二十八話
ローズが呪いに掛けられ眠りについてから約一年、ジルは毎日ローズの眠る部屋へと訪れては、空っぽのローズに話しかけていた。
庭の花が咲いたことや今日の天気はとても気持ちがいいことなど、他愛のない、日常のことをジルは一人で話をする。
「ねぇローズ。早く目を開けて。僕は、君ともっと話がしたいよ。」
自分自身に掛けられていた呪いが解けた時、ジルの心にあったのは喜びではなかった。
ずっと呪いを解きたいと思っていた。なのに、呪いが解けた時に思ったのは、ローズが隣で笑っていてさえくれたら何もいらないということ。
地位も、他の者からの信頼も、何もかもがどうでも良く感じた。
本当に大切なものは、隣にあったのに。
けれど、今、ここにはない。
冷たいローズの頬を撫でれば、ローズの心がここにはない事が分かる。
「ローズ。どこにいるの?」
これはただのローズの体。ただの抜け殻。
体が朽ちて行かない様子から見て、ローズの魂はどこかに必ずあるということ。
第一王子であるライアンへ尋問したところ、ローズへ放った呪いは魂を抜き取ると言ったものであり、ローズの魂はエミリの手にあるものと思われた。
結局ライアンも利用され、そしてあれほど愛を囁き合っていた女性に意図も簡単に切り捨てられた。
ライアンは現在幽閉されている。
タージニア王国側へは今回の事件に関して、エミリの引き渡しを要求したがそれを拒否され現段階では国同士の間が緊迫した状況になっている。
タージニア王国は呪術を操る国と言われている為に、こちら側もこれまでは公にはつかず離れずといった国交を行ってきたが、今回の件をリベラ王国は黙っているわけにはいかない。
第二王子の、婚約者であるローズに呪いが掛けられたのだ。しかもローズはこちらの国の公爵家の令嬢である。
それを知った時には、何故自分に婚約者だと打ち明けてくれなかったのだと言う動揺と、ずっと何かを言いたげにしていたのはこのことだったのかという苦笑が浮かんだ。
ローズは変な所で抜けている。
そしてそれは自分もなのだろう。
ローズは明らかにメイドというには所作や言葉遣いなど、洗練されていた。なのにもかかわらず、何も疑っていなかったのだから自分も相当な阿呆だろう。
いずれは自分で力をつけて、ローズを婚約者にしたいと願っていた。それがすでに叶っていたのだから笑ってしまう。
「ローズ。絶対に君を取り戻して見せるからね。そしたら覚悟してね。これでも僕、怒っているんだから。」
自分には味方が足りなかった。情報を得る手段も持ちえないただの加護の中の鳥。
だからこそ、この一年で城には味方を作り、信頼できる者達で自分の周りを固めた。第二王子としての地位を確立し、その上でやっとタージニア王国に向かう事を許された。
国境で、なんだかんだと難癖をつけられて半月も足止めされるとは思ってもみなかったが、たかが半月、その程度遅らせたところで問題はない。
タージニア王国の裏の顔についても調べてある。この一年でタージニア王国側に送った部下からの情報によって反吐が出る内容の把握も出来ている。
これでもし、ローズが無事でなかったなら。
ジルは背筋を伸ばし馬にまたがる。
良く晴れた気持ちの良い日にタージニアの城下町を進むと言うのも皮肉なものだと感じた。
見物気分なのだろう。街道沿いにはたくさんの人が溢れており、こちらに視線を送ってくる。
民に罪はない。そう思いながらも、この国の実態を知らずにのうのうと生きる人々を見ると憎々しく思ってしまう自分が嫌になる。
その時だった。
不意に、温かな懐かしい魔力を感じた。
ローズがいる。
周りに気付かれないように視線を巡らせるが、人の多さで分からない。だが、視線を感じた。あの春の木漏れ日のような優しい魔力が確かに感じられた。
どこにいる?
微かな魔力であった。ローズが魔力を使ってくれさえすれば居場所が分かるだろうが、わずかな魔力ではこの人込みでは見つけることが出来ない。
けれど、確かにこの国にローズがいる。
必ず見つけてみせる。
僕は真っ直ぐ前をそう決意を固めた。
頑張ります!




