22・ほっぺに柔らかな感触
ひったくり犯を警察に引き渡して一件落着……だったらよかったが、どうやらそうでもないようだ。
事情聴取のために、俺も交番に行くことになった。
「ごめんねっ! すぐに終わるから!」
とあれだけ警察官の人に頼まれれば仕方がない。
というわけで小鳥遊と一緒にショッピングモール近くの交番まで出向くことになった。
「君若いね〜。高校生?」
婦警の人がペンを片手にぐいぐいと質問してくる。
「はい」
「なにかスポーツやってんの? 陸上? あっ、もしかしたらサッカー」
「いえ……帰宅部です」
「えー、もったいないよー」
……これって事情聴取なのか?
さっきからこの婦警の人と喋っているだけのように思えるが?
「スポーツやりなよ。周りの人から聞いてるよ。犯人を追いかけていく時の君はまるで忍者だったって」
「どうも」
「それだけの足と体力があれば、どんなスポーツをやっても天下を取れる。悪いことは言わない。今から君は……カバディをやりなさい!」
「どうしてカバディ!?」
いや……カバディをバカにするわけではないが、カバディ部なんてうちにはないし。
というかカバディ部なんてあるのか?
あんまルールも知らないけど、要は『激しい鬼ごっこ』だということだけは知っている。
「あのー、事情聴取は……」
「ああ、ごめんね。本題に戻るね」
よかった……これからやっと本格的な事情聴取が……。
「一緒に来てた子。彼女かな?」
……始まらなかったようだ。
「いえ違います。高校の友達ですよ」
「なんですとー!?」
「いや……なんでそんなに驚くんですか」
「あんなに可愛い子、放っておいたらすぐに彼氏ができちゃうぞ。今のうちから早く捕まえとかないと」
余計なお世話だ。
ん……待てよ。
小鳥遊に彼氏っているんだろうか?
今日のお出かけに浮かれていて、そこんとこを聞くことを忘れていたな。
彼氏がいたら大変なことだ。小鳥遊を巡って彼氏と修羅場……になるかもしれない。
いかんいかん。俺の平和な日常を崩される。
後でしっかり確認しておかなければ。
「あのー……これ以上なにもなかったら、そろそろ帰りたいんですが……」
「あっ、いけない! もうこんな時間! ごめんごめん! もう書類はまとめ終わっちゃったからさ。帰っていいよ」
「いつ書類まとめてたんですか!?」
「お姉さん、仕事早いからね。ありがと。時間取らせてしまって」
「まあ……そんなに時間はかからなかったらいいんですけど……」
席を立つ。
その場を去ろうとした時に。
「少年ー。高校卒業したら警察官になりなよー。私がビシバシ鍛えてあげるよー!」
「考えときます」
婦警の人が手を振って俺を見送った。
警察官か……それはともかく、将来の夢なんて考えたことないな。みんなはもう方向を定めているんだろうか。
「あっ、優! やっと終わったんだね!」
そんなことを考えていると、一足早く事情聴取が終わっていたのか、椅子でまったりお茶を飲んでいる小鳥遊に呼びかけられた。
「悪いな」
「優は全然悪くないよ! 仕方ないことなんだしね。もう外も暗くなっちゃったし……帰ろっか」
「だな」
警察官の人に一応挨拶をしてから、交番を後にした。
なにやら後日、今回の件を讃えて表彰状が貰えるらしいんだが……正直そんなものは欲しくなかった。
「優」
「なんだ?」
「どんなことをお喋りしてたの? ボクは大したこと聞かれなかったし、すぐに終わったんだけど……なんか優の方は長かったなって」
「俺の方も大したことはない。ちょっとした世間話をしてたくらいだ」
「世間話?」
「なんか部活に入ってるのか、みたいなことを聞かれた」
「なにそれ。関係ないじゃん」
おかしかったのか、小鳥遊がくすくす笑った。
「……夜になると、街の雰囲気も一変するな」
「だねー」
ビルから漏れる蛍光灯の光。お店は賑わい、学校帰りの学生らしき姿や、仕事終わりのサラリーマンの姿も見える。
その中でも一際目立ったのはカップルの存在だ。
幸せそうに二人は手を繋いで歩いている。
今からどこかに食べに行くのだろうか?
カップルの二人は楽しそうに会話をしながら、俺達の横を通り過ぎた。
……そうだ。
「小鳥遊。今から変なことを聞くぞ」
「ふぇ? 変なことを?」
「小鳥遊には……彼氏がいるのか?」
小鳥遊がきょとんとした表情になる。
しまった……いくらなんでも急すぎたか? なにか前置きが必要だったかもしれない。
聞いたのを後悔していると、
「い、いないよ!」
と小鳥遊は顔を真っ赤にして答えてくれた。
「い、いないのか。小鳥遊くらいだったら、すぐにでも彼氏を作れそうなんだけどな」
「いないってば! ほんとだよ? ボク、彼氏なんていないんだから! 信じて!」
必死に否定を続ける小鳥遊。
どうしてそこまで必死なんだろうか……分からなかった。
「……まあいっか」
「ねえ、優」
小鳥遊が俺の顔をジッと見てこう尋ねる。
「どうしてこんなこと、聞いてきたの?」
「ん? 単純に気になったからだが?」
「どうして気になったのかー、っていうことを聞きたいんだよ」
「んー……そうだな。小鳥遊に彼氏がいたら、こうやって男二人と出かけるのは不味いだろ? それを確認するのを忘れてたなーって。急に不安になっただけだ」
「そう……」
一瞬小鳥遊の顔が暗く沈んだ。
しかしすぐに持ち直し。
「……彼氏がいるのに、こうやって男の子二人で出掛けたりしないよ。ボク、そんな足軽女じゃないんだから!」
「足軽……武家かな」
正しくは『尻軽女』だ。
やがて近くの駅まで辿り着いた。
「じゃあ俺はこっちだ」
小鳥遊とは反対方向の駅なので、ここでお別れだ。
「うん……」
まだ小鳥遊はなにかを言い足りなさそう。
「なんだ? なにか言いたいなら、今のうちだぞ。まあまた学校で会えるから、無理して言わなくてもいいかもしれないが」
「…………」
こんなしおらしくしているのは小鳥遊らしくない。
小鳥遊はしばらくもじもじしていた。
電車が来る。
……そろそろ行かねばならない。
「……まあいっか。またトークアプリかなんかで言ってくれれば……」
「……いやここで言うよ」
小鳥遊が首を横に振る。
「優。ちょっと目、瞑っててくれる?」
「目?」
まあ別に逆らう理由もない。
小鳥遊の指示に従って、おとなしく目を閉じた。
「優……」
次の瞬間。
ほっぺに柔らかい感触が当たった。
ビックリしてすぐに目を開ける。
すると小鳥遊が恥ずかしそうにして、顔を離した。
「今日はありがとう。これがお礼! また遊んでね!」
彼女はくるっと振り返って、ダッシュで反対側のホームまで走り去っていった。
一方の俺。
頬に当たった柔らかい感触を確かめながら、しばらくそこで立ちすくんでいた。
「……さっきのって、なんだったんだ?」
もしかして……キスされたのか?
ほっぺにちゅっレベルではあるが……。
頭がぼーっとする。
そのせいで、次に来た電車に乗ることができず、帰る時間が遅れてしまうのであった。




