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14/42

14・絶縁宣言

 喫茶店に着くと、朱里は一番奥の窓際の席に座っていた。


 周りの男共がちらちらと朱里を見ている。

 あいつは見てくれだけは良いからな。それに騙された男が『眼福』とばかりに朱里を見ていても変ではない。


 朱里は俺の姿を確認すると、


「え……」


 と呆気に取られた表情になった。


 俺は北沢と手を握ったまま、彼女の前に立つ。


「来たぞ」

「どうして先輩、ここに……」

「ん? なにか変だったか。待ち合わせ時間には遅れていないだろう。それともなにか。俺達が()()()に足止めされるせいで、遅れてくるとでも思ったか?」

「…………」


 問いを投げかけても、朱里から返事は返ってこない。


 やはりこの様子だと、駅前であいつ等を差し向けてきたのは朱里で間違いないようだな。

 どこまでこいつはクズなんだ。


 俺は朱里からの返事を待たず。


「改めて紹介する。これが俺の彼女、北沢茜だ。これで信じたか? 俺に彼女がいるっていう話をな」


 戸惑っている様子の朱里であったが、やがて口を開き、


「……北沢さん。あなた、本当に先輩の彼女ですか?」


 と声を発した。

 今まで聞いたことのないような低い声だ。


「ああ。私は優の彼女だ。間違いない」


 北沢が即答する。


「どうして先輩なんかと付き合っているんですか? 先輩、カッコよくもなければなーんにもできない役立たずですよ? あなたと釣り合うわけがありません」

「役立たず? なにを言っている。優はこんなにカッコいいじゃないか。それに気付かないとは……だから優から絶縁宣言をされるんだ」


 せせら笑うように北沢。

 彼女の言葉からは怒りを感じた。

 二人の間にバチバチと視線が交わされる。


「……そうですか」


 やがて朱里は絞り出すようにしてそう声を発した。


 これで納得してくれただろうか?


「どうだ? 俺には彼女がいる。だからお前の暇潰しに付き合っている暇もない。金輪際俺と関わらないでくれ」


 と言い残して、俺達はすぐに喫茶店から去ろうとした。

 もうこんな場所に一秒たりともいなくなかったのだ。


 だが。


「待ってください」


 そんな俺の腕を朱里がつかむ。


「合格でーす」

「は?」

「だから合格と言ったんです」


 腕から手を離し、朱里はぱちぱちと拍手をした。



「先輩もちょーっとはマシな男になったみたいですね」



 ……こいつはなにを言い出す?


「なんのつもりだ」

「わたしは最初から先輩を試していたんです。彼女がいるなんて嘘だと思っていましたが……まさか本当にいるなんてね。でも本当に彼女がいた。先輩もちょーっとはまともな男に成長したみたいです。だから褒めてあげます」


 こいつの言っていることの真理が分からない。

 それに口では褒めてはいるが、朱里の言葉からはトゲトゲしさを感じる。

 バカにしているような口調。

 あくまでも朱里は俺を見下しているだけで、心から賞賛しているわけではない。

 そんな雰囲気を感じ取った。


「だから合格です。だからわたしから先輩に言いたいことがあります」

「だからお前はなにを……」


 問いには答えず、朱里はジッと俺の瞳を見てこう告げた。



「先輩。その子と別れてわたしと付き合いましょ」



 一瞬思考が停止してしまう。

 その子と別れてわたしと付き合いましょう……だと?


「き、君は……!」


 北沢がなにかを言い出そうとするが、朱里はそれを遮って続ける。


「わたし、先輩と幼馴染じゃないですか? 昔から先輩のことはよく知っています。女の子と付き合えないくらいダメダメな人間だったってことをね」

「…………」

「だけどあなたという彼女ができた。それは大いなる進歩です。それくらいの男になったなら、わたしと付き合っても大丈夫でしょう。そう思ったんです」

「…………」

「先輩。どうせその子も遊びに決まっていますよ? 先輩よりも良い男が見つかったら、すぐに乗り換えるに決まっています。顔からそんな性悪せいあくさが滲み出てますから」


 性悪さ?

