13・幼馴染の嫌がらせ
日が過ぎるのも早いもので、とうとう朱里に(疑似)彼女を紹介する日となった。
朱里との待ち合わせ場所は駅前の喫茶店だ。
そこに北沢を連れて行けばミッションコンプリートである。
「北沢……ちゃんと来てくれるかな」
一抹の不安を抱えつつ、俺は北沢との集合場所である西駅の改札口に向かっていた。
やっぱり「やーめた」となって、来てくれないとかはないだろうか……?
改札口前に到着する。
まだ北沢は来ていないが……次の電車が来るまで五分くらい時間があるはず。焦るのはまだ早い。
……本当に来ないとかないよな!?
しかしその不安は杞憂であった。
「おはよう」
来た。
改札からそう手を挙げて北沢が歩いてくる。
「おはよう。本当に来てくれたんだな」
「当たり前だろう。私が約束を破る女に見えたか?」
北沢が自分の言ったことにおかしくなったのか、くすくすと小さく笑った。
「今日は私服なんだな」
「せっかくの優とのデー……きゅ、休日なんだしな、どうだ?」
北沢がモデルのようにその場で一回転する。
彼女は春らしい色をしたワンピースを身に付けていた。上からはカーディガンを羽織っており、まさに清楚美人って感じだ。
「ああ……すっごい似合っている。いつも制服姿を見慣れていたからな。こういう北沢の姿を見てドキッとしてしまった」
「ゆ、優が私の服を見て!?」
「ん? なんかおかしなことを言ったか?」
「な、なんでもない……! この日のために服を買ってきて正解のようだ」
「えっ……? わざわざ服を?」
「!!」
俺が指摘すると、北沢の肩がびくんっと震えた。
「あ、ああああまり私服を持っていないのだ! 基本学校と家の往復だからな。だからこれを機会に買ってみたんだが……優に『似合っている』と言われて本当によかった」
いつもの凜とした北沢ではない。頬をほんのりと赤色に染めて、慌てた様子だ。
悪い気分にはなっていないようだ。
「じゃあ行こうか」
「う、うむ」
北沢と隣り合って歩き、朱里が待つ喫茶店へ向かう。
喫茶店は駅から五分くらいのところにある。
まだ待ち合わせまでは時間もあるし、普通に行けば間に合う計算のはずだったが……。
「あれえ? あんたってもしかして、朱里の元彼氏さんじゃないですか?」
後ろから声をかけられる。
そこには三人の男組がいて、にたにたとした笑みを浮かべていた。
北沢が不良男にナンパされた時とよく似ている。
だがその時と違っていたのは……。
「ん……? お前等、最近朱里と仲良くしている男だよな?」
見知った顔だったからだ。
名前すら知らないが、購買部に行く時に廊下ですれ違った男達だ。
どうして彼等がこんなところにいるのだろうか。
「はっ……! あんたはストーカーみたいだな。まだ元カノのことを引きずってるってことですか。安心してください。朱里はオレ達と仲良くしていますから。君のことはすっかり忘れている」
こいつがどういうつもりで言っているか知らないが、心底どうでもよかった。
そもそも朱里は元カノではない。しかしそれを否定する時間も惜しかった。
「そっか。まあ朱里とは仲良くしてやってくれよ。じゃあ俺達はそろそろ行くから」
適当なことを言って、彼の横を通り過ぎようとする。
「待ってよ」
しかし他の二人が俺達の前に立って通せんぼした。
「どういうつもりだ?」
「まあまあ。そんなに先を急がなくてもいいじゃん。もう少しオレ達とお話しましょうよ。せーんぱい」
『せーんぱい』という発音が朱里と似ており、頭痛を覚える。
「そんな暇はない」
「いいじゃないですか。だったらそっちの彼女さんと遊ばせてもらいましょうかね」
主犯格の男が北沢に視線を向ける。
「私も生憎君達と付き合っている暇はないんだ。さっさとそこをどいてくれ」
「嫌です」
北沢も軽くあしらおうとしているが、男達はどく気配がない。
このタイミング……そしてこのしつこさ。
ははーん。
「お前等、朱里になんか頼まれたな?」
「……!」
やれやれ、その表情を見るに図星のようだな。
俺に彼女がいることを朱里は疑っていた。
しかし念のための保険として、こいつ等を差し向けてきたということか。
「大方俺と北沢を待ち合わせ場所に行かせないつもりか? そして朱里と会わせないと。全く……あいつは小癪な真似をしてくれる」
しかも自分で手を下さず、友達(?)の男共に指示してやらせているのもさらにむかつく。
「先輩には関係のない話でしょう。どちらにせよ、この先には二人揃って行かせませんよ」
「……どかないなら、強行突破してもいいんだが?」
