04.お父様
04 お父様
わたし、とうとうやったよ!
たっちに成功したよ!
ハイハイで足腰を鍛え、お手々をグーパーと繰り返しガラガラ(神器)を振り回して筋トレを行った結果ようやくこぎつけました。
お母様とハンナ、それにモフモフ2匹に見守られながら、わたし大地に立ちました。
立ち上がる様子を手に汗握る様子で二人が見守っていたのは知っていたけれど、人の目を気にしている余裕はなかったよね。
立ち上がった瞬間にちょっとドヤ顔っぽくなってしまったのはご愛敬だ。
お母様とも目が合ってしまったとき、普段から綺麗な少女のような人だと思っていたけれど、弾けるような可憐な笑顔に思わず、なんだこの可愛い生き物は!などと思ってしまったよ。
「ハンナ見て、レナがひとりで立ったわ。私のレナがすごいのよ」
「ええ奥様、レナ様はこんなにはやく立ち上がっていらっしゃいますね、もしかしたら天才かもしれませんね」
「ハンナったら先走りすぎよ、でも精霊様のご加護までいただいているのだから本当にそうかもしれないわね、あらためてお二方にはいつも見守っていただいてありがとうございます」
お母様は白いモフモフ達に頭を下げており、シマシマの白猫はしっぽで、白カラスはコクコクとうなずいて返事をしている。
そういえばコルボは最初は白い大きなカラスだったのだが、神器の調整を終えると小ガラスになってしまっていた。
わたしの成長に合わせて変化しないとお互いに負担になるのだそうだ。
「きっと旦那様もお喜びになられますよ」
「本当にそう思う?わたしは不安なの。この子が生まれてきてくれてからただの一度も屋敷におかえりいただけていないし」
お母様の顔が陰りを見せる
「奥様きっと大丈夫です、旦那様はきちんとわかってくださいます。それに旦那様であれば魔力で分かるはずですから万が一にも間違えたりはされませんわ」
お母様はまだ納得していない顔だったがこれ以上は続けず、手紙をしたためるということだった。どうしてお父様は帰ってこないのかな。
王都に妾でもいるのかな、それとも仕事が忙しすぎるのか、でもそれならお母様の反応が解せない。
『そうね子育てには番できちんと当たった方がいいに決まっているわよね、いいわ任せておきなさい☆』
とコルボは何かを勝手に納得して、勝手に任されて、翼を大きく広げて宣言した。
『ティグレしばらくレナの守りは任せたわ、私がきっちり決めてくるわね☆』
『別に帰ってこなくてもよいのですが』
とにべもない返事をするティグレは相変わらず眠そうだった。
そんな白猫の返事を聞いたか聞いていなかったか白い小鳥と化したコルボは窓を通り抜けて飛び立っていった。今の話の流れだとお父様をどうにかするつもりなのだろうけれど、くちばしに咥えて飛んで帰ってくるのかな?
聖獣のすることだし、私は彼らの常識や行動原理がヒトのそれとは多少ずれているのも前世で知っているので、いちいち気に留めていても仕方ないと割り切っていた。
『あなたってそういう図太い考え方も変わってないわねえ』
あきれたようにあくびをする白猫が、いよいよ本格的に昼寝を始めたようだった。
それにしても我が家は子爵家だと聞いた気がする。
わたしが生まれてこのかた見かけたのはお母様、ハンナ、食事や着替えを持ってくる侍女が二名ほどでそれ以外の人員を見たことがなかった。
もしかしてうちって貧乏なのかな?
いままでの会話の切れ端は集めて考えると
まずお母様であるクラリッサ
お父様はまだ名前がわからない
お兄様もまだ名前がわからない
そして私レナ
ここまでが今判明している子爵家の家族
あとは侍女兼乳母のハンナ
名前はわからないけれど食事や着替えを持ってきてくれる侍女が2名ほどって、今この家って致命的に男手が足りなくない?この家は防犯的な意味合いでも大丈夫なのかな?夜盗とか盗賊とか山賊に襲われたりしたらどうしたらいいのかな?
『その三者はどれもほとんど同じようなものよね?』
だんだん不安になってきたよ。
まだようやくヨチヨチ歩き程度だけれど、急いで剣の修練をする必要があるかしら?
