満員電車
2作目です。
お手柔らかに。
僕こと山田猛は今、猛烈に危機的状況に瀕している。
普通の環境で育ってきた男子高校生ならなんてことはない日常のワンシーン。
通勤ラッシュでごった返す地下鉄で、隣に超絶美少女が座っている。かわいい。近い。なんかいい匂いがする。
それだけのこと。
それだけのことが、うだつのあがらない陰キャ高校生には衝撃的な非日常的カットになってしまうのだ。
車両が動き出す度にかすれるふともも、布越しに感じる柔らかな感触。
冷房は効いているはずなのに、尋常じゃない程の冷や汗を僕は止めることができない。
気持ち悪いと思われていないだろうか。
なんせ体が密着してしまっているのだ。
それだけが気になり始めた。
顔色を伺おうと、不自然にならないように少しだけ視線を彼女にずらしたが、一見したところ表情に不快な色はない。
どうやら僕が脇汗も滴る良い男であることはバレていないらしい。
僕は安堵すると同時に幾ばくかの余裕が生まれ、あとほんの少しだけ視線をずらした。
彼女の視線はずっと片手間に操作しているスマートフォンに向けられている。
艷やかな長い黒髪に隠された端正な横顔は、一口に言って美しく、ヴェールに覆われたような純白の肌に繊細な睫毛、それらは互いに調和していて、知的な凛々しさを内包していた。
「綺麗だ。」
気付けば僕は真正面に彼女を捉え、流れるように、それが自然の理であるかのように、言葉にしてしまっていた。
彼女は肉食獣の危険を察知したシマウマのようにビクッと体を震わせると、スマートフォンを握る手はそのままに、恐る恐る隣の変態、山田猛に視線を向けた。
見つめ合う、うら若き男女、青春の1ページ。
ではなく、変質者を捉えた犯罪の目撃現場、といった方が正しくこの状況を表すことができているだろう。
沈黙
16年の人生が走馬灯と共に僕を迎えに来ようとしていたところ、口を開いたのは超絶美少女だった。
「……ありがとう。」
その表情には、困ったような笑顔が張り付いていた。
「は……はい。すみません。」
制服を来ているとは言え、初対面の変質者を相手に大人の対応を見せる彼女の器の大きさに心をえぐられ、反射的に謝ってしまう。
彼女は沈黙を怖れるように言葉を紡ぐ。
「えっと、うちの生徒だよね。1年生?」
「はい。」
「そっか……名前は何ていうの?」
「山田猛です。山田に猛です。」
「説明雑だね。……まあ名前が分かりやすいっていいことだよね。」
無理やりフォローをさせてしまった。
何か返そうと頭を巡らすが、こみ上げる不甲斐なさが喉につっかえて、思うように言葉が出でこない。
沈黙、そして沈黙。
それから学校の最寄り駅まで会話はなく、電車を降りて気づくと彼女はいなくなっていた。
正門までの坂は、桜並木に彩られている。
対象的に僕の心は荒波で、今にも悔恨の海に溺れそうだ。
どうせ僕みたいな根暗で特に長所もないただの変態なんか……
自身を罵倒する表現ばかりが詩人めいて頭に浮かぶ。
彼女はテニス部のキャプテンとかと付き合うのだろうか。
そして今日の僕との会話なんてすぐに忘れてしまうんだろうな。
どのみち僕の希望のない青春は、早くも今日を限りに幕を引いてしまったのだ。
高校三年間は諦めよう。
固い決意にひとりでに頷いたその時、
冴えカノよろしく、まさに奇跡が降ってきた。
肩を叩かれた感触に振り返ると、
そこに立っていたのは春風たなびく超絶美少女だった。
「山田猛くん。お近づきの印にこれあげるね。」
そう言ってひょいと投げられたのは赤い林檎だった。
とっさに両手で広い受ける。
彼女は僕の言葉も聞かずに、てくてくと校舎に走っていった。
林檎に目をやると、マジックペンで一言添えてあった。
なんて書いてあったと思う?笑
えーどうしよっかな〜、そんなに聞きたい?笑
仕方ないなぁ笑
全く欲しがりなんだから笑
【よろしく、猛くん!】
だって。でゅふふ。
どうやら僕の終わりは終わってくれないらしい。
読んで頂きありがとうございます。
この作品に関しては少しづつ続きを書いていきたいです。