七話 少女は探しています
探偵事務所内に緊張した空気が漂っていた。
「……。次はあなたが依頼人ってこと?」
「はい、優芽さんに依頼したいです。」
古都梨の敵対感のある言葉は気にしないようで平然と沙奈は続ける。
「私の運命の人がこの町にいるはずなのです。」
「運命?」
古都梨は首をかしげる。
「私が生まれた町にいたときに出会った人です。素敵な人でした。身長は優芽さんと同じかそれ以上で、落ち着いた人を引き付ける声をしていて。」
よっぽどその相手のことに強く好意を持っていることが伝わるくらいうっとりとした表情で沙奈は続ける。
「その人は私のことを運命の人、愛しい人って呼んでくれたのです。そしてこの町で待っているから一緒に住もうって。」
「初めてあった人にいきなりそんなこと言う?」
「確かに普通だとそんなこと言われると気味が悪いってなると思います。でもその人はなんていうか親近感があって身近で、でも憧れるようなとこあって、とても素敵な人だった。」
古都梨は最初ふーんと興味なさげだったが、だんだんと耳を傾け始めているようだった。
「その人とはいつ出会ったのですか?」
「数か月前くらいです。今住ませてもらっている友人の見送りで、駅に向かっているときに急に話しかけられて。」
「何で連絡先聞かなかったの。」
「いきなりだったし、心臓もバクバクだったし、何も考えられなかったんです。何かもうキューんってなって。それで急いでいたのか話した後にすぐ去っていくし。」
「それでこの町に勇気出して出てきたんだ。その人に会いに。」
「はい。何か話しているとバカみたいって思っちゃいますけどね。」
「私はそう思わない。」
急に古都梨は強くそう言われ、沙奈は驚く。
「あなたのことを誤解していたかも。真剣に相手を探していたんだ。」
古都梨は感心したように言った。優芽はそれを見て安心し、依頼を遂行するために聞き取りに入る。
「その人の容姿から服装まで話してくれますか?」
そして沙奈はその相手の容姿などを話した。
人相書きを取りながら、聞いていくとズボンとスーツを着ている社会人で、高身長。寂しげな表情や仕草をしていたところ、そして自信な雰囲気があることがわかった。
「この町に来た時にはたくさん素敵な人がいて、この人がその運命人と思ってその人のところに行ってしまって、優芽さんももしかしたらと思ったんですが、近くでよく見て話すと違うみたいで。」
沙奈はあまり人の容姿を覚えられないというか、気にしないのかもしれないと優芽は思い始めていた。
「ところでその人は本当にこの町にお住まいなのでしょうか?」
「この町にいるはずなんです。そう聞いたんです。」
「わかりました。この依頼引き受けます。」
強く沙奈にそう言われ、優芽はそう返したのだった。
沙奈を見送った後に事務所で、優芽は人相書き記憶し、次の日の張り込み計画を作成したので、帰宅しようと古都梨をとみると、古都梨は聞き取った話をもとに熱心に依頼記録としてまとめていた。
「この件、嫌ってそうだったのに、熱心だね。」
優芽がそういうと古都梨は手を止めて、優芽を見る。
「最初は芯のない子って思ったけど、自分の思いを大切にして真剣だったから、手助けしたいって思えた。」
「私もそう思った。」
「それに……。」
「それに?」
「危なっかしくて心配。早くその相手に合わせて落ち着かせないと本当に事件に巻き込まれそう。」
と古都梨は言った。
優芽もそれには頷くしかなかった。
そして次の日、優芽は駅前で張り込みをする。人相書きの女性を探すが、沙奈に聞いた通りの人物はいない。そして次の日、また次の人時間を見つけては駅前や近くの繁華街に張り込むがそれらしい人は見かけなかった。
調査報告は一週間なので、期日はだんだんと少なくなっていた。
残り期日が残り半分の三日となった時に沙奈が事務所に現れた。
沙奈に状況を報告すると残念そうな表情をした。
が、すぐ前向きに何か協力できないかと聞かれたので、二人はその日一緒に駅前で張り込むことにしたのだった。
駅前に到着し、別の改札口を二人で見張ってはいたが、それまでと同様にそれらしい人はいなかった。
