02.誕生、困惑
ようやく始まりました貴族令嬢時代です。
まだ赤ん坊ですが
02.誕生、困惑
あと・・・ってなに!?
気になるんですけどー!
む、むむ?
周りが真っ暗で身体がうまく動かないよ?
わたしはちょっとだけマイナーな趣味をこよなく愛す一般的な普通の大学院生だった。そして非常に残念なことだけれど、おそらく私は死んでしまったのだと思う。はっきりとした記憶はないけれど、陸橋から放り棄てられたネコさんを救おうとして、いっしょに落っこちたところまでしか記憶がないのだからおそらく間違いないと思う。
せめてネコちゃんだけでも助かってくれていたらいいなとおもう。
赤ちゃんのけたたましい鳴き声がして、急激に回りが明るくなった。
「女の子ですよ奥様、おめでとうございます」
年配の女性の声が聞こえる。
「え・・・髪が黒い・・・」
さまざまな声が入り乱れる中で目を開くと、看護師のような恰好をした女性が自分をのぞき込みながらタオルをあてがってくる。
「瞳まで黒い・・・」
わたし助かったのかな?
この人に尋ねようとするが言葉がうまく紡げない。
助かるって何から?
あれ?さっきまで何かと戦っていた気がするのだけれど思い出せない。
近くで泣いていた赤ちゃんがようやく泣き止んだと思ったら眠くなってきた。
抗えない眠気の中で
「わたくしの赤ちゃん、何があっても絶対守って見せますからね」
と優しい声が聞こえた気がした。
再び目が覚めたのは、今日はお姉ちゃんが赤ちゃんを連れてくるから楽しみね、うふふん。と能天気な夢をみていた時だった。
どうやら眠っていたようで意識が混濁している。
プニプニの手がちっちゃくて可愛いんだ、そうちょうどこんな感じのちっちゃい・・・
ん!?
唐突に剣王としての記憶が蘇ってくる。
ちょっと待って、え?なに?わたし男だったの?
男というかおっさん!
ありえない、しかも筋肉だるまだし、ないわー・・・
あぁそうかわたし王様だったわ。
騎士団長どうなったんだろう・・・っていうか”剣”の国どうなったんだろう?
いまならわかる、学生の私でもわかる。あれは王様が悪い。
いや私か・・・王様が質素倹約を志すのは悪くない。
だけれど倹約を国民全員に押し付けてしまうのは良くない。
消費を否定してしまう行動をトップ自らやるわけだから、経済が回らずあっという間に不景気まっしぐらになってしまうもんね。 文官さん達が必死に説明してくれていたのに聞く耳を全く持っていなかったもんなあ。聞く耳を持ってなかったというか全く理解ができなかったとも言う。
それでもついてきてくれる人は多かったけれど、みんな脳みそ筋肉でできている人ばっかりだったのかも。根性があれば何でも出来るなんてことを、心の底から信じていた自分が恥ずかしくて仕方がない。
でもあの頃はだいたい根性とか気合とかで物事がうまくいってたような気がしてたんだよ。
さらに悪いことに情報や外交といった分野を軽視しまくっていたため、外務担当や情報担当といった部署は閑職となり、今にして思えば他国から軽んじられていたと思う。
お追従やおべっかにも弱くて周りはイエスマンばっかりだったしねえ・・・
少しだけいた忠臣は王妃と王子の仇討の情報収集に出払ってしまっていたし。
だけれど、あのように”魔”の国と手を結んでまで反乱を起こす必要があったのだろうか、王だって諫言を少し位は聞き入れることもあったような気がしなくもないよ・・・自信は無いけれども多分してほしいような・・・たぶん聞き入れたと思いたい。
どちらにせよ、”魔”の国と言う最悪のパートナーを選んでしまい、クーデターを起こした騎士団長は許されるべきではない。
あれ?でもどうなんだろう?私が王だった頃より国民の暮らしが良くなっているのなら良いのだろうか?
いやいやいやいや、それはそれで物事の道理がおかしい。
とは言え、いまのこの状況でなんのかんの考えても仕方がない。
現実逃避している場合じゃない、私の手がこんなにプニプニになってしまっている。そして体が思うように動かない。
プニプニ可愛らしいおててが見える・・・姪っ子ちゃんと遊びたかったなあ。
じゃなくて!
