14・絶縁宣言
喫茶店に着くと、朱里は一番奥の窓際の席に座っていた。
周りの男共がちらちらと朱里を見ている。
あいつは見てくれだけは良いからな。それに騙された男が『眼福』とばかりに朱里を見ていても変ではない。
朱里は俺の姿を確認すると、
「え……」
と呆気に取られた表情になった。
俺は北沢と手を握ったまま、彼女の前に立つ。
「来たぞ」
「どうして先輩、ここに……」
「ん? なにか変だったか。待ち合わせ時間には遅れていないだろう。それともなにか。俺達がなにかに足止めされるせいで、遅れてくるとでも思ったか?」
「…………」
問いを投げかけても、朱里から返事は返ってこない。
やはりこの様子だと、駅前であいつ等を差し向けてきたのは朱里で間違いないようだな。
どこまでこいつはクズなんだ。
俺は朱里からの返事を待たず。
「改めて紹介する。これが俺の彼女、北沢茜だ。これで信じたか? 俺に彼女がいるっていう話をな」
戸惑っている様子の朱里であったが、やがて口を開き、
「……北沢さん。あなた、本当に先輩の彼女ですか?」
と声を発した。
今まで聞いたことのないような低い声だ。
「ああ。私は優の彼女だ。間違いない」
北沢が即答する。
「どうして先輩なんかと付き合っているんですか? 先輩、カッコよくもなければなーんにもできない役立たずですよ? あなたと釣り合うわけがありません」
「役立たず? なにを言っている。優はこんなにカッコいいじゃないか。それに気付かないとは……だから優から絶縁宣言をされるんだ」
せせら笑うように北沢。
彼女の言葉からは怒りを感じた。
二人の間にバチバチと視線が交わされる。
「……そうですか」
やがて朱里は絞り出すようにしてそう声を発した。
これで納得してくれただろうか?
「どうだ? 俺には彼女がいる。だからお前の暇潰しに付き合っている暇もない。金輪際俺と関わらないでくれ」
と言い残して、俺達はすぐに喫茶店から去ろうとした。
もうこんな場所に一秒たりともいなくなかったのだ。
だが。
「待ってください」
そんな俺の腕を朱里がつかむ。
「合格でーす」
「は?」
「だから合格と言ったんです」
腕から手を離し、朱里はぱちぱちと拍手をした。
「先輩もちょーっとはマシな男になったみたいですね」
……こいつはなにを言い出す?
「なんのつもりだ」
「わたしは最初から先輩を試していたんです。彼女がいるなんて嘘だと思っていましたが……まさか本当にいるなんてね。でも本当に彼女がいた。先輩もちょーっとはまともな男に成長したみたいです。だから褒めてあげます」
こいつの言っていることの真理が分からない。
それに口では褒めてはいるが、朱里の言葉からはトゲトゲしさを感じる。
バカにしているような口調。
あくまでも朱里は俺を見下しているだけで、心から賞賛しているわけではない。
そんな雰囲気を感じ取った。
「だから合格です。だからわたしから先輩に言いたいことがあります」
「だからお前はなにを……」
問いには答えず、朱里はジッと俺の瞳を見てこう告げた。
「先輩。その子と別れてわたしと付き合いましょ」
一瞬思考が停止してしまう。
その子と別れてわたしと付き合いましょう……だと?
「き、君は……!」
北沢がなにかを言い出そうとするが、朱里はそれを遮って続ける。
「わたし、先輩と幼馴染じゃないですか? 昔から先輩のことはよく知っています。女の子と付き合えないくらいダメダメな人間だったってことをね」
「…………」
「だけどあなたという彼女ができた。それは大いなる進歩です。それくらいの男になったなら、わたしと付き合っても大丈夫でしょう。そう思ったんです」
「…………」
「先輩。どうせその子も遊びに決まっていますよ? 先輩よりも良い男が見つかったら、すぐに乗り換えるに決まっています。顔からそんな性悪さが滲み出てますから」
性悪さ?