こう見えても前世は剣聖だし神器の剣は随分短くなっちゃったけどきっとやれるはずよ。
そうねまずはこうイメージ的に体全体に魔力を行き渡らせて、魔力を支えにするイメージで、こうフワッと動いて、そんでもってリーチが短すぎるから剣の方をスパスパ―っと動かせたら少しは役に立てると思うんだよね。
気が付くと私は浮いてた、そして私の周りをガラガラっぽい見た目の神器が二種類くるくると回っている。これじゃまるでポルターガイストの被害にあっているみたいじゃない。
でも意外とやれるものね、これならちょっとくらいの悪党なら成敗できちゃうんじゃないかな。
『まったくあなたは相変わらず貴女は先走っているわね、コルボにも託されてはいるけれど、わたしがずっと神域を設定し続けているのだから邪まなものは一切寄せ付けられないのですよ。だから安心なさい』
『そして落ち着いて周りを見てみなさい、悪党を成敗する前に貴女の世話をする人間が昏倒してしまいますよ』
やば!
あわてて神器を引っ込めて体内に張り巡らせた魔力を断ち切る。
すると当然下に落ちるわけで・・・ポスっとティグレさんが尻尾で受け止めてくれました。
それにしても魔法で空って飛べるのね、わたし知らなかったわもっと魔法のことを知りたくなってきたわ。ただ飛んだと言うよりは足場の上に乗ったとかそういう感覚に近かったけれど。
『浮遊や飛行の魔法って確かそれなりに高位の魔法のはずですけれど、しょせん門外漢なので詳しくはわかりませんね。コルボが帰ってきたら尋ねてみるといいですよ』
こんなに簡単にできちゃったんだから多分高位な魔法のはずがないわ。
ティグレは剣の神獣だから知らないだけよきっと。
お母様たちの硬直が解けてきたので「だーうっ」っと愛想を振りまいておいた。
きっとこれで万事うまくいくわ!
すごいのは聖獣であってわたしじゃないよという意味を込めた会心の笑顔だ。
お母様もハンナも笑顔だから、きっとうまく通じているわね。
とりあえずこれからも魔法を使う時は気を付けないといけないわ、いくら聖獣がすごくてもあまりに常識はずれなことをしていると気味悪がられて親子の触れ合いが出来なくなってしまうかもしれない。
わたしは今度こそ家族みんなで仲良く暮らしていきたいのだからそんなのは絶対お断りだ。
決意を新たにした私は精力的に毎日を過ごした。
よく食べ、よく眠り、よく運動し、よく歌った。
とくに歌いまくったのがよかったのか随分と発声に抑揚をつけたりすることが出来るようになった気がするのだ。
そうしてコルボが出掛けて数日たったある夜明けごろ、わたしはお腹が減って目が覚めた。
最近では泣き出しそうになるのを我慢して、隣で寝ているお母様のお胸をまさぐって起きてもらうという技を編み出した。いきなり泣き出して起こしてしまうよりは、きっと数倍は穏やかな方法だと自慢の技だ。
そうやってお腹がいっぱいになった頃合い、窓の外は随分明るくなってきていたが、まだ早朝で動き出しているものも屋敷ではごく一部のものではないだろうか。
もうひと眠りしようかなと思っていると、にわかに外が騒がしくなっていた。
静かだから余計によく聞こえて来て、わかったが馬車がやってきたようだった。
お母様と一緒になにごとかと聞き耳を立てていると
「奥様、様子を見てまいりますね」
とハンナが席を立った。しばらくすると大きな足音とともに
「旦那様、お部屋を整えますので今しばらくお待ちくださいませ」
「よい、我妻と子に会うだけだ何を気にする必要があるというんだ」
渋いイケボが聞こえ、ノックの音がした。
「どうぞ」とお母様が答えると長身の金髪美男子が現れた。
「クラリッサ、まず初めにこんなに帰るのが遅くなってしまったことを謝罪させてくれ、すまなかった」
金髪イケメンが片膝をついて、ベッドに腰かけたお母様の手の甲にキスをした。
どう見てもお姫様と王子様だった。
話の感じだとこの人がお父様なのね。すっごいイケメンじゃないですか!
軽い色のさらさらと流れる金髪にアイスブルーの瞳がささやかに主張していて繊細な王子様がそこにいた。
「この子が 私のレナかい?」
「ええそうです、私たちの可愛い娘、レナですわ」
「これは、確かに黒い髪、黒い瞳だ、だが魔力は確かに私とクラリッサの子だ。そしてこのすさまじいまでの魔力量と神気はなんなんだ」
おそるおそる金髪イケメンが私を抱え上げ、顔をのぞき込んでくる。
眼福だなあとのんきに考えていた私だがふと先ほどのイケメンお父様の言葉が引っ掛かった。
黒髪に黒い瞳?