 北沢にそれは感じない。

 俺の無茶な頼みも聞いてくれ、美容院にも連れて行ってくれた。

 ことあるごとに「優はカッコいい」と言ってくれ、俺に自信を付けさせようとしてくれた。


「だから早くその女と別れてわたしと付き合いましょ。最初から先輩もそれを狙ってたんですよね? その女と付き合うより、わたしと付き合う方が楽しいことは先輩も分かっているでしょう。だから先輩、今すぐその女と別れてください」


 命令。


 洗脳されていた俺は今まで、朱里からの命令を拒否することができなかった。

 こんな風に頼まれれば体が固まり、嫌でも首を縦に振るしかなかったのだ。


 だが。



「北沢と別れて、お前と付き合う? 俺の答えは決まっている。嫌に決まっているだろうが」



 はっきりと告げる。


「え……?」


 断られると思っていなかったのか、朱里が目を丸くする。


「どうして北沢と別れて、お前みたいなドS女と付き合わなければならないんだ? 罰ゲームにも程がある。何度でも言う。お前のせいで今までの俺の人生は真っ黒だった。お前の言うことをほいほい聞いていたから、彼女どころか友達の一人もできやしなかった。しかしお前の束縛から放たれてからどうだ」


 北沢もいる。

 田中のような気軽に話せる同性の『友』もできた。

 こいつと別れてから、俺の人生は明らかに好転した。


「確かこの勝負に勝った方が、相手に自分の言うことを聞かせることができるんだよな?」


 俺に彼女がいるかどうかの勝負だ。


「なら俺からの願いは簡単だ。俺と関わるな。それだけでいい……もう行こう。北沢」

「あ、ああ」


 今度こそ北沢の手を引っ張って、朱里の前から立ち去ろうとする。

 しかしこの女は諦めが悪かった。


「待ってください!」


 再び朱里が俺の腕をつかむ。


「触るな。汚い」


 俺はそれを振り払う。


 だが朱里の怒りは治まらないようで、


「……ど、どうしてその女なんですかっ! わたしの方が可愛いのにっ。有り得ません。そんな頭が空っぽそうな女となんか、今すぐ別れればいいんです……! ねえ、北沢さん。どうやって先輩に言うことを聞かせているんですか? どうせ弱みでも握っているんでしょう。答えてください、北沢さん!」


 罵倒を投げかけてきた。


 ……ふう。

 俺のことはいくらバカにしてもいい。

 しかし北沢のことまでバカにされるのは聞き捨てらならない。

 こんなに怒ったのは久しぶりかもしれない。


「逃げるな! 北沢さ……」

「これ以上喋るな」


 バッシャーン!


 気付けば俺はテーブルの上にあったコップを手に取り、中に入った水を朱里の頭にぶっかけていた。


「……!」


 びちょびちょになった朱里。

 口をパクパクさせている。


「いい加減にしろよ、お前。北沢のことまで悪く言うんじゃねえよ! 今度俺の彼女を悪く言ったら、どうなるか分かっているよな? こんなもんで済むと思うな!」


 喫茶店にいる客から「痴情のもつれか?」と注目を浴びてしまうが……仕方ない。

 後日店主には謝っておこう。


「そんな……ぐすっ。先輩は、わだじと、付き合うはず……ぐすっ。だったんですぅ……っ」


 朱里から涙ぐむような声。

 しかし顔が濡れているためか、本当に涙を流しているか分からなかった。

 十中八九嘘泣きだろうがな。ここで朱里が涙を流す理由がない。


「……北沢、すまんな。変なことに付き合わせて」

「あ、ああ……問題ない。それに優、今までよくこんな女のことを我慢していたな」


 北沢も軽蔑の眼差しを朱里に向けた。

 俺が喫茶店の出口の扉に手をかけても、まだ朱里は嘘泣きを続けているようであった。



 ◆ ◆



 どうして?


 優先輩に水をかけられて、最初に浮かんだ思いはそれだった。


「なーんで、こうなっちゃうかな……わたし、なにがいけなかったんだろ……」


 涙が止まらない。

 昔から優先輩と一緒にいると楽しかった。彼をイジって遊んでいると、些細な悩みなど吹っ飛んだ。

 そんな彼ともう話せなくなるのだろうか?


 わたしの前から先輩はいなくなってしまった。

 

 そのまましばらく、朱里は喫茶店の片隅でぽつーんと座っていた。

一章終わりです!


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二章、よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] えー、主人公の元幼馴染みのゴミ女さんには、aaでも有名な次の言葉を贈りたいです。 それはひょっとしてギャグで言ってるのか!? いやね、何が悪いってお前の頭と性格と人格と性根と本質、お前の…
[一言] 同意のない人への加虐はドSだからで済む話ではない気が… 空想、妄想で終わっているならともかく実行に移してしまったら性的倒錯では? 畢竟するにドSは誤用?或いは見解の相違でしょうか…
2020/03/16 06:33 退会済み
管理
[気になる点] とりあえず、人として喫茶店の店長に謝罪はしてから店は出ようぜ。m(._.)m
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