北沢にそれは感じない。
俺の無茶な頼みも聞いてくれ、美容院にも連れて行ってくれた。
ことあるごとに「優はカッコいい」と言ってくれ、俺に自信を付けさせようとしてくれた。
「だから早くその女と別れてわたしと付き合いましょ。最初から先輩もそれを狙ってたんですよね? その女と付き合うより、わたしと付き合う方が楽しいことは先輩も分かっているでしょう。だから先輩、今すぐその女と別れてください」
命令。
洗脳されていた俺は今まで、朱里からの命令を拒否することができなかった。
こんな風に頼まれれば体が固まり、嫌でも首を縦に振るしかなかったのだ。
だが。
「北沢と別れて、お前と付き合う? 俺の答えは決まっている。嫌に決まっているだろうが」
はっきりと告げる。
「え……?」
断られると思っていなかったのか、朱里が目を丸くする。
「どうして北沢と別れて、お前みたいなドS女と付き合わなければならないんだ? 罰ゲームにも程がある。何度でも言う。お前のせいで今までの俺の人生は真っ黒だった。お前の言うことをほいほい聞いていたから、彼女どころか友達の一人もできやしなかった。しかしお前の束縛から放たれてからどうだ」
北沢もいる。
田中のような気軽に話せる同性の『友』もできた。
こいつと別れてから、俺の人生は明らかに好転した。
「確かこの勝負に勝った方が、相手に自分の言うことを聞かせることができるんだよな?」
俺に彼女がいるかどうかの勝負だ。
「なら俺からの願いは簡単だ。俺と関わるな。それだけでいい……もう行こう。北沢」
「あ、ああ」
今度こそ北沢の手を引っ張って、朱里の前から立ち去ろうとする。
しかしこの女は諦めが悪かった。
「待ってください!」
再び朱里が俺の腕をつかむ。
「触るな。汚い」
俺はそれを振り払う。
だが朱里の怒りは治まらないようで、
「……ど、どうしてその女なんですかっ! わたしの方が可愛いのにっ。有り得ません。そんな頭が空っぽそうな女となんか、今すぐ別れればいいんです……! ねえ、北沢さん。どうやって先輩に言うことを聞かせているんですか? どうせ弱みでも握っているんでしょう。答えてください、北沢さん!」
罵倒を投げかけてきた。
……ふう。
俺のことはいくらバカにしてもいい。
しかし北沢のことまでバカにされるのは聞き捨てらならない。
こんなに怒ったのは久しぶりかもしれない。
「逃げるな! 北沢さ……」
「これ以上喋るな」
バッシャーン!
気付けば俺はテーブルの上にあったコップを手に取り、中に入った水を朱里の頭にぶっかけていた。
「……!」
びちょびちょになった朱里。
口をパクパクさせている。
「いい加減にしろよ、お前。北沢のことまで悪く言うんじゃねえよ! 今度俺の彼女を悪く言ったら、どうなるか分かっているよな? こんなもんで済むと思うな!」
喫茶店にいる客から「痴情のもつれか?」と注目を浴びてしまうが……仕方ない。
後日店主には謝っておこう。
「そんな……ぐすっ。先輩は、わだじと、付き合うはず……ぐすっ。だったんですぅ……っ」
朱里から涙ぐむような声。
しかし顔が濡れているためか、本当に涙を流しているか分からなかった。
十中八九嘘泣きだろうがな。ここで朱里が涙を流す理由がない。
「……北沢、すまんな。変なことに付き合わせて」
「あ、ああ……問題ない。それに優、今までよくこんな女のことを我慢していたな」
北沢も軽蔑の眼差しを朱里に向けた。
俺が喫茶店の出口の扉に手をかけても、まだ朱里は嘘泣きを続けているようであった。
◆ ◆
どうして?
優先輩に水をかけられて、最初に浮かんだ思いはそれだった。
「なーんで、こうなっちゃうかな……わたし、なにがいけなかったんだろ……」
涙が止まらない。
昔から優先輩と一緒にいると楽しかった。彼をイジって遊んでいると、些細な悩みなど吹っ飛んだ。
そんな彼ともう話せなくなるのだろうか?
わたしの前から先輩はいなくなってしまった。
そのまましばらく、朱里は喫茶店の片隅でぽつーんと座っていた。
一章終わりです!
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