六話
僕は産まれた時から皆に愛されていた。
両親からも大切にされ、兄はとても優しく、いずれ兄弟で国を支えて行こうと話をしてくれた。
僕の周りにいる使用人らも、皆、僕に笑顔を向けてくれていた。
愛されているのだと、思っていた。
だから知らなかったのだ。人の醜さも、浅ましさも、自分を愛してくれる人がどれほど不確かなもので、永遠などないのだということを。
その日の夜は、月のない夜だった。
暗い闇の中にいつもならば見えるはずの星も姿を隠し、どこか恐ろしさを感じるような夜。
時計の音が真夜中の訪れを知らせる。そしてそれと同時に僕の体の中に、何かが入り込んだような違和感を感じ次の瞬間には這い回るようなぞわぞわとした何かが駆け巡っていく。
何が起こったのか分からず、ベッドの上で悲鳴を上げる。
全身を切り裂くような痛みに目の前が真っ赤に染まっていった。
怖い。痛い。怖い。痛い。
何が起こったのか分からず、次に意識を取り戻した時には全身が動かなくなっていた。
言いようのない恐怖が僕の中で動き回り、不安が押し寄せた。
宮廷魔術師の話によれば、何者かによる呪いであり、見た事のない術式だと言う。元々魔力量の多かった僕だからこそ命があるようなもので、もしこれが魔力を持たない人間だったならば、即死だったと言う。
その時は、死ななかったことに安堵した。
けれど、僕はその日から、人間の愛の不確かさを知り、醜さや悍ましさを、身を持って体験していくこととなる。
僕は自分が愛されていると思っていた。
けれどそれは違ったようだ。
笑顔を向けてくれていた使用人らは笑顔を見せなくなり、その代り、僕を見る度に憐れみと蔑み、恐怖の入り混じった表情を浮かべるようになった。
僕の乳母は、笑わなくなり、僕が近寄るのすら怖がるようになった。
両親や兄には宮廷魔術師に止められ会えなくなった。呪いがうつってはいけないとの配慮らしい。その話をどこから嗅ぎつけたのか、使用人らも呪いがうつることに恐怖するようになった。
一人、また一人と僕の周りから人はいなくなった。
一年寝たきりだった僕が、宮廷魔術師らの尽力によりどうにか体を動かせるようになると、今度は会う人会う人の視線が気になるようになった。
老婆のように白くなった髪のせいなのか、はたまた、魔獣のように醜い赤い瞳のせいなのか、人間の眼は僕を捕えると醜い色に染まる。
怖いと素直に思った。
人間が怖い。僕は恐怖から逃れるように療養地へと引っ込んだ。誰にも人には会いたくないと思い、部屋に引きこもっているうちに、魔力がだんだんと無意識に広がって行ってしまった。抑えようとしても収まらず、自分では制御できずにどうしようもなかった。
体を襲う引き裂く様な痛みも未だ消えることはない。
あの呪いを受けた日、僕は死んだ方が楽だったのではないかと考えるようになった。
生き残ってしまった事が間違いだったのだ。
そう思うとさらに魔力は広がってしまい、収拾がつかなくなる。
もしかしたらこのまま自分は死ぬのかもしれない。そう思っていた時だった。
とても美しい人が僕の元へと現れた。魔力の渦をものともせず、呪われた僕の手を自然と握るその女の人からは蔑みも憐みもなく、ただ真っ直ぐに僕を見ていた。
魔力によって揺れる髪は蜂蜜色で、瞳は宝石のエメラルドのような色合いで美しい。
メイドには見えなかった。けれど、こんな場所に来るなんてメイド以外に思いつかなかった。
そして、彼女はローズと名乗り、僕のメイドになった。
人間が傍にいてほっとする感覚を、久しぶりに思いだし、自分の中にまだ人を恋しく思う心が残っていたことにほっとした。
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