お嬢さまの身代わり②
「「「「お帰りなさいませ」」」」
「サユリ、一緒に来なさい」
執事、メイドが玄関ホールに総勢集まる空間は圧巻だった。私はメイド長の隣に陣取り頭を下げていたけど、旦那さまの片手が上がったのを合図に顔を上げる。上げるタイミングも全員とタイミングを合わせないといけなくて大変だったな。まだ、結婚するって決まった訳じゃないのに懐かしく感じちゃった。
っと、旦那さまと目が合っちゃった。あ、やっぱりさっきの話するんだ。少し表情の硬い旦那さまの後ろを着いていく。義父が心配そうな視線を向けてきたので、笑顔を見せたけど、きっと下手くそだっただろうなぁ。
「座りなさい」
「あ…はい」
緊張感が漂う執務室。上質なソファーに促されてしまえば座らざるおえない。しかも、視線も早く座れと言ってるように見えて、おずおずと座ると良く沈む。体勢を整えて真っ直ぐに旦那さまを見つめた。
「リリアナから聞いていると思うが……はぁ。実はな、この求婚はリリアナに向けた物なのだが…あの子の性格を知っているだろう?はぁ……、どうしたもんか…はぁ」
旦那さま、溜息二回もついてます。あ、三回目。まあ、リリアナさま宛なのは知ってたけど、ここまで曖昧に言われるとわかります、とは言えない。わかってるから。これ、返事したら終わるやつだと思う。だって、旦那さま溜息つきながらチラチラこっち見てるし。私が言うの待ってるし。あー…もう。
「リリアナさまも政略結婚を拒否出来ないことはわかっていると思いますが…」
「ああ、それはな…だが、今回の相手はリリアナでも拒絶してもおかしくないのだ…相手は、獣人だからな」
「……じゅう、じ…ん?」
「お前は獣人の存在を知らないのか。獣人はな―――」
旦那さまが獣人の怖さを説明しているみたいだけど、私の耳には全くもって入ってこない。だって、獣人だよ?耳と尻尾が生えてて、しかも獣にも変身出来るんでしょ?ええ、可愛いだんだけど。想像しただけで、モフりたくなる。
「聞いてるのか?」
「聞いております」
嘘です。一切聞いてませんでしたが、メイドなので顔には出しません。魅力的なお誘いに心がガタガタ言ってます。だけど行ったら帰って来れなそうな気もするので、行きたい気持ちも半減する。まあ、最終的な判断は私が下せる訳もなく。
「リリアナに危険な国に嫁がせるのは忍びない。だが、財政破綻しそうな我が家にはこの婚姻が命を繋ぐ唯一の手段なのだ。我が家の為に、リリアナの為に嫁いでくれないか?不安ならば、ティルズとマーサを一緒に連れてってくれて構わない」
爆弾発言じゃないですか。そんな困窮の中で私を拾って育ててくれたなんて、そこまで言われると私は断ることは出来ません。しかも、義父と義母までつけてくれるなら何かあっても助け合えそうです。でも、一つだけ気になることがあるんだよね。
「旦那さま、私はリリアナさまになるのでしょうか?」
「いや、手紙には伯爵令嬢としか書いてなかったからな。サユリには私の娘として嫁いでもらう」
もう手続きを終えてきた。なんて笑いながら言うもんだから、最初からそのつもりだった事に私は少し後悔したんだけど、もう止めることも出来ないと諦めて見えない位置で溜息をついたのだった。