「おっと、先輩は確か古武術を習ってたんですよね? 朱里から聞いています。しかしいいんですか? 別にオレ達は先輩に危害を加えようとしていません。楽しくお喋りしようと思っているだけなんですよ。そんな無害なオレ達に暴力を振るうつもりですか?」
他の男が「こわ〜い」と猫なで声を発する。
バックには朱里が付いている。そこらへんもリサーチ済みということか。
「優……」
北沢が心配そうな顔で俺を見る。
古武術が使えなくても、こんな低脳なヤツ等、どうとでもできる。
しかしそれをするには時間がない。朱里との待ち合わせ時間に遅れてしまうだろう。
あいつのことだ。
一秒でも遅れれば難癖付けて、自分の勝利を宣言するだろう。
朱里が憎たらしい笑顔を浮かべている場面が、頭の中に鮮明に映し出された。
「ほんとに、あいつは俺の嫌がることをさせたら一級品だな」
「ごちゃごちゃ言ってますが、先輩。どうするんですか? オレ達と三十分ほどお喋りしてくれますか? あっ、そっちの彼女さんだけ残してもらってもいいですよ。どうしますか?」
勝利を確信したのか、男が詰め寄ってくる。
あまりに低レベルな嫌がらせに頭が痛くなってきた頃だ。
「おっ? 牧田じゃねえか。そんなところでなにをしているんだ?」
俺達の前に原付バイクが止まった。
最初はヘルメットを被っているものだから誰か分からなかった。
しかしこいつは……。
「田中」
名前を口にする。
先日俺が助っ人として出場したバスケの大会。それに勧誘してきた張本人であった。
「お前こそなにをしている?」
「オレか? オレは借りていたDVDを返しに行こうと思ってな。今日中に返さないと延滞金がかかっちまうんだ……で」
田中が原付から降り、男達を見る。
「なんか厄介事みたいだな? 邪魔されているようにも見えるが?」
異常に察しのいい田中。
「お、お前は……!」
その田中を見て、男達の間に動揺が広がる。
「ん? お前は一年生の確か池丸だな。同じ高校に入っていたのは知っていたが、こんなところで会うなんて奇遇だな」
どうやら田中と男……池丸達は顔見知りらしい。
「どういう関係なんだ?」
目まぐるしく動く状況に混乱しながらも、田中に質問をすると。
「なに、こいつとは中学の時の知り合いなんだ。オレからしたら弟みたいな存在だった」
「だった?」
「中学を卒業する時に縁を切った。中学の時はオレ、そんなに模範的な生徒じゃなかったんだが……っと、この話は今しなくていいか。もう足を洗ったしな」
模範的な生徒じゃない?
もしかして、田中は中学の時ヤンキーだったとでも言うのだろうか。
「こいつはその時の仲間だ。二度とこいつの顔を拝むことはないと思ったんだがな……」
田中は池丸に近付き、
「よう」
気軽な動作で肩に腕を回した。
「もしかしてお前、オレ達バスケ部の救世主を困らせるようなことをしてないよな?」
「いや……それは……」
今まで威勢の良かった池丸は、田中の前ではなにかを恐れているように肩を小さくしている。
「ちょーっと、近くで話し合いでもしようか。お前の今後について……な」
田中が池丸を連れて、俺達から離れていった。
「田中」
「ん? ああ、オレはこいつと話があるから。お前は彼女とデートだろ? まさか北沢と付き合っているなんて思っていなかったぜ」
「つ、付き合っては……」
「大丈夫大丈夫。他のヤツ等には言わねえから」
振り向き、親指を立てる田中。
「ほら。早く行け。こっちはオレに任せておけばいいから」
「……恩にきる! この恩は必ず返すからな! 北沢、行こう」
「あ、ああ」
北沢の手を引っ張る。
時間は……ちっ。変に時間を取られたから、どうやら到着はギリギリになりそうだぞ。
だが十分間に合う時間だ。
「ゆ、優!」
「どうした?」
「手、手を……」
「あ……」
勢いに任せてだったが、奇しくも北沢と手を繋いだ状況になっている。
私服の男女二人……端から見たら本当のカップルの関係にしか見えないだろう。
田中が勘違いしたのも頷ける。
「す、すまん……すぐに止めるから!」
「いや」
手を離そうとすると、逆に北沢がぎゅっと強く握り返してきた。
「このままで行こう。幼馴染には私のことを本当の『彼女』だと紹介するつもりなんだろう? こっちの方が都合がいい」
「い、言われてみればそうだな……」
とはいえ女の子と手を繋ぐなんて初めてだから、どうも落ち着かない。
俺達は駆け足で喫茶店に向かった。
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