八話 一歩前へ
駅前に何日も張り付いても沙奈から依頼があった人物は見つけられないでいた。しかし、沙奈の友人である未咲がその人であると古都梨は言うのだった。
優芽は人相書きをカバンから取り出し、未咲と見比べる。
「いや、古都梨、それは違うと思う。だって人相書きの髪は短いし、何年か年上だろうし、顔つきも違うように見える。」
「それ見させてもらっていいですか?」
未咲も沙奈の探し人の人相書きが気になったようで、それを見る。
そして残念そうに肩をすくめる。
「この人が沙奈の探している運命の人なんですね……」
未咲も沙奈から話を聞いていたのだろう人相書きを見て、その人だとわかったようだった。
そしてその人相書きを優芽に返す。目にはうっすら涙が浮かんでいるように見えた。
「私だったらよかったのですが、私じゃないですね。ただ地元でも見ない人です。」
と悲しそうに言い、首を垂れる。
その様子から未咲は沙奈に強い好意を持っていたようだった。
優芽はなんと声をかけていいかわからず、古都梨を見る。
すると古都梨は人相書きを優芽から取り、未咲の傍によると手で未咲の前髪を上げる。
「もっときりっとした顔をしてみて。」
「え?」
古都梨にそう言われ、未咲はわけもわからず、真剣な表情をする。
「どう、少しは人相書きと似てるでしょ。」
古都梨にそう言われ、優芽は比較するが、少しは似ても別人のようにしか思えなかった。
優芽は首をかしげる。
「まぁ確かにわからないか。それなら、未咲さん、あなた町を出るときに、沙奈さんに何を伝えた?」
「え?それはその……。沙奈ちゃんから何か聞きましたか?」
「聞いています。熱い告白とこの街で待っていると伝えられたと。」
「沙奈ちゃん覚えていてくれたんだ。その後に運命の人にあったみたいで、忘れられているのかと思ってたのに。」
古都梨はにやりとほほ笑む。
優芽は沙奈の話を思い出していた。沙奈は友人の送迎の時には友人とは会えずに運命の人と会ったと言っていた。でも未咲は会ったと言っているのだ。
となると、もしや。
「未咲さん、その時に髪型や服装はどのような恰好でしたか?」
「……恥ずかしい限りなのですが、かっこつけて、入学式に切る用のズボンとカッターを着て、髪はショートヘアでまとめて挑みました。」
「すいません、その時の恰好になってきてもらえませんか?」
「今からですか?」
「そうです、今からです。それまでに沙奈さんの居場所をなんとか突き止めます。」
そう言い、優芽は未咲を送り出す。未咲は恰好を変えるために一旦自身の住むアパートに向かったようだった。未咲を見送ると、優芽はカバンからディスプレイを取り出す。
そして操作すると地図が出て、そこに一つの赤い点が表示される。その赤点には沙奈と名前がついていた。
そしてその赤点の場所は最初の依頼人真紀のアパートを指していた。
優芽は駅から真紀の家に向かう。真紀の部屋の前に立つと呼び鈴を鳴らす。
「夜分にすみません。探偵事務所の優芽です。」
と声をかけるとしばらくして、ドアが開き、真紀が現れる。
「真紀さん、ここに沙奈さんはいらっしゃいませんか?」
「どうしてそれが?」
「勘と経験ですね。」
優芽がそういうと、真紀は考えるような表情をして、背後を見て、沙奈を呼ぶ。
そして沙奈はどたばたと玄関口に現れた。
「あれ、優芽さん、どうしてここに?もしかして見つかった?」
「それは後です。それより沙奈さんはなぜ真紀さんの部屋に?」
「駅で見張っていたら、声かけてもらって。そのあと一緒に話聞いてもらってたんです。で、そのままこの部屋でお互いのこと話していました。」
