26・本好きに悪い人はいない
俺は思った。
たまにはゆっくりしたい……と。
最近立て続けにイベントが起こっていて、正直疲れた。
休み時間になると、女の子達が俺のところに来るしな……今まで、漫画とかでモテモテ主人公を見ても「羨ましいなー」と歯軋りしていたが、実際それが続けば疲れるものだ。
「朱里と絶縁してから、本当に人生が変わったな」
今までの俺からは考えられなかったことだ。
というわけで、そんなことを考えながら。
学校の終わり、俺は久しぶりに近くの本屋に立ち寄ることにした。
最近、色々と忙しくてなかなか来られなかったしな。
今月のラノベの新刊でもチェックするか……本屋に到着し、早速ラノベの棚まで移動した。
「「あ」」
そこで知り合いとばったり遭遇。
「市川……奇遇だな。市川も本を買いに来たのか?」
問いかけると、市川は本で口元を隠しながら頷いた。
市川花音。
俺と読書友達の女の子、今でもちょくちょくトークでメッセージのやり取りをしている。
とはいえ、ここ最近はなかなか喋る機会がなかったので、久しぶりに市川と話せるとなると胸が躍る。
「牧田君も……?」
「ああ。新刊が出てると思ってな。それにしても、市川がラノベを手に取っているなんて珍しい」
市川は読書仲間だが、彼女はどちらかというと純文学とか硬派な本を好む少女だったはずだ。
それなのに、どうしてここにいるのか。
「ま、牧田君に教えてもらってから、私もラノベに興味が出てきまして……! それで一冊だけ読んでみたら、ずぶずぶとハマっちゃいました!」
少し照れ臭そうにしながら市川は言った。
市川が手に取っている本は……『悠久の竜魔術師』か。
異能バトルもので、カッコいい主人公が見所の作品だ。
しかも市川は五巻を手に取っている。
もうそんなところまで読み進めたのか……?
「おお、市川もその本が好きになってくれたのか。俺も竜魔術師はかなり好きだからな」
「ですよね……! 牧田君、メッセージで言ってましたもんね」
「市川は四巻までは読んだのか?」
「は、はい……!」
「だったら、三巻のラストはどう思った? ヒロインを助け出す場面が俺のお気に入りなんだ。主人公が魔剣を振り上げ『カナに手を出すヤツは、一人残らず焼き払うぞ』と覚醒するシーンは、何度見ても胸が熱くなるよな」
「わ、私もそのシーン大好きです! で、でも! 四巻のいつもは無口なリアムちゃんが『あなたが無価値? そんなことありません。私はあなたに心を教えてもらいました』と主人公に言うシーンも大好きです! なんというか……今までリアムちゃんが押しとどめていた思いを、やっと主人公に伝えたんだなって」
「おお! 市川もそう思うか! それを言うなら、二巻のあの終盤……」
それからしばらく、俺達はここが本屋だと言うことも忘れて、話し込んでしまった。
好きなものが重なると、話が進むんだよな……。
オタクの性分というのだろうか。
「コホン!」
突如大きな咳払いが聞こえた。
恐る恐る後ろを振り返ると、本屋の店主らしき人間がじーっと俺達を見ていた。
「……本屋では静かに」
店主がジト目のまま、低い声で言った。
「す、すみません! す、すぐになにか買って出て行きますからっ」
そう言うと、店主は納得したのか、俺達から離れていった。
「……なにか買おうか」
「ですね。私はこれを買いますね」
市川は竜魔術師五巻を持って、そそくさとレジの方へ向かっていった。
俺は……おっ、『僕好き』の四巻が出てるじゃないか。
これは買いだな。
俺もいくつか本を手に取り、会計を済ませてから本屋を出た。
「へへへ。怒られちゃいましたね」
先に店を出ていた市川が小さく舌を出した。
「だな。まあちょっと声が大きくなってしまったし、仕方がない。他のお客さんにも迷惑がかかるしな」
「はい。でもあの店主の人、怒ってないと思いますよ」
「え?」
かなり不機嫌そうに見えたが……。
「あの人、いつもあんな感じなんです。小さい頃からこの本屋を利用してたんで、私にはよく分かります」
「そ、そうだったのか……」
「ええ。店主の人、『本好きに悪いヤツはいない』ってよく言ってますから。少し不器用なだけです」
だったらいいんだけど……。
正直この本屋の品揃えはなかなかのもんだ。昨今はネット書店にも押されて、地方の本屋はだんだんと弱ってきているとも聞く。
確かにネットというのは便利だが……本というのは一期一会だ。
こうしたところでふと出会う本が、意外と良作であることがよくあるのだ。
今後も使っていきたいところなので、市川の言葉を聞いてほっと安堵の息を吐いた。
「ふふふ。牧田君は本当に本が好きなんですね」
「そうか?」
「ええ。今日、牧田君と久しぶりに喋ってよく分かりました。本好きな人と友達になれて、私も嬉しいですよ……あっ、そうだ!」
市川がごそごそと自分のバッグを漁り、その中から一枚の紙を取りだした。
「……読書会のお誘い?」
紙にはポップな文字で、そう印刷されている。
「はい。定期的に開かれている読書会が今週の土曜にあるんです。そこに牧田君もどうかな……って思いまして」
「俺なんかがいいのか? こういうのって、仲が良い人達同士でやっているイメージがあるんだが……部外者の俺が行っても大丈夫か?」
「大丈夫……だと思います! というか私も初めてですから!」
「そうなのか?」
尋ねると、市川は首肯する。
「前々から興味はあったんですよ。ただ一人で行くのがどうしても不安でして……そこで牧田君に来てもらえれば、安心だなあって」
「まあ俺で良かったらいいぞ。どうせ暇だしな」
こういうところに参加する人って、筋金入りの本好きが多いイメージがあるが……果たして俺は浮かないだろうか。
俺、ラノベくらいしかまともに読まないし。
俺が市川の誘いに乗ると、
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます……!」
と彼女は喜び、俺の両手を握った。
「す、すみません! ちょっとはしゃぎすぎました!」
「こ、これくらい、別にいいが……」
すぐに市川は俺の手を離す。
とはいえ、女の子に触られるのは俺も慣れていない。
口では強がってみせるが、胸に手を当てると、心臓がドキドキと激しく脈打っていた。
「じゃ、じゃあ! 土曜日に駅前に集合して行きましょう! でも私……牧田君と一緒に行って、変だと思われないかな?」
「どうしてだ?」
「だって牧田君、カッコいいですから……私みたいな地味な女の子と歩いていて、変な風に思われないかなって」
「なにを言い出すかと思えば」
溜息も吐きたくなるものだ。
「市川は十分可愛い」
「え?」
「そもそも俺もカッコよくないし……そこで不安になる必要は全くないと思うぞ」
現に市川は目元が前髪で隠れていて分かりにくいが、整った顔つきをしているように思えた。
なにをそんなに不安がっているのか、本気で分からなかった。
「か、可愛いって……! 牧田君に可愛いって言われちゃった。学校のヒーロー君に……!」
市川は俺に背を向け、なにやらぶつぶつと呟いていた。
学校のヒーロー君か……新聞の件は市川の耳にも届いているんだろう。当たり前か、同じクラスなんだしな。
「なんにせよ、土曜日が楽しみだな」
今週も楽しい休日になりそうであった。




