お嬢さまの身代わり⑧
「では。後程、食事会の席でお会いしましょう」
あれ?いつの間にか私たちの後方に、執事さんが音もなく現れた。それに気付いて王子様が立ち止まったので私も自然と足を止める。耳打ちされた内容にコクンと頷くと手で下がるように促している。案内はここまでだと言うように、微笑まれた王子様が私の手の甲に再度キスを落としてから来た道を戻って行ってしまった。
私の思考が遠くに行っている間に、決定権が無くなっていたようです。てか、いつ食事会の話なんてしたかな?てか、会話してたのかな?うーん、と悩んでいると後ろから少し年配のメイドさんが現れて、「お部屋にご案内致します」と深々お辞儀をされて丁寧に案内されました。
「こちらがアシュテイル様のお部屋となっております」
「……す、素晴らしいです」
すごって言いそうになった。必死に言葉を繋げたけどバレなかったかな…。でも、本当に凄いしか言えない。内装は、青を基調とした壁紙に淡い水色のカーテン。高級感のある絵画や、置物。衣裳部屋が二部屋もあるって聞いて開いた口が塞がらなくなった。トイレと浴室。扉の奥は、談話室となっていた。一人用ソファーが二脚あり、その間に丸いテーブル、暖炉の傍には長椅子が一脚ある。壁一面には多種類な本が並べられていた。でも、自分の向かい側に扉を見つけてしまい、ここは夫婦共同の談話室なんだと気付いてしまい、逃げるように部屋に戻りました。
「アシュテイル様のお世話をするメイドを紹介致します。左からエミリー、アリス、フラーで御座います」
「エミリー、アリス、フラーね。これからよろしく」
「「「精一杯頑張ります」」」
先ほどの年配で貫禄あるメイドが一人ずつ紹介していく。目を合わせ名前を確認しながら、にっこりとほほ笑んだ。私は伯爵令嬢、私は伯爵令嬢と頭で自分を奮い立たせた。まだ三人の特徴は分からないので、今後付き合っていく内に仲良く出来たら良いな、って言っても離縁されたらそれまでだけど。
お疲れでしょうから、と少し休息の時間が取れました。義父と義母は、きっと自分が働く場所を案内されているんだろうと予想して、私は談話室にある本を読もうと思う。だって、伯爵家にもなかった本がありそうだし、何か所々の場所に魔術の文字が見えた。これは、さっきの馬車が浮いた魔法を調べられるんじゃないか!そう考えるだけでワクワクしてきた。善は急げと談話室に侵入すると魔術の記載がある本を一冊抜いて開いてみる。
「………読めない」
がーん、って効果音が聞こえてもおかしくないぐらいショックだった。ページを開いても文字が読めない。表紙は読めるのに中身が読めないのはウィンターソン王国の言語だからなのかな。なら、覚えれば読めるようになるかも。今は読めないので魔術の本は本棚にしまって、私は他の本を手に取った。その本は、ウィンターソン王国に伝わる伝記を絵本にしたもののよう。気になった私は本を持ったまま、一人掛けソファに座り、静かに読み始めた。
* * *
なかなかお部屋に戻ってこないアシュテイル様を捜しに談話室に訪れたフラーは、絵本を抱えたまま寝ているアシュテイル様を見つけた。寝ている彼女を起こす様な無粋な真似はせず、静かに談話室を離れ部屋を捜しているエミリーとアリスに事情を説明する。その足で廊下に出ると左隣にある警護が二名着いている部屋に向かう。第一王子の寝室だ。
「アシュテイル様付きのメイドがお会いしたいそうです」
「入れ。令嬢に何かあったのか?」
「アシュテイル様が談話室で寝てしまいました。起こした方がよろしいでしょうか?」
「起こす必要はない。食事会は中止にしよう。アダム、父上と母上に通達してきてくれ」
武装した警護の二人の前で立ち止まると、扉の前で二人に声をかける。その内の一人が扉をノックして室内に聞こえる声でお伺いをたてる。直ぐに返事が返ってくると、二人は静かに扉を開いた。丁度、支度を終えた第一王子様が今からアシュテイル様を迎えに行こうとしている所だったらしい。怪訝そうな表情を浮かべている王子様に深々とお辞儀をした。王子様は自分専用の執事に指示をすると、そのまま談話室に向かってしまった。