01.黒前世”剣”の国の王
前世である王様時代の話です
01.黒前世”剣”の国の王
質実剛健を体現するかのような飾り気のない謁見の間に佇む偉丈夫。
鍛え抜かれた歴戦の勇者を思わせる肢体は、壮年を越え老年を迎えたものには見えないほどに、美しく鍛え上げられていた。
その手には身の丈はあろうかと思われるほどの大剣が握られている。
「騎士団長、なぜお前がそちら側にいる」
返事ではなく剣戟をもって応えたのは深紅の鎧に身を包む美しい青年だった。
こちらもまたやや斜に構えながらも素晴らしい装飾の施された長剣を突き付けている。
「我れらが王よ、速やかに天剣を譲っていただけないでしょうか。さすればこの国を豊かにそしてよりよく導いてみせます、あなたにはこれ以上この国を任せてはおけない。このままではすべてが手遅れになってしまう。」
赤い青年が振り上げた長剣を横なぎに振るうのを合図に、いっせいに配下の兵が王のもとへと殺到する。
兵の数はおよそ20その中には見覚えのある顔に混じって青い肌のものが混じっていた。
「魔族と結んだか」
一斉に殺到する白刃、だが王は担いでいた大剣を閃かせその全てを弾き飛ばす。
その膂力は衰えを知らず、後方から飛んできた弓矢を剣圧だけで逸らしてしまう。
「この俺にこの程度の武でまさろうなどと片腹痛いわ」
その一喝に応じるかのように複数のナイフが飛来する。
「小賢しい」
裂帛の気合とともに再び大剣を操りその全てを叩き落とす。
「毒か・・・」
弾いたナイフから飛散する飛沫は致命の毒であり、常人であれば少量でも体内に入れば即座にもだえ動けなくなる。
だが王は無意識に魔力を全身に巡らせると体中から毒とともに魔力を発散する。
「この俺を千毒不侵と知ってなお毒を当てるか・・・愚かな!」
なお襲いかかるナイフを弾きつつ剣舞を舞う。
赤い青年が後方に控えた見慣れない魔術師に目配せをすると、青い肌の男たちが展開していた儀式魔法を発動した。
儀式魔法 ≪怨嗟の牢獄≫
王の周りに複雑な模様の魔法陣が幾重にも現れ、そこから青白い不気味な手が飛び出し王の手足を拘束していく。
「それこの魔法を喰ろうてまだ動けるとはな、さすが天剣に認められる男よ。だがこれまでよ自身の魔力で焼かれるがよい」
青い肌の魔術師たちの中でも高位と思われる老魔術師がニヤニヤと不快な笑みをたたえながら王に向かい言い放つ。老魔術師が呪言とともに杖をふるうと青い炎が大蛇のように鎌首をもたげ王を狙ってくる。
それでも王は大上段より振り下ろした大剣により炎の大蛇を両断する。
同時に大剣を横に薙ぎ払うと鎖のように巻きついていた腕や鎖が霧散する。
「おいおい魔法を斬りおったぞ。そもそもこの結界は龍種を捕縛するために開発したものだぞ。規格外にも程があるじゃろう。だが牢獄はおぬしの魔力が尽きるまで永遠に解けぬわ」
事実切り払った端から再び青い触手や鎖が再び四肢を拘束しようと襲い掛かっている。
そしてふと王は思い出す。
この場所に対抗魔法の仕組みと魔法陣を設置させてほしいと宰相が具申してきており、それに許可を出したことを。
そしてこれは敵対攻撃に対抗する仕組みなどではなく、王自身に対抗するためのものだった。
この魔法陣はすでに2年も前の話であった。
いったいどれほど前よりこの企ては起こされていたのか、自分は何も気づかずに彼らを信用し重用していたのだ。もしかしたら前任の宮廷魔術師長であればこんなことにはなっていなかったかもしれない。
ただ彼は我が王子の仇を探すべく旅に出てしまっていた。
ほんの少しだけ王の心が緩む。
間断なく襲い来るナイフと魔法のコンビネーションに加えて、裏切りが随分以前から企図されていた事実により心のタガが外れてきていた、徐々に攻撃を捌き切れなくなってきたその刹那。
王は自らを奮い立たせるかのように咆哮する。
「もう勝った気か騎士団長。この程度の策を弄した程度で俺を排することができると思うたか!」
王がニヤリと笑い高らかに神への言葉を織り上げる
「我が神に乞い願う、我が捧ぐは己が魂!御身を宿して凶つものを打ち祓わん! 我が身こそは、闇を祓う天の剣」
途端、光が溢れ一帯を神気が覆う。
「バカな、戦闘中に神おろしだと?!正気か!?」
「くっ!この神性・・・まずいぞ!?」
明らかに高次な何かを顕現させようとしている王が光をまといつつある中で、赤い青年はこの事態に驚く様子もなく赤黒い小さなモノを王に向けて放り投げる。
その赤黒いモノを何かと理解した途端、神気は怒気にかわり王は咆哮する。
「貴様、そこまでやるのか、そこまで堕ちたのか!!!」
「すべては民のため、あなたの御代を終わらせるためです」
その赤黒い小さなモノは王の生まれることができず母親とともに亡くなってしまった子供の亡骸。すなわち王の実子の躯であった・・・
そこからの王の記憶は曖昧だった。
怒りにより精神の均衡を保てなくなったところに呪いが発動し更に雁字搦めにされ、このまま生きながらに利用していくという老魔術師の下卑た笑いとあざけり。
怒り狂った王は自らの死の寸前に自身の魂を拘束しようとする強力な呪いを自身の心の剣で断ち切る。その瞬間に意識が急激に遠のいていったのだった。
どこからか慈愛にみちた声が聞こえる
「勢い余って自分の運命の糸まで斬ってしまってどうするのです。繋ぎ直しておきましたから安心してね、私の愛しい子。あと・・・」
そこで彼の意識は暗い闇に沈んだ。
次回、本編(貴族令嬢時代)突入です。