうアンジュ・トワイレット公爵令嬢にとって、メイソンは5人めの婚約だった。


1人目は結婚式直前に女と駆け落ち。

2人目は冒険者になりたいんだと目をキラキラさせて旅立った。

3人目は男しか愛せないと告白され。

4人目は婚約した次の日に探さないでくださいと手紙を残して逃亡。

そして、今日子供ができたから婚約解消を言いわたされた。


なにか呪いでもかかってるのか。こんなにも男運が悪いのは呪いしかないわよ。けして私のせいではない…とおもいたい。


もう一枚クッキーを食べようとした、金髪の専属従者ケビンをジト目でみる。


「うるさいわね、ケビン。仕事中にクッキー食べていいと思ってんの?」


「だって婚約中に浮気をして子供もできてた男が手につけたクッキーなんてもう食べないでしょ」


再認識させるみたいにいわなくてもいいわよ。この男に何をいっても言い負かせられるのはわかっている。さっき振られた主人を容赦なく心の傷を抉れるのか。主従関係がおかしい。


「それ食べたらあなたもそうなるわよ」


「なんですか、その呪いのクッキーは。大丈夫ですよ。俺は一途ですから」


「いや、呪われろ」


「口が悪くなってますよ」


振られたばっかりの主人に対して、そんな口のききかたする従者には口も悪くなりますよ。


◇◇◇


その夜トワレット公爵家のディナータイム。


ふっくらとしたお腹をしているお父様。昔社交界の女神といわれていたお母様。すべての令嬢の憧れのお兄様。そして現社交界の華なのに男運が悪すぎると裏で言われている私。

以上がトワレット家の家族構成です。


「いやぁ、またダメだったね。アンジュ」


お父様は苦笑いしながら私の方をみる。


「申し訳ありません。お父様」


「いや、アンジュのせいじゃないよ。僕としてはずっといてもらってもいいんだから」


優しく微笑んでくれるお父様に笑顔で返す。


「父上、もしかと思いますが、アンジュをお嫁に行かせない為にクソみたいな男を連れてくるんじゃありませんよね」


そうだった。この元婚約者達はお父様が決めたこと。男運が悪いのは私じゃなくてお父様では。


「な、何を言うんだ、レオナルドよ。可愛い娘に5回も振られるようなことを望むと思うかね。アンジュには幸せになってもらいたいと思ってるよ」



「そうですよ、レオナルド。お父様は私に似た可愛い娘が5回も婚約者に逃げられるなんて思ってないですよ。ね、あなた」


お母様がお父様の左手に重ねて見つめ合いながらお兄様を諭す。

お母様、お父様が振られるとやんわりと包んでくださったのに、逃げられるといいましたね。


「そうですよね。失礼しました。まさか誰も社交界の華と言われている我が妹が5回も婚約者に振られて逃げられるなんておもわないですよね」


お兄様なぜ振られて逃げられると追い討ちをかけたのですか。


その可愛くてお母様似の社交界の華は5回も婚約者に振られて逃げられてますが、なにか。こっちだって、好きで逃げられてるわけじゃないわよ。

私の家には娘の傷を抉る人しかいないのかしら。私は口角が引きつりながらディナーが終わるのを待った。


トワレット家はアンジュ婚約解消に慣れていた。




◇◇◇



「あーつかれたー」


ディナーが終わり自分の部屋に戻ってきた。

今夜のディナー中に5回と言う言葉を何十回も聞いたような気がする。精神が削られてしまったわ。


机に頬をつけながら、だらしない格好で呟きながら、ワゴンの上で紅茶を入れるケビンをみる。


「お疲れ様です。お嬢さま。いつも以上に盛り上がっていましたね」


「盛り上がってたんじゃないわよ。私にとってはなんの拷問ですかって感じよ」


「何回婚約破棄しようが、暖かい目でみてくれてる優しい家族じゃないですか」


ねって、ケビンはウィンクをしながら紅茶を運んでいる。

私は机から顔を起こし、背もたれにもたれながらケビンを置く紅茶をみた。



「暖かい目ね…でも今回の相手はお父様も真面目そうな人を選んでくれていたのよ。なのに子供なんてね。やっぱり男運が悪いのかしら」


「男運はどうかわからないですが。結婚する前にグズだとしれてよかったじゃないですか」


