9・不良を追い払った
美容院を出て外を歩くと、じろじろと周囲から視線を感じた。
「あの女の人、キレイ!」
「男の人もカッコいいわ。美男美女カップルって言ったら、ああいう人達のことを言うんでしょうね」
「私もああいう彼氏さん欲しいなあ……」
どうやら俺と北沢はカップルだと思われているみたいだ。
「すまん」
「……? なにがだ?」
俺が謝ると、北沢はきょとんとした表情になった。
「いや……俺なんかとカップルだと思われるのは、不快だろ?」
「なっ、なにを言っているんだ! 全然そんなことはないぞ!」
「え?」
「君はもっと胸を張るべきだ。謙虚は美徳だが、行き過ぎると毒になるぞ」
北沢に軽く背中を叩かれる。
——謙虚は美徳だが、行き過ぎると毒になる。
良い言葉だな。
そういえば今まで朱里に否定ばかりされてきて、俺の自己肯定感は地に堕ちていた。もう少しだけでも俺は自分に自信を持っていいかもしれない。
それにしても……こうして全然知らない人から見られるのは慣れない。
北沢の方は堂々としているみたいだが。
美少女の彼女のことだ。人から視線を受けるのもよくあることだろう。
「ではそろそろお別れかな」
しばらく歩いていると、分かれ道に辿り着いた。
「そうみたいだな」
「今日は楽しかった。優のカッコいい姿を見られてよかったよ」
「それは俺の台詞だ。北沢には頼りっぱなしだな。嫌なら言ってくれてもいいんだぞ?」
「ふふふ、私が嫌だと感じるわけがないよ。そこは心配しなくてもいい」
「そ、そうか?」
まあそう言ってもらえると、こちらとしても助かる。
「じゃあまた明日——」
北沢にそう手を振って、別れようとした時であった。
「あれぇ〜? そこのお姉ちゃん、めっちゃ可愛いじゃねえか」
声のする方を振り向くと、いかにもガラの悪そうな男三人が俺達の方へ近寄ってくる。
金髪で耳にはピアスを空けている。ザ・不良って感じだ。
「なあ、姉ちゃん。今からオレ達と遊ばねえか?」
男のうちの一人……不良Aって名付けようか……はガムを噛みながら、北沢に触れようと手を伸ばした。
「さ、触るなっ!」
それを北沢は不快そうに振り払う。
「痛っ……!」
不良Aは瞳に若干の怒りを込めて、北沢にガンを飛ばした。
「姉ちゃん、なにしてくれてんだよ」
「おいおい、さっきのことで骨が折れちまったかもしれねえぞ」
「治療費を払うか、それとも今からオレ達と楽しいことをするか……選びやがれ。ははは!」
こんなことで骨なんて折れるはずがない。
その証拠に不良Aはニタニタと笑みを浮かべているしな。
他の二人も似たようなものだ。不良Bと不良Cも周りからはやし立てる。
やれやれ。
低脳なヤツ等だ。
「なにしているんですか?」
恐怖は感じなかった。
俺は心にふつふつと湧き上がってくるどす黒い怒りを表に出さず、冷静な口調で問いかけた。
「あ?」
そこで初めて、不良Aの顔が俺の方を向いた。
「てめえ、誰だ?」
「俺はその子の彼氏です」
咄嗟に嘘を吐く。
北沢を見ると驚いた表情をしていた。
本当は疑似彼氏なんだが……今からこいつらを追い払うのに舐められてはいけない。
このことは後で北沢には謝ればいいだけの話だ。
「彼氏ぃ? 顔はちょーっとは良いみたいだが、お前みたいなナヨナヨしているヤツが? 釣り合ってねえじゃないか」
「ははは! 違いねえ!」
不良達は腹を抱えて笑った。
「俺のことを笑うのはいいんです。だけどその子に危害を与えるのは許しません。今すぐどっかに行ってくれますか?」
「嫌なこった! もしオレ達にどうしても言うことを聞かせたいっていうなら……」
不良Aはポキポキと拳を鳴らし、
「力ずくでやってみるんだな!」
とそれを振り上げ、俺に襲いかかってきたのだ。
「……ふう」
億劫だが、こうなった以上は仕方ない。
こうならないために話し合いで解決しようとしたのに……。
俺の気遣いを無駄にするとはな。
不良Aの動きがスローモーションに見える。こんなの師匠に比べれば、止まっているも同然だ。
俺は向かってくる不良Aの腕を取り、そのまま固いアスファルトに叩きつけた。
「がっっっっ……!」
不良Aは悶絶している。
本当に痛い時は「痛い」などと声にしている余裕はないのだ。
「て、てめえ……」
「許さねえ!」
それを見て他の二人も襲いかかってきた。
しかしこいつ等も五十歩百歩だ。俺の敵ではない。
俺は冷静にヤツ等の動きを見切り、同じように投げ、時には関節技を決める。
「こ、こいつ……強え……」
「に、逃げろ!」
「こんなところで死んだら割に合わねえよ!」
不良達はふらふらになりながら立ち上がり、俺達に背を向け逃げていった。
みじめな敗走であった。
「北沢、大丈夫か?」
脅威が去ったのを見届け、俺は北沢を気遣う。
「あ、ああ。私の方は大丈夫だ。そんなことよりも優は大丈夫なのか……?」
「俺か? あんなの、準備運動にすらならないぞ」
「そ、そうか……それにしても優は強いんだな! なにか格闘技でもやっているのか?」
「うーん、昔に古武術をちょっとな。今でも腕が鈍らない程度に練習はしてはいる」
こうなったことは初めてではない。
幼馴染の朱里と歩いている時も似たような場面に直面した。
そんな時、朱里を助けたとしても、
『本当にせーんぱいは弱いですね。あれくらいの男、追い払えるのは当たり前ですよ? めっちゃ弱かったですしね。勘違いしないでくださいね。私以外の女子は助けなくてもいいんですから〜。ボコボコにやられちゃいますよ』
とお礼の一つも言われなかった。
だから北沢に「強い」なんて言われると、むず痒い気分になる。
「優はなんでもできるんだな」
「そうか? そんなことより北沢、さっきはすまなかった」
「なにがだ?」
北沢が首をかしげる。
「咄嗟とは言え、北沢の彼氏だって嘘を吐いてしまって」
「なんだ、そんなことか。気にしなくていい。それに……優にそんなことを言われて、私は嬉しかったぞ?」
もじもじして赤面する北沢であった。
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