お母様は鮮やかな金髪に濃い茶色の瞳、お父様も薄い金髪にアイスブルーの瞳。
わたしの髪と目って黒いの?
『そうねあなたは神子の中でも特に精霊と神の祝福が色濃く出ているわ。驚くほどに真っ黒よ』
なるほどお母様が不安そうにしていたり、お父様がなかなか帰ってこなかったのは私のせいか。
『それだけではないわよ、この男には障りがかなり付いていたわ、だからよくない方にばかり思考が誘導されていたのよね。まあそれも全部吹っ飛ばしたうえで夢枕に立って煽ってやったわけだけどね☆』
いつのまにかコルボがベッドの淵の宿り木に止まって羽を繕っていた。
障りってなんだろう、響き的にはかなり良くないもののようだけれど。
『ええ、そうね。ほとんど呪いといってもよい現象で人の負の感情を刺激して増幅させるものよ。そして自然に生まれるものではないわ☆』
『あなたが生まれたばかりの時のこの家も、障りだらけでひどいものだったのですが、あなたが産声を上げると近くにいた障りはほとんど消し飛びましたよ。残った使用人たちの障りも私が祓ったうえで結界を張っているからこの一帯は安全ですよ』
『産声で障りを祓うなんてほとんど聖女じゃない☆』
「ああ聖鳥さま、ふがいない私の曇った眼を開かせていただき本当に感謝いたします。またここまで守護を与えてくださり本当にありがとうございます」
金髪イケメン父様も被害者みたいなものだし、一番かわいそうなのは出産で不安な中で一番頼るべき夫がいなかったお母様だわ。
そう思いながらお母様の方を見ると、お父様もすぐに気が付いたようで
「クラリッサ、本当にすまなかった。こうやって直にあって魔力を触れればすぐにわかることだというのに、なぜ私はいままでそんなことさえ思いつけなかったのか、本当に申し訳なかった、許してくれ」
わたしを抱えたままお母様を抱こうとするものだから、私がつぶれそうになってしまい思わず「ぐえっ」っと乙女にあるまじき声が出てしまった。
「おお、ごめんよレナ痛かったね。愚かな父を許しておくれ」
イケメンパパが心細そうに謝っている。少し気の毒になってきたしここのところ練習してきたアレで一発虜にしてやりますか。
お父様のほっぺを、私のぷくぷくお手々でぺちぺち叩きながら「ぱぁぱ!」と言ってやった。
我ながらあざとさレベルが高すぎて神々が嫉妬するわってレベルで決まったね。
お父様は驚きと喜びのあまり硬直しかかっていた。すぐににこやかにクラリッサママの方を振り返ると、なんだかママの様子がおかしい。
そこはかとなくお怒り?目が怖いよ?いつもべたべたに優しかったお母様の空気がとげとげしくて茨のようだよ?
『レナそれはあまりにもクラリッサが可哀そうですよ』
ティグレに言われてあわてた。
あざとかろうが何だろうが知らない!全力前回の笑みとともに炸裂しろ!「マンマー」手をバタバタさせて全力でお母様を欲した姿にお母様の留飲は下がったようだった。
そういえばお父様と一緒にもう一人だれかが扉の向こうにいたような気がしたのだけれど誰だろう?
ひとしきり親子三人でわちゃわちゃと楽しい空気を過ごしていたら
「そう言えば紹介しなくてはいけない人がいるんだ、私が王都に行っている間にこの家のことを手助けしてもらえる人を連れてきたんだ」
お父様がすっかり忘れていたようで扉の外に待たせっぱなしのようだった。
お母様もキチンと着替えて部屋も整えられているので問題ないということでかの人物が入室してきた。
「お初にお目にかかりますセバスチャン・コーラルライトと申します。クラウス様には多大な恩を受けましてその後恩をお返しできればと思い、神獣様の導きに従いお目にかかります」
60台を超えたくらいだろうか白髪だが背筋がピンと伸びた執事服の老人がそこにいた。
「じい!?」
思わず私は叫んでいた。
ようやく赤ちゃん編の終わりが見えてきました。
前回も似たようなことを書いたような・・・
もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。