お嬢さまの身代わり⑥
時間は直ぐに過ぎてしまい、遂にこの日が来てしまった。
朝起きて、義母に身支度を整えて貰う。いつもより念入りに化粧を施され、髪も短いなりに工夫して編み上げてくれる。これから、カバン一つと、義両親の三人で私は知らない土地に向かうことになる。途中までは御者が馬車を走らせてくれるけど、国境で御者はUターンする。
「…大丈夫よ」
「一緒に来てくれてありがとう」
「当たり前でしょ。あなたは私たちの可愛い娘なんだから」
わかりやすく顔に出てしまってたみたいで、鏡越しで義母を見つめると微笑まれた。緊張が伝わってたみたいで少し恥ずかしい。だけど、緊張しない方がおかしいと思う。
二人が一緒に来てくれる事に感謝の言葉を伝えれば、フフフと優しい顔で見つめ返された。義両親は四十代だけど見た目は三十代にも見える程若い。きっと、若い時は義母を取り合っていたんじゃないかと想像出来た。
「そろそろ時間ね…先に行っているわ」
身支度を終えて、義母が私のカバンを持って部屋を出ていく。この屋根裏部屋を出れば私はアシュテイル令嬢とならなきゃいけない。鏡の前で気を引き締めてから私は覚悟を決めて部屋を出た。
4階分の階段を降りると、玄関ホールに旦那さまと知らない男性が立っていた。旦那さまの顔色が少し青ざめているように見えるけど、私に気付いたみたいで無理矢理笑顔を作っていた。
「サユリ、しっかり旦那に尽くすんだぞ」
「……お義父さま、今まで育てて頂き誠にありがとうございました」
目の前に立つと両手で肩を掴まれる。少し力が入ってて痛いです。だけど、我慢して私は役になりきります。ドレスを両手で摘み深く屈みながら感謝の言葉を伝える。顔を上げると、旦那さまの満足そうな顔が見えて、成功したことにホッとする。安心したら、さっきまで見知らぬ人がいたことを今更ながら思い出して、視線を向けた。
「お声をかける無礼をお許し下さい。私はウィンターソン王国第一王子の御者でカーターと申します。第一王子から指令を受け、馬車でお迎えに参りました」
「遠くからご苦労様です。私の御者だと道に迷いそうで心配でしたが、カーターが来てくれて助かりました」
ウィンターソン王国?第一王子?え?相手が王子なんて聞いてませんけど?
情報処理が追い付く訳もなく、私の頭上にはハテナマークが何個も現れている。ジッと旦那さまを見れば直ぐ様避けられてしまった。
王子からの求婚だったら断れないの当たり前じゃん。お嬢さまが行けば玉の輿じゃん。えええ…こんなの拒絶したら首切りものじゃない?これって、絶体絶命って感じ?
内心大慌てなんだけど、それを顔には出さずに微笑んで見せる。御者は安心したように微笑むと「馬車で待っています」と伝え玄関から出て行った。
「お世話になりました」
「…ああ」
心の中では旦那さまに不満を漏らしてたけど、それでも決めたのは私なので諦める。もう一度今までの感謝を伝えると、今度は視線を逸らしたまま頷いた。まだ私に言ってない事がありそうな態度だったけど、玄関先で待っているカーターの事を考えると何も聞くことは出来なかった。