以前の依頼人である真紀が横切り、会釈を返したが、それくらいだった。
沙奈は意気消沈とした風で事務所に優芽と戻る。
古都梨は二人に温かいお茶を入れてくれる。
「はぁ、冷静になってみると、人を探すのは簡単じゃないですね。」
沙奈はお茶の入ったカップを両手で持ち、中の液体を眺めながら、寂しそうにそう言った。
「もしかしたら思っていた姿とも違うかもしれません。いやこの街ですらなかったりしたら、もう。」
「最後まで諦めないほうがいいよ。」
沙奈が悲しそうに言うことに対し、古都梨は優しくそう言った。沙奈が顔を上げて、古都梨を見る。
「私も諦めなかったから今があるんだよ。」
古都梨が微笑み、そう言うと沙奈に笑みが戻った。
そして調査報告まであと二日となった。
優芽はその日は朝から張り込みをしたが、見つからないでいた。そして別件で何回か抜けて、途中からは沙奈も駆けつけて、協力して探したが、夕方となっても人相書きの人物は現れなかった。
優芽は時間になったので、沙奈に声をかけて事務所に戻ろうとしたが、沙奈はまだ張り込むということだった。
優芽が事務所に戻ると古都梨はおかえりと振り向く。優芽の様子を察して、それ以上は特に状況については聞かれなかった。
優芽は次の日が最終日であるが、調査報告をまとめていた。
追加の手がかかりもなく、進展もないため、恐らく次の日も期待はできないと思っていた。
それに別の案件を次の日は進めないといけないため、時間も取れないことが想定されたからだ。
そして時間は過ぎていき外が暗くなっていた。優芽は仕事をしていたが、古都梨は優芽の仕事が終わるのを待っているようだった。
ドンドン。
Closeの看板が立ち、カーテンが閉じられていた事務所の玄関扉をノックする音が聞こえた。
優芽はこんな時間に来客は予定していなかったので、いぶかしむが、玄関扉に向かいカーテンを開く。そこには大学生くらいで肩まで掛かる髪の女が立っていた。身長は優芽と同じかそれ以上あったが、あか抜けない服ではあったが、顔つきからは知的な雰囲気があった。
「あ、夜分にすみません、ここに沙奈がいるのではと思って来たのですが、いますか?」
「失礼ですが、あなたは?」
「私は沙奈の同居人の未咲です。」
「沙奈さんの滞在先の友人の方ですね。沙奈さんは夕方までは駅前で一緒に人探しをしていましたが、さすがにもう帰宅されたはずですは」
「それが帰ってきてなくて、電話などでも連絡がとれないのです。」
「……それは心配ですね。まだ駅前にいるかもしれませんが、見に行きますか。少し待ってください。」
優芽は駅前に向かう準備を素早くする。
その足で帰宅できるように準備を整えると、古都梨と共に事務所を出る。
古都梨は未咲を怪しげに見ていた。
駅前に付くと人通りは少なくなっていた。未咲と手分けして複数の改札口を見て回ったが、沙奈の姿は見つけられなかった。
未咲が再度電話をかけるも沙奈にはつながらなかった。
「駅にはいないようですね。今までこういうことはありましたか?」
「……。少し前までは運命の人を探すといって、色々な人のもとに転がり込んでいたみたいで、連絡は取れませんでした。でも最近はひと段落ついたのか、毎日家に帰ってたんです。それが今日突然帰ってこなくて心配で。」
「そういうことですか。それならもしかしたらまたどなたかの家に。」
「そうかもしれません……」
未咲は悲しそうにうなだれる。未咲は沙奈のことを気にかけているようだった。
「あの以前に沙奈さんから聞いたのですが、未咲さんは沙奈さんの長くの滞在をあまり良いものと思われていないと聞いたのですが。」
「え、それは違います。私は沙奈ちゃんと一緒にいれてしあわ…楽しいと思っています。」
未咲は驚いて否定する。沙奈から聞いていた話とは違い優芽は不思議そうに思った。
その二人を古都梨は静かに見つめていたが、急に前に出て未咲の顔を見上げる。
未咲は突然見つめられてキョトンとした表情をしている。
古都梨はそれで満足したようで、優芽のほうを向いた。
「この人があの人相書きの人。」