「それもそうね。またがんばりましょうかね。もう寝るから下がっていいわ。ご苦労様」


「はい、おやすみなさい。お嬢様」



◇◇◇

数ヶ月後、6回目の婚約者がきまった。社交界の華と言われているだけあって、アンジュの婚約者候補には困らないのである。

次のお相手は隣の国のハイライン侯爵嫡男のロベルト様。


「はじめまして。アンジュ様。ハバル国の社交界の華と言われているあなた様の婚約者になられたことを嬉しく思います」


挨拶と同時に右手を取られて口づけをされ、流れるように腰に手を回され引き寄せられてしまう。初対面なのに近づき過ぎないか。正直かなり引いている。


「あ、あの、ロベルト様…」


「あぁすまない。立ったままで疲れるよね。そこのソファーに座ろうか」


強引に手を引きソファーに座らせる。強引すぎじゃないですか。隙間なくすぐ横に座るロベルト様から逃げるように離れると、また近くによってくる。それを繰り返すこと数回。肘おきにあたり逃げ道がなくなった。周りを見渡すとさっきまでいた侍女達がいなくなっていた。


「ああ、侍女達なら下がらせたよ。婚約者の逢瀬を邪魔するなんて無粋だろ」


にやついた顔で言うロベルトを、睨み付ける。


「無粋もなにも。私達は今日が初めて会ったのです。節度ある距離感があるんではないでしょうか」


勢いよく立ち上がろうとするが、ロベルトに抱きつかれソファーに倒れてしまう。両手を捕まえられ、ロベルトが上をとる形になった。


「婚約者同士、節度ある距離感を保つ?5回も婚約者がいる身でありながら、おかしなことを言う。こんな傷物をありがたくもらってあげるのだから、感謝されてもそんな顔で睨まれる覚えはないですよ。もしここで拒んでも貴女は困るが私はこまらない。結婚してあげるのだからいいじゃないですか」


頭に血がのぼるのを感じる。結婚してあげる?その上から目線はなんだ。5回も婚約破棄されたのがそんなに悪いことなのか。いや、違う。結婚する前にグズだと気づいてよかったとケビンもいっていた。ほんとその通り。


「ロベルト様は勘違いをしています。私が5回も婚約破棄をしたのはロクな男に出会わなかったからです。あなたのようなグズしか」


ロベルトの顔が真っ赤な顔して歪んでゆく。怖くないと言うと嘘になるが、ここで負けるわけにはいかない。

睨むのをやめて不適な笑みを浮かべると、ロベルトはますます顔が険しくなる。


「ふざけるな。私がクズだと?」


「間違いました。クズ以下です」



パシッ。


頬に痛みが走った瞬間、ドアが空いた音がした。


「お嬢様からのきやがれクズが」


目の前にいたロベルトが離れて、怖い顔をしたケビンが見えると、私は不覚にも泣いてしまった。

そこからいろんな人が入ってきて、ロベルトは外に連れていかれた。


「泣き止んでくださいよ、お嬢様。悪い犬に噛まれたと思って」


困り顔でソファーのしたから除きこむケビン。


「噛まれてないもん。叩かれただけだよ」


侍女が持ってきた冷たいタオルを頬に押しあてている頬を眉をさげながら見ると、急に立ち上がった。


「やっぱり殴ってきましょうか」


歩きかけるケビンの服の端を慌ててもつ。


「大丈夫だから。そんな事したらケビンがつかまっちゃう」


あんなやつでも相手は隣国の侯爵なんだ。殴ったら国際問題になる。そんなことケビンにさせるわけにはいかない。


ケビンは私の顔を見るとまた元の位置に座り込んで、殴られた頬に手をあてる。冷やしてあった頬がその体温をよけい感じさせる。


なぜかケビンが痛そうな顔をして泣きそうになってる。


「じゃあ、一緒に逃げてくれますか」


ドキッとした。


潤んだ瞳で見つめられて、いつもと違うケビンから目を反らす。


「ほら、もしそうなったら私のせいなんだから私が面倒みるわよ。なんせ5回も…違うわね。6回も婚約破棄の慰謝料があるのよ。それなりに2人だったら暮らせていけるわよ」


早口で言い終わるとケビンは嬉しそうに笑った。それを見て違う意味で頬が熱くなるのを感じる。


「お嬢さまは男前ですね」


また嬉しそうに笑うケビンを見て私も嬉しかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