夢の中で聞いた女神の記憶、これらを総合すると大学院生だった私は、おそらくこの世界に転生して王様となりおっさんになって殺され、更に転生したみたいだ。
今度は一体なにに転生したんだろう?
王様になった時と違って前々世の記憶も少し残っている、何が起こっているのかさっぱりわからないけれど、どうせまた女神さまが贔屓をしてくれたのだろうと納得した。
まずは周りを見渡してみる。
知らない天井だ、いやそうじゃなくて目を動かして見える範囲で見渡すと、わたしが寝ているのは大きな天蓋付きの白いベッド、そしてわたしの隣には母親とおぼしき金髪の女性が寝息を立てている。
わたしの小さなベッドの隣には、くすんだ金髪の若い侍女とおぼしき娘が椅子に座って控えている。部屋の調度品は華美というわけではないが、品の良さと質の高さが感じられるものばかりであった。
何とか女性のほうを見ようとしていると彼女も目を覚ました。
「私のかわいい赤ちゃん目を覚ましたのかしら?」
すごく綺麗な、金髪の女性が自分をのぞき込んでいた。
「どうしたの?そんなに不安そうな眼をして。あなたはエステリア子爵家の娘よ。お父様が何と言おうと、あなたを害させなどはしませんよ。だから安心してお眠りなさい」
とても優しい声音で語りかけられ、あゝこの人がお母さんなんだなと本能で理解した、そして私は唐突に23歳で死んでしまったことを悲しんでいるであろう、前前世の日本のお母さんのことを思いだし涙が自然と出てくる。
気だるそうに上半身を起こし侍女の手を借りながら、わたしを抱き上げ抱きしめてくれる。
今世の母のやわらかでよい香りに包まれて私は眠りに落ちそうになる
そのとき優しい光の翼に包まれどこからともなく声が降って来る
「やっと見つけました」
鈴を転がすようなくすぐったい声が耳元で聞こえる
声のする方をみると白い虎がいた。
大きい、白い、もふもふ。
とてもかわいいけどすごく見覚えがある気がする
「あなたにふたたび祝福を与えましょう」
色とりどりの光の結晶が降り注ぐ中で私は意識を手放し、再び心地よい眠りに落ちた。
強烈な空腹で目が覚め気が付くと泣き喚いていた。
おなかが減ったくらいで泣きたくなるのだからよっぽどだなあと思いながらも、どうしようもなく泣いていた。
するとすぐに泣き声に気が付いたのか、超美人な金髪のお姉さんがおっぱいを寄せてきて、まようことなく私は飛びついていた。お母さまだった。
お腹がいっぱいになった頃合いで引き剝がされ、軽く背中をとんとんされていると「けぷ」っとげっぷが出る恥ずかしい。
ふたたび横にしてもらい、一息ついていると強烈な違和感と不快感が下半身を覆っていることに気が付き、気持ち悪くて泣いてしまった。
今度は侍女と思しき茶髪の少女がおむつとおしりのメンテナンスを始めてくれる。
垂れ流しだった。そしてちょっとしたことですぐに泣いてしまう自分に驚いてもいた。赤ちゃんというのは想像以上に恥じらいとのせめぎあいでしたはずかしいよう。
そしておなかがいっぱいになり、おしめもサラサラすっきりになってまた眠くなってきた。これはやばいくらいに食っちゃ寝だね、なんて考えているともう夢の世界だ。
そんな日々を繰り返していると起きた時にフワフワなモフモフを抱きしめていることに気が付いた。
少しおなかは減っているけどまだ我慢できる、少しは成長しているのだ。
もふもふはよく見ると黒い柄が少し入っており、控えめに言って白い虎の赤ちゃんだった。
めっちゃ可愛いんですけど!やばいやばすぎる。大きなあんよに太い尻尾、愛くるしいお顔と非の打ち所がないわね。
でもこの子ったら剣の聖獣とおなじ色合いね、聖獣以外にも白い体色を持てる動物がいたなんて知らなかったわ。
「この子ったら何を言っているのかしら、私は剣の聖獣・白虎のティグレ。あなたとはそれなりに長い付き合いだったと思うのだけどもう忘れちゃったのかしら」
目の前の猫っぽいもふもふが直接頭の中に語り掛けてきた。