「なるほど。そういえば昨日も駅前でお会いしましたね。」
優芽は納得したように頷く。沙奈の表情は明るかったが、真紀はさみしそうな表情をしている。
「沙奈さん、ちょっとついてきてもらっていいですか。」
「えっ、それってもしかして。」
「はい、来てください。」
優芽に促され、沙奈は真紀のアパートから出る。玄関口で沙奈は真紀に振り替える。
「真紀さん、今日も家にいれてくれてありがとう。学生時代の話、とても楽しかった。遠距離恋愛の話は悲しいけど」
「沙奈ちゃん、聞いてくれてありがとう。私も話せて気が楽になった。」
真紀は寂しげではあるが笑みを浮かべ、沙奈を見送る。最後に沙奈は真紀に振り返る。
「あ、そだ。真紀さん、まだその人のこと気になっているのだったら連絡とったほうがいいと思う。」
「……。そうかもね。ありがとう。」
沙奈と優芽はアパートを出て、しばらく歩き線路がそばにある薄暗い道に入る。
駅方向に向かっていくと、立っている人がいた。少し離れたところには古都梨がいた。
古都梨に気づくと、優芽は立ち止まり、沙奈は前に進んでいく。
その立っていた人は人相書きの人物とは違うように見えるが、ズボンにスーツ姿でショートヘアと近い部分もあったが暗がりで顔つきはよく見えなかった。
沙奈は頬を赤らめて、その人のもとに立つ。電灯の逆光になり、沙奈からはその人の表情はよく見えない。
「あの、あなたは以前お会いして、運命の人と呼んでくれた人ですか。」
「……。沙奈ちゃんのことが一番大好きで、最初に会った時に時が止まったかのように感じた。この街に来てくれてありがとう。会えて本当にうれしかった。」
「嬉しい。」
沙奈はその人に抱き着く。その人は抱き着かれたことで体をこわばらせ、顔を上げて固まる。その顔は沙奈の友人の未咲だった。沙奈はその顔を見て、ぽかんと固まる。
「あれ、未咲?どうして」
沙奈に問われ、未咲は何も返せず顔だけ赤くなっている。優芽も古都梨もそれを遠目でみて、勇気出せと言いたくなっていた。しばし沈黙の後未咲は熱意のある真剣な表情になった。
「沙奈ちゃん、私がこの町に来る前に、最後に言ったこと覚えてる?」
「……私見送りに間に合わなかったし、未咲からは何も聞いてないと思ってた……」
「あの時は緊張していて、言い切って逃げてしまった。沙奈ちゃんの返答聞く前に逃げちゃったんだ。」
未咲はそういうと沙奈から体を話し、沙奈を真正面に見つめる。
街灯の光は未咲の姿を映していて、表情もしっかりと見て取れた。それは人相書きの人物とは別の人のようだったが、真剣で強い表情をしていた。
「沙奈ちゃん、私はあなたのことが大好きです。あなたと会えたことが運命だと思っているし、ずっと一緒にいてほしい。」
そういうと未咲は手を前に出す。沙奈はその手を取らなかった。
沙奈は前に飛び込み、未咲の腰に手をまわし、顔を胸に押し当てる。沙奈の目のしずくが光ってみえた。
「未咲だったんだ。なんだよ。本当。何ですぐ言わないんだよ。」
沙奈は未咲の胸に頭をうずめ、首を左右に振りながら泣きそうな声でいった。
「だって、この街に来たと思ったら、別の人のこと話してたし、わかなかったんだもん。私だってずっと苦しかったんだよ。」
「そうだったんだ。私のこと避けていたわけじゃなかったんだ。」
「避けるわけない。一緒にいられて本当にうれしいし、……これからもずっとよろしく」
そういうと沙奈と未咲はじっと見つめあう。
そして、二人は街灯の下で
古都梨と優芽は、それ以上は野暮用だとその場を離れた。
帰り道に古都梨は優芽にもたれかかり手をぎゅっと握る。優芽もその手をぎゅっと握り返した。