でもでもティグレはこんなに小さくなかったし、私が触ろうとすると嫌がって怒ってたし、こんなにやさしくなかったはずだよ。
この可愛いもふもふがティグレだったなら、新たな王の選定者であり契約者にならないといけないはずなのに。
「すこしは目が覚めてきたみたいね。私にとって国がどうとか王がどうとかって関係ないのよね、私は私にふさわしい魂を選んでいるだけなのだから」
もふもふがほほを擦り付けてくる。これは気持ちいい。
じゃあティグレはそのうち新しい契約者を探しに出て行ってしまうのだろう。さみしいけれど仕方ないよね。このもふもふは手放しがたいなあ。
「なにをとんちんかんなことを言っているのかしら、私がいつあなたとの契約を終えたというの?しっかりと契約中のままよ、剣だって体の内側に感じないかしら」
本当に!?それだととてもうれしいけれど、とりあえず天井に手を突き上げ集中し始める。
「待ちなさい具現化する必要はないでしょ」
もう少し早くいってほしかった、虚空にはすでに神気を放ちまばゆく輝く心剣・・・剣というよりナイフくらいの大きさのものが浮かんでいる。
「レナ・・・それは・・・」
お母様が起きてこの光景に驚いている。
侍女は腰を抜かして椅子から転がり落ちてしまった。
なんだか申し訳ない。
あわてて心剣をひっこめて何事もなかったように
「あーうっ」
と誤魔化しぶりっこしてみた。
「これは神器?そしてそちらの猫は神獣様?」
お母様が真実にたどり着いてしまった。
細かい点では突っ込みどころもあるけれど本質はきっちり抑えていらっしゃる。
「奥様、レナ様は神子さまということでしょうか?」
侍女が言っている神子は聖獣から認められ神器を得たものの総称で、基本的には王室や神殿に召し上げられ大事に育てられることになる。
それは貴族の子息でも例外はない。
前世では王族傍系も傍系だったにもかかわらず王として君臨できたのは、早くから神子に認定され、前王の養子とされ育てられたからだ。
ここがどこなのかはわからないけれど、この世界では神子とはそういった存在で貴重なのである。
「わたしも貴女も何も見ていません、レナは魔力が豊富なため近くにあったナイフを魔法で浮遊させてしまっただけです。こちらの猫様も上位精霊様で神獣様ではありません」
ちょっと前に正解に至ったお母様が突然迷宮入り発言をし始めた。
「そうですカインが聖獣様の覚えがめでたく本家に行ってしまったのです。立て続けにレナまで聖獣様に見いだされるはずがありません。そもそもこの”杖”の国の聖獣様は白鴉さまで、寡聞にして私は猫の聖獣様を存じ上げません」
お母様が侍女に話しながら自分自身も納得させようとしているように見えた。
「・・・わかりました、レナ様はクラリッサ様がたいそう待ち望まれていたお子様ですもの。このハンナ絶対にレナ様を何処にも連れてなど行かせません!」
「ありがとうハンナ。いいですかレナ、まだよくわからないかもしれませんが先ほどのナイフのようなものは人前で決して出してはいけませんよ。そして高貴な猫様わたくし共の子に祝福を与えていただき感謝の念にたえません。できる限りのもてなしをさせていただきますのでどうかわたくしどもの無礼をご容赦ください」
うんうんと必死でうなずいていると。
「ハンナ!この子わかったって返事をしているわ!聡明な子ねやはりレナは天才だわ!」
「ええ奥様、レナ様は神子様ではありませんが天才に違いありません。そしてこの目元など旦那様にそっくりです。かならずや素晴らしい魔法の使い手となることでしょう」
「大変失礼ながら、どちらの高位精霊様か存じ上げません。もし叶うならレナを守護してやっていただければ幸いです。」
その声にこたえるようにチビ白虎のティグレは私の頭を抱えるように寝転がった。
お母様と侍女はこれ以上ないほどに丁寧に子猫に向かってお辞儀をしていた。
早速、黒前世の影(白くて聖獣だけど)が迫ってきましたw
次回も引き続き赤ん坊です。